帰り道
★帰り道
走るのをやめて、荒れ野に望む。二人はどっと笑う。
「一瞬でお陀仏になる所だったわね!久しぶりにドキドキした!」
「悪いことするって楽しいな~!」
涙を拭きながら巫女式神は笑う。
「はあ…確かに久々にヒヤヒヤしました。」童子式神が袖で汗を拭う。
「冒険させてもらったぜ!山伏の式神さんよ!」
ハイテンションな二人を前に童子式神は息を吐く。
-あの神に見つかっていなければいいけれど。
目が合ったような気がして、薄ら寒さを感じる。
「そろそろ朝だな。童子さん、帰るか。」
「あ、はい。帰ります。」
三人は月の沈んだ空を背に歩き始める。場面が変わっていき、さわさわと風が吹く。
「じゃあ、私は寝るわ。」
板碑の前にたつと、山伏式神はシッシッとジェスチャーをする。「連れないねえ。」
「ちょっと時間を共にしたからって仲間ヅラしないでもらえる?」
「つくづくヤな奴っス…。」呆れ返る二人。
「あ、-気になったことがあるんだけれど、あなたの主は何者なの?最高神の関係者?」
ズイッと顔を近づけ、山伏式神は問うてきた。
「いえ…この情景を夢で見たといっておりました。」
「夢?あの人間ごときが見るという?…まさか、前世は神だったとかじゃないわよね?」
「輪廻を信じているのですか。」
「地球に住んでいる生命は皆、再利用されるらしいじゃない。噂だけれども-あなたの主なんだか不気味ね。」
「不気味……ごく普通の人間ですけれどね。」
「ま!人間なんて皆同じよっ。」
フンスと自信ありげに言う山伏式神。巫女式神はさらに呆れ返る。
「こちらも最後に聞きたいのですが、何故あっしを罠にかけたんスか?」
「あなたがテリトリーを略奪して石を壊しに来たと思ったんですもの。」
「そんな野蛮なことしませんよ。」呆れる童子式神。
「ふん。十分野蛮よ。それと、罠にかけてあなたの主の魂を食べられると思ったりしただけ。」
「はあ?」
「なにせとっても美味しそうな魂。みんな羨んでるわ、きっと。」
とっても美味しそうな魂、か…。
表情を隠しながらも考え込む童子式神。山伏式神はふっきれたように
「それももう、後の祭りみたいなものだわ。」
「え?」
「タブーを冒したのよ。見るなのタブー。だからいつか罰を受けるのでしょうね。」
「振り替えったのですか。」
「ええ、振り返ってしまった。有り得ないものを観たから。」
固唾を飲む童子式神。
「私がいたの。」
「おめえが…?そのおめえは―」
「私は私でしかないわ。…あなたとは会うことはなさそうね。二度とテリトリーに侵入しないで。あと石を触らないこと、あと傷つけないこと。ね?」
消えていく山伏式神を
「山伏式神!」
「……なにそれ、私の名前?」
「あ、ええ。やまぶし、と巫女式神が呼んでいたもので。」
「山伏式神、か。変な名前。もらってあげなーい。」
「アイツ、ずっと荒れ野にいるのかな。」
カラス形態になり童子式神を背中にのせ、巫女式神はポツリという。
「そうじゃねえの?石がある限り」
「寂しいやつ。」と、言う巫女式神に風に吹かれながら童子式神は不思議がる。
「別に本人が幸せならいいんでは?」
「う〜ん。そうかなぁ」
二人は越久夜町の上空を飛びながら、無言になる。
「なあ、見るなのタブーってなんだ?」
「我々や人間界で起こる禁忌とされているものです。見てはいけないと決められた物事を破ってしまう、そうすると恐ろしい結末が待っている…」
「ああ、黄泉比良坂のお話?」
「…そういうのは博識なんすね。」
「おうよ!あたしの主から教わったからね!」自慢げに胸を張る巫女式神に、
「あの、おめえの主って-」
「おめいさんの主さんはこの町をどうしたいんだろうねえ」
遮られ当然だと割り切る。間を開けて
「……。そりゃあこの町を良くしたいのです。」
「へへえ~、そーか。」頷く巫女式神に、童子式神は胡散臭いと感じる。
「主の願いが成就してより良い町になるといいな、童子さん。」
「ええ。」
「じゃあ、また明日」
星守低の門前に下ろしてもらい、巫女式神と路地で別れる。
廊下を歩きながら童子式神は思考をめぐらす。
主さまは遺棄された神域を手中に収め、利用することにした。神の真似事をすることにした。
信仰を得られず消滅してしまった神の跡地。………。
滅びゆく町をより良くするため。最初はそうだったのかもしれない。
-神使らが守る結界を破壊し初めて…。神使たちの気を逸らすためだろうか?それとも本当に破壊したいのだろうか?
次は越久夜町を囲う神域の起点。
どうするかは、主さまの思惑通りなら-壊すのだろうか?壊してどうにかなるんだろうか?
神々は何故何もしてこないのだろう?不気味だ。
もう町は崩れかかっているのかもしれねえな。
寡黙が無表情にじっと廊下に立っている。童子式神は横目に通り過ぎる。
-あいつも、たいがいに不気味だ。
寡黙と目が合い、そっと視線を逸らした。
部屋に入ると主は気が立っている様子。童子式神はおずおずと口を開く。
「主さま。」
「黙れ、今は何も聞きたくない。」
主さまは精神的にも不安定だ。それもそうだろう。あっしという魔に魂を侵されているのだから。
「ですが主さま……神域の起点を見つけました。」
毛をむしっていた主の手が止まる。
防御壁は本当にあったのか。」主がにわかに嬉しそうになる。窓のカーテンを少し開け、月光が入り込む。割れた花瓶が転がっている。
「はい、主さまの言う通りの状況でした。」
「そうか…。やはり町を支配する神は存在したのだ。…これで世界をより良くする計画が進むな。嬉しいだろう。」
「はい。」
「…あの夢は本当だったんだ。」
一人合点する主に童子式神は「先ほどまでお怒りになられていたようですが、何かあったのですか?」
すると主は
「またあの女に怒られたんだ。」
「主さま、また勝手に抜け出したのですか……。」
「これも計画のためだ。越久夜町を守護している神使の張った結界を、やっとのことで壊したんだ。」
「全てを壊したのですか?」
「ああ!だが、人間の眼にはそれが見えない。…人ならざる者の目を持ち得るにはどうしたらいい?」
「…主さま。」
-主さまは外に出てはならない。体のため、あとは…世間のため。
「神域の起点も壊すのですか?」
「いいや、あれはさすがに我々では壊せない。おびきよせる材料にするんだ。」
「はあ…」
「お前が使われなくなった神域や、テリトリーでこれまで掃き清めてきた"ゆらぎ"も役に立つ。」
「えっ。あれがですか?!主さまは何を?」
「まあいい。お前もよくやった。今日は休め」
おびきよせる、って何をでしょう?と童子式神は考えながら部屋を出る。廊下はあの暗いテリトリーと化し、童子式神は座り込む。
「式神には休むという行為はできません。」
独りで呟くと、祭壇にあった地球の文字ではない記号を思い出す-
『私の太陽。私がいたことを忘れないで。』
あれは…誰に宛てた文なのだろう。
「……。」ゆらりと人影がやってきて、寡黙が危なげな眼光を宿してやってくる。
「寡黙?」
童子式神は空元気を装おい問う。