桜舞う季節……………………………1mg
もし……、もしも……本当に過去に戻れるなら、伝えなければいけないことがある。
『絶対に裏山には行かないで』
今が窮屈でつまらない日常かもしれないけれど、そこへ行ってしまえば、そんな日常さえも戻ってこない。先は地獄。どん底に沈む一方。
今の自分を変えようとしないで。気が付いていないと思うけど、今こそが十分に幸せなんだよ。
だから、お願い。過去の私。そんなときだけ勇気を出さないで。
目に映るのは歪む暗闇。薄れゆく意識の中で希望の光を願った。
…
春。
節目の季節。
新しい何かが始まる季節。
人生の分岐に立って、それぞれが新しい道を決めて進んでいく季節。
花の香が心を刺激し、雪を解かす温かみが自然と胸を高揚させる。
入学に合わせて新調したスニーカーを履き、中学校指定の真新しい通学カバンを背負い、扉を開いた。
「行ってきます」
その一言を合図に飛び出すは新しくなったいつもの風景。
目に飛び込んでくるは花びらの舞う桜並木。
今日は通ってきたいつもの登下校ルートを途中で逸れて、土手の道へと入る。川沿いの一本道にも桜の木々が一列に立ち並び、中学校がある場所へと導く。
気がつけば周りに人が多くなってきた。人々は、同じ制服を身にまとい、同じ方向へと向かっている。
中学校に近づく度、同じ制服の人がさらに集まってくる。
中には新しい制服に着慣れていない人たちがいて、キョロキョロと周りを見ながら人波に流されていくように並木道を進んでいく。
かくいう私もその中の一人で、不安とか期待とかいろいろな気持ちが混ざり合った新鮮な気持ちで居る。
流されるまましばらく行くと、目の前に中学校の正門が見えてきた。
それは切り石で積まれた立派な石造りの門構えで、その背景には川が流れているのが見える。
パッと視界に映った青看板には『速秋川』と書かれており、近くの看板には「沖春中学校」と書かれている。
門をくぐって立ち止まり、改めて正面を見る。
すると、対岸には白亜の学び舎が見えた。
その白さは一際目立つようなものだったが、風に飛ばされる花びらで簡単に桜色に染まってしまいそうに思える。
「ここが三年間を過ごす場所……」
高鳴る鼓動を胸の中に秘めて、橋板に足をかけた。
「きっと素晴らしい学校生活が私を待っている…!」
…
そう思ったのに、期待していたのに、
どうしてこうなったーーー!!!!!
心からの叫びは心に留まるままで終わるわけではなく、少し口から漏れてしまった。
そのことに、「はっ」と気がつき、かっと顔が赤くなる。
ぶんぶんと周りを見ても周りに変化は無し。
だ、誰にも聞かれていないよね。
「よ、よかったー」
声に出た安堵の気持ち。
恥をかかなくてよかったと思えて緩んだその心。
周りの視線を一手に引き受けたその瞬間。
「あ」
静まり返った教室の中で冷たく突き刺さる視線の数々。
しまったああああああ、声に出すなって私いいいい!
恥ずかしすぎて顔から火が出そう。というか、絶対火出てるよ、今あ!
何とかやり過ごそうと顔を伏せ、机に突っ伏す。
顔が熱い。机の冷たさを感じたら、余計に熱い。
どうしてこうなったんだろう。
今までの学校生活、振り返ってみれば、
会話ゼロ。
友達ゼロ。
おまけにテストの点数もゼロ。
私の学校生活、全部がゼロばっかりだ。
全部、連鎖的につながってた。
会話がないから、友達もなく、友達がいないから、筆記用具を借りれずにテストゼロ点。
今では授業時間はもちろん、休み時間も机と椅子が私になついて離れません。
こんな状況じゃ、さらに会話も始まらず、友達ができない悪循環に陥ってしまう。
私が想像した学校生活はこんなのじゃなかったのに。この言葉が何度も頭をよぎる。
こんな状況になったのは一番最初、自己紹介で失敗したせいだ……。
…
話は一か月前の入学式にさかのぼる──。
入学式を終えて、教室では自己紹介が始まった。
順番は出席番号順で始まるから、私の番は結構早めにやってくる。もう次が私だ。
前の席の人が座れば、いよいよ順番。
席を立ち、教壇の上に立つ。
最初が肝心。
この一発目で、今後の学校生活の一から十まで全てが決まる。たくさんの友達に囲まれて、キャッキャウフフな夢の学園生活のためには今振り絞る勇気も無駄じゃない。
よーし!
ここは勢いで行ってみよう!
思い立ったら吉日、顔を上げ、少しでも印象をよくするため、元気よく口を開けた。
しかし、その時、周りの視線が一点に集まった。
その視線に気がついた途端、緊張が跳ね上がる。
心臓も荒ぶり始め、鼓動がうるさく体の中に響いてくる。
そして、視界も歪み始めて聴覚にもぼんやりと耳鳴りがする感覚に陥り、決意もむなしく尻込みしてしまう。
「あ、あの、え、えっと、そ、その、えっと…、えー…。わ私のな名前は、う羽衣紡希…です」
や、やっちゃった…。
焼けるほどに顔が熱い。
きっとはたから見たら、笑われちゃうくらい真っ赤になってる……
私は顔を隠して俯きながら、机に戻った。
…
──と、初日から大失態。もうどうこうもできないほどの。
それから私はこのように休み時間は机に突っ伏して寝ているふりをしている。
寝ているふりをしていると、目を開けていても暗闇で何も見えないので、聞き耳を立てるしかやることがない。
そのためか、周りの会話に敏感になってきている。
会話の内容は誰が誰と付き合っただとかあの先生の授業は退屈だとか、人間関係のことが多い。
というか、ほとんどの話題がそれだ。
同じような内容に私は飽き飽きしていたのだけど、時たま「手芸」の話題が出ることがある。
私は手芸が趣味だから、話が合うかもと思って誰が話しているのかを注意深く聞いていた。
すると、決まった女子三人のグループが話していることに気がついた。
彼女らから聞こえる手芸の会話は断片だけしか聞こえない。つまりは、私の席から離れているということ。
腕をそっと上げて隙間から確認してみたところ……、私の席から最も遠い場所─教室の対角の位置にいることが分かった。
ここはひとつ勇気を出して、話しかけてみようかな……
勇気を、出して…?
初日の失敗が脳内で再生される。
自己紹介の時、私は勇気を出した結果、出し切れなくって失敗した。
だから、今回も勇気を出し切れなくって失敗する…?
勇気を出すのが怖い。失敗するのが怖い。
無理だ。私には到底出来っこない。……話しかけるのはあきらめよう。
……ん?
また何か会話が聞こえて……。
「幸福になるって噂の神社って知ってる?」
今回のは人間関係のものじゃなさそう。何だろう──?
「知ってる。知ってる。あれ、胡散臭いよねー」
「そうかな?よく聞くよ。良いことがあったって。」
「えー。うそー。それシンコーシューキョーってやつじゃない」
「嘘じゃないよ。ホントの話だって。私の友達がその友達に聞いた話らしいんだけど…」
また聞きのまた聞きって──。
「別の中学校の子でさ、家が貧乏でヨレヨレの服を着てたんだけど、急にブランド物の服を着だしたんだって。
それで友達の友達が聞いてみたら、宝くじの一等が当たったって。
それでそれで、その理由っていうのが例の神社にお参りしたからっていうんだよ。」
「ふーん、やっぱあほくさ。で、それってどこの神社?」
私も気になる──。
「へー。結局、興味あんじゃーん」
「うるせーわい。で、どこだって?」
「確か、裏山のなんとか神社ってとこ」
裏山…って中学校の裏山…? 神奈備山のこと──?
「裏山に神社なんてあったんだー。あっ、そろそろ部活のミーティング始まるじゃん。いこ」
「りー」
ふたつの足音が小さくなっていった。どうやら、行ってしまったようだ。
さっきの話──、怪しいにおいがプンプンするけれど、何故か無性に興味が湧いてきた。
そこに行かなければならないような気持ちも少しある。
対して、変なことに顔を突っ込むなという考えもある。
でも、自分を変えるなら今な気がして。
だから、散々出し損ねた勇気を出して、
「明日、裏山に行ってみよう」
心に決めた。




