超短編 主従百合
握られていない一方の手で彼女の流れるような黒髪を撫でながら、彼女、華憐のことを思う。
今までの様々な助けのことを思うとお母様やお父様に感謝していることは確かで。
けれど、優しい人、頼りになる人、守ってくれる人、庇護欲を駆り立てあれる人、私の愛を受け止めてくれる人、潤沢な愛を注いでくれる人、愛しい人、最愛の人、そのすべてが世界でたった一人の彼女、華憐のことで、それがとても幸せで。
華憐、あなたがいるから、日々はこんなにも色づいて、世界はこんなにも鮮やかで、あなたがいるから、永遠だって信じられて。あなたがいるから、こんな肉体に執着できた。
あなたのおかげで、昔から漠然としか描けなかった将来にさえも価値を感じられて、あなたがいつも抱きしめてくれるから、私のこんなにも細い身体は温もりに溢れて。
そんなあなただから、きっとどこへでも行けるだろうに、私の隣に閉じ込めて、いつまでも甘えてしまいたくなる。
華憐、私が生きたすべて。
流れるような黒髪。
私よりも少し大きい、たくさんの苦労を知っている美しい手。
私だけを見つめる瞳。
愛しい人。
握られていた手に力を入れて握り返し、髪を撫でていた手を彼女の首に回す。
「ねえ華憐、愛してるわ。」
****
「ねえ華憐、愛してるわ。」
そう言ってお嬢様は私、華憐に口づけをした。
薄っすらと赤く染まった頬。
澄んだ綺麗な瞳。
お嬢様と積み重ねた歳月の中で、何度肌を重ねたとしても、お嬢様のそういった姿を見るにつけて訪れる、胸を握りしめられるような多幸感に慣れることはなかった。
疲れてしまわれない様、しっかりとお嬢様を抱きとめて、少し顔を近づける。
「華憐、私はそろそろ行くわ。ついてきてくれるのね?」
「ええ、あの日から心はとっくに固まっております。」
「そう、じゃあ少し先に行って待っておくわ。」
「お嬢様を長々待たせるわけにはいきません。直ぐ参ります。」
「あなたと待ち合わせするなんて新鮮ね。」
とお嬢様は薄く微笑んだ。嗚呼、どうしてそんな些細な仕草ひとつですら私の視線と心を掴んで離さないのでしょうか。
「華憐、私の身体のために色々苦労をかけたわね。あなたを縛ってばかりでどこにも連れていってあげられなかった。」
お嬢様は申し訳なさそうな視線をこちらに向ける。
どんな時もお嬢様は御自身よりも私の心配ばかりなさるから、私はお嬢様のことばかり心配してしまって。
「お嬢様、、」
私は自分の胸を掻っ捌いて、胸の内を全て見せられたらと強く思う。だからせめて、拙い言葉を紡ぐ。
「確かにお嬢様との遠出も私の大切な思い出です。でもねお嬢様、」
お嬢様の銀色のお御髪を丁寧に撫でながら言葉を続ける。
「私が心の底から行きたいと望む場所はお嬢様の御そばです。お嬢様が私をきつく、きつく縛りつけて下さるおかげで、私はお屋敷の外へ出でずとも、いつも心から望む場所にいくことが出来るのですよ。」
そう言うとお嬢様は美しい顔をくしゃりと破顔し、その白く、細く、美しい指で気付かずに流れていた私の一筋の涙をそっと拭ってくださった。
「嬉しいわ。ねえ華憐、お嬢様ではなく留奈と呼んで。」
今度は甘えた顔で薄く微笑む。
「はい、留奈」
「愛してるわ華憐」
「はい、私も愛しております、留奈」
今度は私からお嬢様の薄く、綺麗に整った唇に私の唇を捧げた。
「そろそろ行くわ。」
そう言うお嬢様を殊更強く抱きしめて、最後にその頬にもう一度口づけをした。
****
お嬢様を丁寧にベッドの上に横たえさせると、私は殺風景と言えるほどのすっきりした部屋を見渡した。
その片隅、片付いた机の上に手紙が2つ。
お嬢様が御両親に宛てたものと、私がやはり義理の両親にあたるそのお2人に宛てたもの。
私は婚約を認めって下さったお2人への言い尽くせない感謝を。
お嬢様がなにをかいたのか私は知らない。
それらの隣に、お嬢様が選んで下さった短刀が一振。
それを手に取って、抜く。
目を閉じて、ゆっくりと息を吐くと瞼の裏に浮かぶのお嬢様のことばかりで。
お嬢様、、。絹のような白い肌、私とは違う、柔らかで小さな手、澄きって溶けてしまいそうな声。
この世の清いところだけを集めた、透き通るような美しさ。私が生きた理由。
手に力を込め、心を均す。
迷い傷などつけてしまったら優しいお嬢様のことだから、私の躊躇った気持ちさえ心配されかねない。
固く目をつぶり、歯を食いしばる。鳩尾に力が入り、キュッと締まる。一息に力を入れて深く、深く、深く刃を滑らせる。
深く息を吐いて、ゆっくりと刃を抜いてそれを放り捨てる。
お嬢様のもとへ!初めてお嬢様にお会いした日、お嬢様が涙ながらに思いを伝えて下さった日、お嬢様が私を御両親に紹介して下さった日、お嬢様との生活、お嬢様との結婚、お嬢様の表情、お嬢様の仕草、お嬢様の声、お嬢様のお御髪、お嬢様の温もり、お嬢様の、お嬢様の、、
隣で静かに横になっている私よりも頭一つは小さい愛しい人の身体。愛しい愛しい私のお嬢様を強く強く抱きしめる。
私から溶け出す血液と体温が私とお嬢様を包み込む様で。
これからお嬢様との悠久の時を刻める感激が私の胸を震わせる。
お嬢様と2人、しがらみのない静かな時を。
お嬢様の残した香りと体温が私の手を優しく引いていく。
お嬢様。いいえ、留奈、愛しています、永遠に。
瞳を閉じて、私たちは1つになる。
拙い文章に最後まで辛抱強くお付き合いいただきありがとうございました。
百合ラノベ、百合小説が益々メジャーなものとなるようにという祈願にかえて!