第九話 咲くも枯らすも自分次第2
食後、母さんはキッチンで食後のお茶の準備をしていて、リビングのコタツには俺と父さんと姉ちゃんと君彦さん。
「大学ではどんな勉強してるんですか」
と、大学での話をしている。
君彦さんが答え、姉ちゃんがところどころフォローをいれる。父さんは時たま、娘を愛してくれる彼氏が出来て嬉しいのか、手を離れそうでどこか寂しいのか、よくわからない表情をしている。父親心って難しいんだろうなと、まだまだ他人事で俺は見ていたその時、父さんのスマホが鳴る。
「仕事先からだ。ちょっと失敬」
そう言って、リビングを出ていく。
この三人になっても特に話すことはない。妙な雰囲気に姉ちゃんは気を使って、何か話題がないか考えているのが表情からわかる。すると、
「これがコタツというものなのだな」
君彦さんが口を開く。
「君彦くん、もしかして初めてコタツ入ったの?」
「うむ」
「たしかに洋風のお家だったもんね」
「和室もあることにはあるが、普段は使用しないからな」
「そうなんだ! 君彦くんのお家はやっぱりすごいなぁ……」
「本で読んだことはあったが、こうも温かいとは」
「外に出たくなくなるでしょ」
「うむ、ずっと座っていたくなる」
どちらからともなく姉ちゃんと君彦さんは見つめ合うと、優しく微笑みを交わす。言葉がなくても、好きだって伝え合ってる。俺も岸野とそういう関係を築きたかったという羨ましさと嫉妬で押しつぶされそうだ。
「真綾か悠太、どっちでもいいから、ちょっと手伝いに来て」
キッチンから母さんが呼ぶ。
「めんどくせぇ」
小さく呟くと、
「悠ちゃん、そういうこと言わないの」
姉ちゃんが俺の顔を覗き込むように言う。
「めんどくせぇもんはめんどくせぇし。何させられるかわからないけど、どうせ俺が言っても役に立たねぇって言われるだけだろ」
「そうやって言い訳していつもやらないのはダメだよ。やってみないとわからないもんなんだから」
姉ちゃんの姿に岸野がダブる。
「うっせぇな……姉ちゃん行けよ」
「もう……。君彦くんはこのまま待っててね」
名残惜しそうに姉ちゃんが立ち上がる。
ふと視線を動かすと君彦さんが俺をじっと見ていた。その目ヂカラ、纏う気迫に思わず怖気づいてしまいそうになる。
「な、なんですか……」
「悠太と言ったな? なぜ、真綾にそんな無礼な態度をとるんだ?」
「無礼?」
「ああ。悠太にとって真綾は姉だろう。目上の人に言う言葉ではないと思うが」
「君彦くん、大丈夫。いつものことだから」
「いつも? それなら尚更ではないのか。家族だから良いというものはない」
「君彦さんさぁ、あんたは部外者だろ。家族のことに口出すのはおかしくない?」
「そうだな。だからこそお前の言動が無視できない。大切な姉ではないのか」
「姉ちゃんのことなんかどうでもいい」
そう、吐き捨てた。
「どうでもいい、か」
君彦さんは一度目を伏せてから、さらに眉間に皺を寄せ、強い視線でこちらを見る。
「興味がないというならそれでもいい。しかし、俺はお前の態度が気にかかる。悠太、お前が横暴な態度を取り、家族を悲しませ、自分で自分の価値を下げて何になる」
なんなんだよ……。頭でそう思うのに返す言葉が浮かばない。ただただ情けなく目をそらし、拳を握りしめる。
「……俺、部屋戻る」
「あ! 悠ちゃん待って……!」
階段を上り、部屋のドアを勢いよく閉める。
「悠ちゃん」
追いかけてきた姉ちゃんがドアをノックしてくるが反応せずにいると、
「わたしのことは気にしなくていいよ。君彦くんは一人っ子だから、こういう兄弟のやりとりに、ちょっとびっくりしたんだと……」
「ほっといてくれよ!」
大声を張り上げる。数秒、間が開いたあと、
「ごめんね」
姉ちゃんはそう言うと、階段を降りて行った。姉ちゃんの声、震えてたな。少し、裏返りそうな……それを我慢していつも通りに振舞おうとしていた。そう気づいた瞬間には涙が落ちていた。姉ちゃんを泣かしてしまった。
すべてが恥ずかしかった。初めて会う君彦さんにまで怒らせて。頭の中ではわかってるのに。
岸野には何も言えないのに、姉ちゃんや両親にはあんなひどい言葉浴びせてしまう。最低の人間じゃないか。そのまま泣き続けて、疲れた俺はベッドに倒れこんだ。
ハッと目が覚めて、握ったままだったスマホを見ると、朝六時半。今日は月曜日だ。慌てて風呂を済ませ、制服を着てキッチンに向かうと、姉ちゃんがいた。
たまごやきを作っているのが匂いと音でわかる。コンロに向かっている姉ちゃんに気づかれないように、足音を立てないように歩き、そっとロールパンの袋を取ろうとすると、
「おはよう悠ちゃん」
挨拶された。なんでわかったんだよ。心臓が飛び出るくらいビックリして声も出ない。姉ちゃんはこちらを向くことなく、
「最近、すごく気が立ってるみたいだけど、なにかあった?」
昨日のことなどなかったかのような、落ち着いた優しい口調。岸野のことを思わず口走りそうになる。姉ちゃんに恋愛の話とかしたことがない。そもそも相談したことさえ。それに、日ごろからあんな突き放す言葉ばかり言ってしまってるんだ。それじゃなくても、俺が姉ちゃんに話す権利なんてない。
「なんでも……ねぇよ……」
苦し紛れな俺の回答に、
「そっか」
ただ一言。姉ちゃんはそれ以上何も言わなかった。