第七話 隣に咲く花は綺麗7
翌日の文化祭二日目も同じ時間帯で一時間校内清掃にまわる。
「あんだけ飾り付け大変だったのにもう終わりだな」
「あっという間だよね」
ペンキで色付けて字を書いた木の看板も、色画用紙でつくった飾りも数時間後にはすべて撤収。掃除をして、元の学校に戻るのが寂しい。
「岸野、昨日、このあと部活だって言ってたけど、部活どこ?」
「家庭科部」
全然ピンと来ない。
「家庭科部って何すんの?」
「主に手芸。ぬいぐるみ作ったり、服作ったり、アクセサリー作ったり。みんな好きなもの作ってる。で、たまに調理室借りて料理したり」
「へぇー!」
「今は先輩もいなくて、一年生五人だけだからまったりした良い部だよ。文化祭は空き教室借りて、小物販売してる」
「岸野は何作ったの」
「私はヘアゴム。丸い飾り……くるみボタンっていうんだけど、それに好きな布を貼り付けてゴムに通して作るの。こんな感じ」
そう言うと、俺に手首を近づける。さっき話してくれた通り、花柄の、丸い形の飾りのついたヘアゴムだった。
「マジで手作り? クオリティ高いな」
「ありがと。褒めても何もでないよ」
「お世辞じゃねーよ。すげえって思ってる。俺もなんか出来たらいいんだけどな」
「佐野くん、興味あるの?」
「興味というか、憧れかな」
俺は中腰になって、汚れたプラスチックスプーンをトングで挟んでゴミ袋に入れた。
「両親が共働きでさ、三つ上の姉ちゃんが小さい頃から面倒を見てくれてた。学校が終わったらまっすぐ家に帰ってきて、家族のために料理を作って、俺を風呂に入れて、一緒に寝てくれて」
「良いお姉さんだね」
「尊敬してる。照れて口には出せないけど」
こういう家族のこと好きだなんて真剣な話をしたら、からかわれると思って友達にも言ってこなかった。でも岸野は茶化さずに聞いてくれている。
「姉ちゃんがいなかったら俺はどうなってたんだろうって思う。料理も出来ない、怖がりで一人では風呂に入るのも、眠ることも出来なくて。父さんや母さんと同じくらい、姉ちゃんには感謝してる。でも、この歳になっても恩返し、出来てないんだよ。なんか作ってさ、プレゼントとかできたらとか思うけど、特技も趣味もないから」
「特技も趣味もないなら作ればいいじゃん」
「そんな簡単に作るって言ったってさ。才能ないし」
「やってみないとわからないもんだよ」
「そうか?」
「私、絵は下手だけど、アクセサリー作ったり、お人形の洋服作るのは大好きで」
「絵が下手なの知ってるから、なんか説得力がある」
「もう!」
ふくれっ面になったあと、一転、「そうだ!」と明るい表情に変わる。
「佐野くんもよかったら手芸やってみない?」
「はっ⁉」
「自分で作ってみるって楽しいよ! 家庭科部は女の子ばっかで気まずいなら、私が手芸教えてあげる」
「岸野教えてくれんの」
「え、あ、ごめん! 興味持ってくれたのが嬉しくて。でも突然教えるからなんて、おかしかったよね……」
「いやいや、おかしいとかじゃなくて。俺みたいなのに手芸教える時間を友達や……彼氏とかと一緒にいるほうがいいんじゃないの? って思って」
そう言うと、岸野はうつむいてしまう。せっかく教えてくれるって言ってくれてるのに、思わず俺は突っぱねるようなこと言ってしまった。
「私、その、佐野くんともっと仲良くなりたくて……」
トングとゴミ袋を持ってない左手で、俺のブレザーの裾を小さくつまむ。そして、
「好き」
と一言、声量は小さかったけど、しっかりとした口調で言った。
「……えぇ⁉ 好きって……」
「言葉そのままだよ。私は佐野くんが好き。話してて楽しいし、前からカッコイイなぁって思ってて」
初めて受ける告白、しかも、気になってた子から。俺は目を合わせることは出来なかったけど、
「えっと、その……俺で良ければ」
とその告白を受け入れた。
「あ、ありがと。じゃあ、これからそういうことでよろしく」
はにかみながら笑って言った岸野はかわいくて、俺はただ黙って頷くことしか出来なかった。
そうやって付き合い始めて、連絡先も交換して、メッセージやりとりして。だけど二週間後にあの一件が起きた。文化祭の後に期末試験があったから、まだデートはおろか、手もつないでない。もうすぐ冬休みだし、クリスマスもあるというのに。メッセージ、やっぱ俺から送ってみようかな。でも既読無視されるのも、ブロックされるのも嫌だなぁ。
はぁ……と大きいため息をつくと、
「悠ちゃん!」
と突然姉ちゃんが声を上げた。
「なんだよ。そんな大声で呼ばなくても聞こえてるけど」
「パン、いいの?」
「あ!」
慌ててトースターからパンを取り出す。すっかり焦げてしまっていた。