自己の奪還……………………………34mg
<紡希視点>
気味の悪い薄ら笑いを浮かべた鬼は混棒を手にしじりじりと距離を詰めてくる。
しかし、私達には鬼への攻撃手段がない。迫りくる鬼に対して何もできない。
私達だけじゃ、あの魔獣を倒せない。
鬼に殺される予感から来る恐れからか、手が震え始めた。
さらに迫りくる鬼の気迫に押されるように半歩ずつ自然とあとずさってしまう。
実際の時間はわずか数分ほどしかなかっただろうが、何時間もの長い時間に感じさせる。
その長い時間の末、急にかかとが宙に浮いた。
「!?」
パッと背後を振り返って見れば、ほとんど崖と言えるほどの急斜面。足裏の三分の一はもう崖から飛び出している。
半歩後ろに下がれば、崖から転げ落ちてしまう。
もちろん、崖は高く、落下すれば命の保証はないだろう。
気が付けば私たちは追い詰められていたのだ。逃げることさえかなわないほどに。
鬼は依然として迫ってきている。しかし、これ以上下がることはできない。万事休すだ。
──何かないか…? ここから打開できる方法は何かないか…?
いっそ、一か八かで崖の下に飛び込んでしまおうか。そのまま死を待つよりもそっちの方が生き残れる確率は高いのではないか。
生き残る方法を考えても考えても、成功確率が低い案しか出てこない。生きる確率が低いなら、絶対に採用したくはないが、もう選択を渋る時間は残されていない。どうする?、私。飛んで死ぬか。棍棒に潰されて死ぬか。選べるのは一つだけだ。本当にどうする?
ドツボにはまっている私の隣からボソボソ聞こえてくる。十中八九、絆が独り言をつぶやいているだけで、そんなことに耳を傾ける暇はないはずなのだが、なぜか私はその独り言に意識を割いていた。
「また同じことを繰り返すのか、私。何もできずまた友達を見殺しにしてしまうのか。
何もできなかったのは、友達が死んでしまうのが、恐かったからじゃない。友達を傷つけるのが怖かったからじゃない。
自分が傷つくのが恐かったからだ。
自分が傷つかないがために保身に走ってはいけない。逃げちゃいけない。
真っ向から立ち向かえ、私!
自分が傷つくことを恐れるな!」
絆は叫ぶと、私の前に飛び出し鬼へ向かっていった。その時のロープの持ち方はいつも見るものではない、私は見たことがない持ち方だ。
絆はロープを持つ手を腕を曲げつつ肩の上まで振り上げる。頂点を過ぎたところで手首をくいっと素早く返えすと、ロープはその動きに遅れて追従する。やがて腕が真っすぐにのばされたとき、ロープの先端は目にも見えぬスピードで鬼へ向かって伸びていく。
──鬼を捕まえても肝心の攻撃ができなくちゃ…
と思ったが、絆は捕縛を狙っているわけではなかった。
ロープの先端が鬼の左肩に着弾した時、腕と全身を繋ぎとめていた部分が無くなったと錯覚するほど大きく抉り取った。
そしてそのまま腕がボトリと落ちた。
鬼は何が起きたかわからない様子であったが、二発目は絆によって間髪入れず振り放たれる。
しかし、今度は当たらず鬼の頬をかすめただけだ。さらにまた絆は三発目を振る。今度はさすがに鬼もギリギリ反応でき、片手で棍棒を盾として構えた。
次の瞬間、棍棒は無残にも砕け散り、その破片が鬼の方に飛び散った。三発目は棍棒を破壊しただけでは飽き足らず、鬼の体にまで及び脚をも破壊する。
武器を失い、機動力すら失った鬼はなすすべなく四発目にコアを頭部ごと破壊され、地面に堕ちる。そうして残った首から下は端から粒子に分解されあたりに分散した後、宙に消え去った。
「ふぅ……」
ロープにこびりついた鬼の破片を振り払うと、絆は憑き物が落ちたというのかどことなくすっきりした表情を見せた。地に落ちた鬼の破片はほかのものと同じようにやがて粒子となり、絆の背景を美しく飾った。
そして、絆はにこやかな笑顔をしながら口を開く。
「ありがとう、紡希ちゃん。」
私はありがとうと言われるようなことをしていない。
むしろありがとうというのは私の方だ。
「私、無くしていた大切なものを取り戻せた気がするよ。それに、自分が傷つきたくないという気持ちとさよならできた。
これからは本当の意味でみんなと戦える、そう強く思うんだ。こんな私だけど、また一緒に戦ってくれませんか?」
やはり私が感謝されるのは違う気がする。
絆が大事なものを取り戻したことと過去の自分と決別できたことは絆自身の力によるものだ。私の力じゃない。しかも、こんな私などとは言っているが、精神的にも戦闘能力的にという意味でも絆は自分の何倍も強い。だから、あまり自分を卑下するものではない。
「もっと自分に自信をもって。絆は気づいていないけど、いろいろな意味で私の何倍も強いんだよ。だからこっちから言わせてほしい。
私と一緒に戦ってくれませんか?」
絆は少し面食らったような表情をした。だけどすぐに、応える。
「ぜひ! よろこんで!」
…
帰り道、星空の下で一人思う。
桃香の死を乗り越えて私たちは一層強くなった。
しかし、まだ四魔は二体も残っている。それに加え魔王までいる。私たちをほとんど全滅まで追い込んだファージ、桃香を葬り去ったベヒモス、これと同じようなもしくはそれ以上の強さのものがまだ二体、魔王を含めると三体も残っているのだ。また大切な仲間を失うかもしれない。大切なものを失うかもしれない。
でも、危険を承知で魔獣に立ち向かっていこう。街の平和を守るために。ひいては世界の平和も守るために。
夏なのに少し寒い夜空の下で魔法少女である自分の使命を再確認した。
だが、この時私は知らなかった。
──魔法少女の戦う相手は魔獣だけではないということを。




