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20 レイモンドの過去とステファンの所業

 レイモンドは、物心ついた時から賢いと褒められてきた。

それを聞いて父と兄が悲しい顔をするので、次第に隠すようになった。

 それでも家庭教師達は俺が家督を継ぐべきだという。が、レイモンドはそんなものは欲しくなどない。

 この国では基本的に長男が後継だが、次男が家督を継ぐ事はないわけではない。だが、明確に弟に劣ると示された長男がどう見られ、どのように扱われるか。結婚は格下と出来ればいい方だし、経営で才がないというレッテルを貼られたからには文官は厳しい。騎士か魔道士で非凡な才があれば話は別だが、かなり生きづらいのは間違いない。

 領民が程々に生きられる程度の経営が出来るならば、兄の人生を犠牲にする必要などない。自分がいなくても出来るだろうし、自分が補佐に回れば尚更間違いないのだから、家族の平穏の為に放っておいて欲しかった。


 教師の付く勉強で実力を見せると面倒な事になる事が多かったので、レイモンドはよくサボっていた。

 ある教師が大変面倒なタイプだった。大体兄の将来について訊けば、二度とレイモンドに家督をなんて言わない。なのに、何故か感動したと言って父に更に直談判して皆を困らせていた。弟が気を遣っているだなんて、兄が知ればどう思うかぐらいの想像力を持ってほしかった。

 結局何も変わらず、レイモンドも安心してサボり続けたが、教師はレイモンドに授業を受けさせようと躍起になっていた。それがあまりに面倒で、宿題を出せば黙っていると言うので出しておいてひたすら読書していると、やはりもう一度父に直談判していた。

 曰く、レイモンドの宿題は兄よりずっと進んでいるとか何とか。しかも、発破をかける為にそれを兄に伝えたなどとのたまったので、流石にレイモンドはブチ切れた。

「私が家督を継いだとしたら、兄の将来はどうなるか聞いたところ、貴女はまともな答えを返さず『皆乗り越えるから大丈夫』と仰いましたね?乗り越えさせるような障害をわざわざ作る必要がどこに?私を含めて誰もその状況を望まないのに、貴女の正義感を満たす為だけに我が家を使わないでください。

 それから、兄は私より勉強する時間が長いぐらい努力しているのに、弟に負けていると伝えてどうしたかったのですか?兄は十分努力しているのだから、より効率的な勉強法を教えるのは貴女の仕事でしょう。それを個人差で説明しようとするなら、最初から兄弟で比較などしないでいただきたい。

 そして、私の宿題をそのように利用するなら、私は今後何も致しません。せいぜい貴女の教師としての最後の仕事として、やった事の結果まで見てくださいね」


 兄はその後、レイモンドや使用人に当たるようになった。レイモンドは決して反抗しなかった。あの教師の意図が読めなかった罰だと思ったからだ。

 レイモンドは親もいるようなお茶会で、今の教師には何も学んでいない事と、教師の配偶者が教え子だったらしい事を噂として流した。ロマンスに憧れる女子達には受けが良かったが、過去とはいえ教え子に手を出したと知れば、親は依頼に二の足を踏むだろうと思ったし、実際その通りになった。



***



 7歳になったレイモンドは、ある日自分の記憶が所々飛んでいる事に気付いた。家庭教師の授業は受けずとも、いや受けないからこそ、厩番に頼んで一定の時間を教えてもらって予定を決めて勉強していたのに、明らかに時間に対して進度が遅い。寝ていたとすると、いきなり1日の睡眠時間が増えすぎている。

 予定の進度から遅れるようになった日と、それから会った記憶のない人を考えると自ずと答えが出た。ステファンが次期当主として母方のハイランド公爵家に行った後からだった。

 そういえばステファンの素行も急に良くなったと褒められていた。ただレイモンドに八つ当たりが集約されていただけだったのだろう。


 レイモンドは、小さな羊皮紙に様々な防御用の魔方陣を書いて、ステファンを見ると魔力を流すようにした。羊皮紙では、威力も弱くすぐに焦げて1回しか使えないのだが、気付いたことがバレぬように魔法の種類を特定するにはちょうど良かった。

 その結果、魅了の魔法だということが分かったので、まずは父の魅了消しの中古を探した。まとめて置いてあった分を効果が薄れているが使えるだろうと使ったら、意識はそのままで、しかし態度には出せず、体の自由もきかないという状況になった。

 そこで分かったことは、ステファンはレイモンドに屈辱的な事をさせて、毎回最後に忘れろという命令を出していた。古い魅了消しでは最後の命令だけならなんとか抗えたので覚えていられたのだった。


 記憶が消えないで済むようになって半年の間に、ステファンの嫌がらせは変わっていった。

レイモンドが恍惚として言いなりになるのは早々に飽きて、代わりにレイモンドの周囲の人間を魔法で魅了して取り上げていく事に夢中になった。レイモンドが傷つけられた時や、絶望した時の表情が楽しくて仕方がないらしい。

ステファン曰く、「僕が兄だから、弟は兄の下でその頭も体も使って一生飼いならされなければいけない」そうだ。

 その半年の間にステファンへの情は消え失せた。と同時に、父に対しても情は失せつつあった。

 魅了魔法は禁忌で重罪、見つかれば家ごと処罰は免れない。リスクが高すぎて結婚で身分が変わる令嬢ぐらいしか警戒されないぐらいだ。父はレイモンドの異常にも気付いていたはずなのに、見ないふりをしていたのだ。


 そんな時にお茶会でマリーベルに会った。可愛らしい、しかしごく普通の令嬢だった。どこまでも普通で、幸せな家庭で育ったのだろうという笑顔を見せる子だった。

「初めまして、レイモンド様。グリーヴズ伯爵の娘のマリーベルと申します」

「レイモンド・オズボーンです。今後ともよろしく」

その普通のはずの笑顔が気になって、思った以上に無愛想な返事になってしまった。しかしその後は楽しく喋れたように思った。


 ステファンがまさか他家の人間にまで魅了の魔法を使い始めると予想しなかった事が一番の失敗だった。

次のお茶会で、マリーベルに会った瞬間ステファンが魅了の魔法を使ったのだ。しかも、媒体を使った魔法が使えるようになっていた。マリーベルはレイモンドとの最初の出会いを忘れさせられたのを、レイモンドはステファンに気付かれぬように見ていた。

 次にマリーベルに会った時、挨拶については前と同じように、せめて自分の思い出と同じようにと意識した。しかし興味を見せればステファンの執着がひどくなるだろうから、と去った。

それでもステファンはマリーベルをおもちゃとして気に入ったらしい。レイモンドがステファンの宝飾品に盗聴器を忍ばせて確認したところ、彼女で魅了魔法の強弱や、使い方を試していた。媒体を持っているだけでは対象に好意を持つだけだが、媒体があれば遠隔で魔法が行使できること、弱い時は思考誘導程度から、強い時は命令まで可能になることと、記憶を失くす事は、近い過去であるほどかなりの負担を強いると分かったようだった。

 ある日、自信をつけたステファンはマリーベルに親にねだらせて親への緊急通報用のピアスを手に入れさせた。登録をステファンにして右耳にピアスをつけさせ、ピアスを外したら自害するよう、またこの命令は外すその時まで忘れるように命令していた。





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