12 レイモンドの謝罪と豹変
レイモンドは、最後にヒューバートにマリーベルへの自由な面会の許可をもらって面前を辞した。
ヒューバートにはああ言ったが、マリーベルの内心の考察にはかなり自信がある。伊達に長年見つめていたわけじゃない。もしも、と考えた事は何度もある。
扉の前で一呼吸する。ノックして扉を開けると、憔悴したマリーベルがいた。
「何よ、嗤いにいらしたの?…あぁ、貴方も結婚相手に不満たらったらでしょうけれど、王命だから諦めてくださいませね」
「…謝りに来た」
「…は?」
レイモンドは怪訝な顔をしたマリーベルの前で片膝を立てて跪き、彼女の手を取りヘーゼル色の瞳をじっと見つめ、緊張して息を吸った。
「魔力の枯渇しそうな貴女に魔力を移して生かしたのは俺だ。ヒューバート王子殿下がこの王命を出したのも、俺が貴女の事を好きだと知っていたからだ」
「…は?……え?」
マリーベルはすっかり固まってしまっている。
「つまり貴女は俺の報酬として差し出されたわけだ。無罪にはなったものの、生きて膨大な魔力を持つ故に色々なところから狙われて、望みもしない結婚をする羽目になったのは全て俺のせいだ。すまない。
兄上を好きな事も含めて、貴女の全てを愛している。夫として、何者からも守ると誓おう」
「え……ぇ…」
マリーベルは口を半開きにして彫像と化したように動かない。いや、顔は赤くなってきた。よく見るとぷるぷる震えている。
「…可愛い。好きだ。触りたい」
「……え?…だめ!」
「チッ」
「舌打ち!?」
なんだこんなに簡単だったのか。予想外にこちらを意識して見てくれている事に歓喜する。喧嘩を売ってでも話したかった人が。
そうこうするうちに、マリーベルが多少動けるようになってきた。とはいえ混乱の最中である事は変わりないようだが。
「貴方あまりにも性格がお変わりになっているわ!口を開けば慇懃無礼で皮肉だらけの貴方はどこへ行ったの!?」
「顔見知り程度から愛しい婚約者になれたんだ、態度を変えるのも当然だろう?」
「ふぁああ!」
彼女の手の甲に口づけると、令嬢にあるまじき声が出た。それも可愛らしい。
「もうどんなに嫌われても離してやれないが、貴女に好ましく思ってもらえるように精一杯の努力をしよう」
「こっ…この人は誰!?私の知っているレイモンド・オズボーン様ではないわ!」
「正真正銘、同一人物だ。それよりレイと呼んでくれないか?」
「れ、レイ…?」
「あぁ、早速呼んでくれて嬉しいよ。俺もマリーと呼んでも?」
マリーベルは明らかに聞き返そうとして復唱しただけだったが、にっこり笑っておく。ついでに長椅子の隣に座るとずざざざっとマリーベルは端に離れた。
「おっ…断りですわ!!」
「じゃあベルって呼ぶね。あぁベル、明日は慰労パーティーの為のドレスを選んで合わせておいて。パーティーは3日後だから何とか間に合うと思う。王族からお褒めの言葉を賜るらしいから、礼儀作法の復習も忘れずに」
「ほへ?」
「ベルって許容量を超えたら面白い声が出るんだな。とても可愛らしいけれど、俺の前だけにしてほしい。あと、慰労パーティーには兄上は来ないから安心してくれ」
兄上の話になった途端安堵したような寂しいような複雑な表情を見せた。妬けるが、今は仕方ない。俺が入り込む余地はあると分かっただけで収穫だ。
マリーベルの頬っぺたをツンツンつつくと、不審な顔で見られた。
「ここに明日口づけするから」
マリーベルは顔を真っ赤にした。心底嫌がられているというわけではなさそうだ。更に近付いてそっと耳元で囁いた。
「俺の事だけ考えていて。好きだよ、ベル。」
***
私を混乱の渦に叩き込んで沈めた張本人が上機嫌で去って数分後。
「…ぎゃあああ!」
「ひぃっ!!」
固まっていた私がいきなり奇声を発したせいで、周りにいた侍女や護衛を驚かせてしまった。気まずいながらもお互いに謝る。お茶のお代わりをもらって、ようやく落ち着いた。
「…あの人あんな人だったかしら…?」
私の独り言に侍女も護衛も全力で首を横に振っている。彼らはヒューバート王子殿下付きで監視も兼ねている。普段のレイモンドも見ているはずだ。と思ったら、やはり今までは言い寄る女性は皆丁寧だが冷たく突き放されていた、と侍女の1人がそっと教えてくれた。私が見ていたのと概ね同じだったらしい。
礼儀作法の本を借りて復習してその日を過ごした。勉強中も食事中も入浴中も、レイモンドが言った事ばかり考えていた。考えている事でレイモンドの思惑通りに動かされているのが悔しく、睡眠時間まで削られるのは悔しすぎて無理矢理寝た。




