披瀝(ひれき)
★披瀝←巫女式神は山の女神に巫女の思いを告げる
《前編》
時空が悲鳴をあげ、空からボタボタと泥が落ちてくる。巫女式神はそれを避けながら飛んでいた。
「越久夜町が……カオスに飲まれちまった。」
人も家もない空間で飛び続ける。
「くそっどこがどこなんだ?訳分かんねえっ!」
旋回に切りかえてくるくると方向を取ろうとする。するとキラリと下で光った物があった。
「ん?」
目を凝らすと神鏡が光を発している。泥に沈みそうになっているそれを、慌てて急降下して拾う。
「…お?」
鏡の中に越久夜町の景色がある。
「山の女神…?」
本殿で神鏡を触った記憶が蘇る。「山の女神の神鏡か…?」
おそるおそる巫女式神は鏡に触れると、指が鏡面に吸い込まれる。そのままズブリと腕を突っ込み、そのまま引きずり込まれた。
気がつくと爽やかな風が吹き、ザワザワと木々のざわめきがする。眩さに目をつぶっていたが、やがてゆっくりとまぶたを開けた。
「星守家……?なんだこれ?」
星守家の庭に巫女式神は建っていた。
長閑な日差しの中、洋館が建っている。巫女式神は砂利を踏みながら玄関に向かう。
「春木ーっ!いるんだろ?」
返事はなく、シンと静まり返っている。ドアはかかっておらず簡単にあき、恐る恐る侵入した。
「お邪魔しまーす……」
当たりを見回しながら進む。館内はホコリをかぶり、灯りは床に落ち、カサカサと枯葉が舞っていた。廃墟のような有様に巫女式神は息を呑む。
「何が起きてんだ………?」
ホコリがふわふわと塵になり舞っている足元に、僅かな足跡があるのを見つける。その足跡を辿り始める。
足跡は階段に続き、二階に上がっていた。
「山の女神か…?」
階段を上るとバルコニーの窓辺に山の女神がいた。彼女はジッと変わらぬ越久夜町を眺めている。
「春木…」歩み寄る。
「あら…ここで終わろうとしていたのに。とんだ訪問者が来たものだわ。」
「町が大変なんだっ!空も大地も、全部ぐちゃぐちゃにっ」
必死に訴えるも女神は無表情に言い放つ。
「ええ。知っているわ。」
「知っているのに、-閉じこもって知らんぷりするのかよ!」
「お黙り。あなた如きに何がわかる?」
ピシャリと言いのけられ、巫女式神は黙る。
「………童子式神、こなかったかい?」
「童子式神?ああ、あの悪神?来ていないわよ?」
「童子さんは悪神じゃないっ、巫女の魂が多く混ざった変な状態の人ならざる者だ!」
「あなたまでそんなことをいうの?悪神の残骸だというのは一目瞭然でしょ?あの髪飾り、天津甕星が付けていた物にそっくりだった。」
髪飾りを握りしめる山の女神の回想。憎しみに鼻にシワを寄せ、バキリと髪飾りを握りつぶした。
「あのお荷物。残骸になっても皆を惑わすのね。」
吐き捨てられた言葉に巫女式神は怒りを露わにするも、表に出さず静かに言う。
「この際童子式神が誰だなんて、アンタに分からせない。誰にも解らせはしないよ。童子式神は、童子式神だからだ。でも巫女の気持ちの欠片を無碍にはしたくねえ。」
「……」山の女神は冷たい目付きをやめて、視線を下げる。
「あの人は言っていた。伝わってきた。巫女は、山の女神が生き続けているのを望んでいるんだって。」
「あはは!今更…今更、」
山の女神は笑い、顔を覆う。
「私はもう終わるの。地球もそう言っている。なのに-今更」涙をたらし、歯をくいしばる。
「死ぬ前にそんなことを。酷いお人ね、あなたというヒトは。」
「あきらめんな!まだ…越久夜町を甦らせる力はあるだろ…」
「ないわ……理を天津甕星に握られた今、私に出来ることなどないのよ。」
「……。やだよ、ここで終わっちまうなんて。春木が終わるのも、童子式神にも会えないのも。嫌だよ。」
悔しそうに言う。
「そんなものじゃない。全て思い通りになるわけないんだから。」
「でもっ!」
「駄々をこねるのをやめなさい!」
ビクッと巫女式神は止まる。「あなたもいい加減大人になるべきよ。妄言を言って私を励まそうとでもしたのかしら?-いい?受け入れなさい。」
「受け入れる?」
しゃがみこみ、覗き込む。
「ええ、絶望を受け入れる。納得いかなくても、現状を受け入れる力。"大人"はきっとそういう力を手に入れるの。-私もあなたも終わる、それまでに精一杯行きましょう?」
「……。」頷かず俯いた。
「-あの子が祭壇に書いた文字、倭文神に言われるまで気づかなかったわ。ひどいわね…あの子の思いを…。……少しだけ、生きたいと思えたのに。やはり現実は残酷ね。」
「春木」
「……さあ、あなたはこんな場所に居ないで巫覡の元へ。」
「なら春木も!」
「私はいいの-」
-山の女神。わたしだよ…。
巫女の声がして山の女神は目を見開く。「うそ……」
-はやく鏡から出てきてよお、よみがえったの。
「月世子っ!あなたなの?」
-うん、わたしだよ。女神さま、はやく会いたいよお。
「アイツは偽物だっ!騙されちゃダメだっ!」巫女式神が女神の裾を掴んだ、だが聞き入れない様子で指を鳴らし、鏡の世界を消失させる。
「わっ」ベチャッと泥に尻もちをつく、巫女式神。巫女が生前の姿で佇んでいた。巫女の皮を被った天津甕星が後ろを向いて立っている。
「ダメだ春木っ!」
巫女式神は手を伸ばし叫ぶ。
「久しぶりね、何千年……いや、何万年かしら?会えるなんて思っていなかった。-嬉しいよ。月世美-」
背中に語りかける山の女神。ふっと振り返ると-
「よう 女神サマ」
ニタリと天津甕星の笑みそのもので、巫女は笑う。
《後編》
「天津甕星…」
「久しぶりだなあ、ずいぶんと老け込んで。誰かわからなかったぜ。年端もいかぬメスガキがよぉ」
その言葉に、女神は眉をひそめた。
「あなたこそ、何者なの?あなたからあの子の気配がする。」
「あ〜、どうやら女の情報から構成された不完全なまがい物のようだぜ。」
「本物のあの子をどうしたんだ?あの子をまさか食ったのか?」
「食う?何故だあ?勘違いしてないか?オリジナルはあの時死んだんだよ、最高神さん?俺も、巫女も、巫覡も。みーんななァ。」
「…。」女神は険しい顔つきになる。
「アンタが支配する森羅万象、眷属によって、反逆者は残らず皆殺しされたんだ。ひひっ。よかったじゃねえか?え?」
「あたしはあの子を殺してない!」
「ふーん?そうか、そんなもんだよな。まあ、俺はな。だがなぁ、嬉しいよ。アンタと会えて。」
「……それは、あの子の気持ちだろう。」無表情で答える山の女神。
「いいや、違うね。待ち望んでいたよ、お前を食いつくす事を。」
山の女神は手のひらから槍を形成する。
「また俺を拒むの?」
「……。」山の女神は何も答えずに、次々に槍を形成すると、1本ずつ投げていく。
「いや、遊んでくれるんだぁ!」
光を帯びた槍はビュンと音を立て、彼に向かった。天津甕星はそれを太虚へ逃げ込み、再び越久夜町に現れるいわゆるテレポーテーションで避けていく。
「あはは!久しぶりだぜっ!おめーと遊ぶのはよ!」
「逃げないでぶつかって来なさい。弱虫」
無表情を崩さずに、山の女神は槍を放ち言い放った。
「ああ?」
ピタリ、と動きを止める。
「こんな棒きれ、わざわざ当たりに行くバカがいるか?」
槍を手で受け止めると、勢いよく女神に投げ返した。
「あらそう。あたしなら、ぶつかりにいくわよ。」
こちらも槍を手に取り、構えた。そして天津甕星へとびかかる。
銃剣を鞘から取り出し、体を横へずらした後槍を切断しようとした。
女神が腕を増やし、もう一本の槍を召喚して天津甕星に突き刺した。
「がっ!」
「そんなので死なないでしょう?芝居をやめなさい」
「-ようくわかったなぁ」ニヤリと気色悪い笑みを浮かべ、天津甕星は血を滴らせた。
地面にテレポーテーションして、槍が刺さったまま四つん這いになる。
「遊びましょー!」地面を蹴るや再び姿が見えなくなった。
「ちょこまかと逃げ回って、度胸がないわね。」
「ばあ!」
突如洗われた天津甕星が銃剣を頬に切りつける。血が飛沫を上げ、彼の顔面に散った。
「あはは!おどろいたか?-ゲ!」いきなり腹を蹴られ、泥まみれの地面をスライディングする。
「いってえー」
カオスの泥にまみれて、天津甕星は大の字で寝転がる。
「じゃれあいはしまいにしよう。飽きたんだ」
「じゃれあい?」
「今度はあやとりしようぜ。」
山の女神は静かに怒りを宿した瞳を細め、構える。
パチン、と芝居がかった仕草で指を鳴らすと、起動音と共にたくさんの太虚にもあった奇妙なしめ縄が現れた。
「!」
「動くなよ?これはおめえが切って貼り付けた時空の分岐だ。」
「……」体にからみついたしめ縄に、山の女神は眉をひそめた。
「おや?あまり驚かねえんだ?さ、遊ぼう。」
指に絡めると爪でちぎってみせる。ブチリ、と音を立てて縄がちぎれて分岐が消失した。
「俺ぁあやとりが苦手でね、こーやってちぎるのが好きなんだ。」
「やめろ。」
さらにたまわませてちぎろうとする天津甕星に「やめろって言っているだろう!」
「うらあ!」
女神はパラレルワールドのしめ縄をちぎりながら、ふっとばされる。
「あ〜あ、分岐がどんどん減ってくぜ」
手に絡みついた分岐をちぎり、ペッと血唾を吐いた。
「ねえ?春木。わたしを助けてくれなかったなんて、悪い冗談だよね?痛かったなあ、苦しかったなあ。」
「あの子の真似をするな。」
「真似なんかじゃないよ、私たち一つになっちゃったんだよ?」
神世の巫女の口調で首を傾げる。
「私を助けるのは、"私"を受け入れること。ね?拒まないで?」
禍々しい笑顔の神世の巫女が分岐をちぎりながら、近づいてくる。
「春木。愛してる。ずっと言いたかった。」
しなだれかかってきた巫女に、山の女神は顔を顰めた。
「お前は天津甕星だっ!月世子じゃない!」
真名を呼ばれ、神世の巫女は天津甕星に変わる。
「なぁんだ、愛してるって言ってくれねえのかよ。春木ちゃん♡」
「けがらわしい、あの子がつけた名を呼ぶな!」
髪がゆらゆらと意志を持ち、山の女神の首を絞め始めた。
「このまましんじゅーしてもいい、アンタが受け入れてくれるならな。」
「ふざけるんじゃない、誰がお前なんかと--ぐっ!」
「おめえにはもう、あの織女ちゃんはいないんだ。俺の能力を封じることはできねえ。」
首を髪でギリギリと締め付ける天津甕星に、山の女神は呻いた。
「-怖い?消えるのが?」
「は?」
「弱りきった私を痛めつけ、再起不能にしてまで自らの不安を取り除こうとしている。そうだろう。」
「なんだ?んなわけねえだろ。」
「そう。」
舌打ちする天津甕星。女神の手が肩に押し付けられ、「私はあなたを拒絶する。」
退けられた。
グルル、と唸りをあげ、毛をザワザワとザワめかせ始めた。
「食われてえようだなァ。前代のよーに」
「意気地無し。」
「うおら!」
髪を鋭い触手に変形させた彼は、それを女神に突き刺そうと伸ばす。心臓部に到達する手前で女神が手で触手を掴んだ。
「--尻尾を出したわね?」グッと力を込めると自らに突き刺した。
「私の威光を受け取りなさい」
「!はなせっ!」触手をしまおうとするが掴まれて阻まれる。
じわじわと急速に威光(オーラのようなもの?)が天津甕星に侵食する。初めて焦った表情になる。
張り巡らされていた分岐が越久夜町の表層から消失した。
「銃剣でしか攻撃してこなかった訳が分かったわ。前回から学んだのね?あなたらしくない」
「毎度毎度支配しやがるとは、おめーらしいよ!」
光の槍を心臓部に突き刺した山の女神。ガバッと天津甕星が血を吐くも、髪の触手が鋭く山の女神の肩を貫く。
そのまま貫いた状態で泥まみれの地面に突き刺した。
地に縫い付けられた天津甕星がニヤリと笑うも、山の女神は血を垂らしながら槍を深く抉った。
「こんなもので俺を倒せると思うなよお!何度でも蘇ってやる!お前が好きな娘が転生する度になあ!」
「そう…なら一思いに葬ってあげる。―二度とこの地に現れぬようにな!」
「笑かしてくれるぜ!」揺らめいた山の女神を蹴り飛ばし、立ち上がろうとする。
「ん?」グイッと体が起き上がれず、天津甕星はハッと目を見開いた。
「地球めが…!」




