暗転
★暗転←巫女(天津甕星)が本性を表す
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月が登り、空が暗くなり始めたのを横目に引き返そうとする。すると周囲の街灯が切れているのに気づき、違和感を感じた。
「なんだここは……」
人間形態になり、しんと静まり返った路地を見回す。
「魔筋?何でこんな所に形成されてるんだ?」
巫女式神は慌てて引き返そうするも、夕暮れの薄暗い路地に童子式神を見つける。童子式神は暗闇に続く路地を歩いていた。向こう側に工事灯のあかりだけが浮かび上がっている。
アスファルトに粉々になったフセギがあり、道は劣化しているのかひび割れ雑草が生えていた。尋常ではない様子に巫女式神は足が進まなくなり、手を伸ばした。
「童子式神っ」
通行止めにされた路地に童子式神が佇んでいた。ランプに照らされ、不気味に浮かび上がっている。この世の物出ない文字が書かれ、錆び付いている。カチカチと点滅する街灯が、何度も童子式神を照らしては沈ませる。
通行止めのバリケードの裏は真っ暗で何も見えない。
その様子に巫女式神はゾッとする。
「ねえ」おずおずと声をかけるも振り向かずに、暗闇を眺めている。
「どうしちまったのさ!どうして町をさまよってるんだ?」
答えずに佇んでいる。
「どうじ-」
「……生憎、あっしはもう式神ではないンス。」
ビクリと巫女式神は怯える。
「主を食べたんです。あんなに忌み嫌っていた式神もどきに成り下がったんスよ。」
「式神でなくても、人ならざる者でなくても-あたしは童子さんを認識するよ。」
「……。」
「目の前に童子さんがいるのを、認識して存在を肯定する。存在していると認め、考え続ける。」
「巫女式神」
「だから」
「お前との約束」
抱きしめられて、童子式神は驚く。二人は街灯の下、ぼんやりと重なった。
「いなくなって欲しくないんだ。」
巫女式神は涙をこらえた顔をして、童子式神の服に顔をつける。
「寂しいよ。この世でアンタに会えないなんて、考えられない。」
「……」わずかに赤面し、俯く。「人間みてえなやつ。」
「元人間から生まれたんだ。当たり前だろ?」
「…そうですか。あっしの魂も本来は人間だったのかもしれません。」
「…どういうことだ?アンタは分霊だった、って-」
顔を起こし、巫女式神は目を丸くする。
「あっしもそう信じていました。己は分霊であったと。でも皆から悪神と呼ばれている神の記憶は、自分にはない。あるのは神世に巫女をしていた女のものの悲惨な最期。感情。」
「…神世の巫女。それは」
「ぐちゃぐちゃなんです。自分が悪神なのか、巫女なのか。定かでなくて、むしろどちらともつかない。式神でもなくなり、そして本来の自分すら空っぽで……」
「アンタは童子式神だろ。」
クスリと童子式神は笑い「おめえの主である鬼神も言っていました。」
「そりゃあそうだ。誰が見ても童子さんは童子さんなんだからなっ」胸を張る巫女式神。
「………。童子式神でいられるかも怪しいです。山の女神が、いや、町が許してくれるかどうか…」
「それは考えすぎだよ。」
「いいえ。不思議と分かるのです。終わりが近づいてきているのが」
風前の灯であるのがなんとなくわかり巫女式神は悲痛な顔をする。
「なら山の女神に言おう。あたしが、許して貰えるように言うから!」
『君が巫女の残骸であると女神に理解させることができたら、この時空においての寿命は伸びるかもな?』
鬼の言葉を思い出す。
「山の女神に…許しを乞うつもりはありません。山の女神も要らないと言うでしょう。ただ、これだけは伝えるべきなのだと思います。」
-巫女は山の女神へ生き続けてほしいと望んでいる。
-山の女神。わたしの太陽。
逆光になっている山の女神に恐る恐る視線を合わせる。
私の太陽。私がいたことを忘れないで。
忘れないでいて……ちっぽけな私を。山の女神、-春木……これからもムラを照らしていて。
「それを言うんだ。絶対に。山の女神へ。」
巫女式神が肩を掴んで言う。
「なぜです?あっしは―巫女じゃないのに?」
卑屈になる。しかし巫女式神はまっすぐに童子式神を見据えはっきりいった。
「あたしにはあたしの主の気持ちが心の芯にある。―神威ある偉大な星。あんたが好きだ。ずっと一緒に居たかった…私が先に死んだとして、あなたに食べられてしまえば良かったと思っていたほどに。大好きだった。」
巫女式神に鬼の人間の姿が重なる。
「だから、神威ある偉大な星では…」
「あたしはね、童子式神が好きだよ。」
「えっ…」
「あんたは誰が好きかい?巫女式神かい?主かい?それとも山の女神?」
「わたくしに、誰が好きという気持ちは正確に分かりません……。」
「-じゃあ、あんたの中の心残りは何?あたしは伝えたぞ。これでこの世から居なくなったって、怖くねえさ。」
「生きたい。」くしゃりと顔をゆがめて童子式神は吐露する。「まだ生きたい。終わりたくねえよ」
「……うん。」涙を流す童子式神に巫女式神は頷く。「あんたに生きて欲しいよ。」
悲しい顔をする巫女式神の表情は影で見えない。二人は黙り、ライトが照らす。
ニカッとなんでもなかったように笑い
「さ!行ってこい!はやく山の女神に伝えるんだ。そしたら何か変わるかもしれないぜ。」
「…ええ。」
ドン、と背中を押され童子式神は歩き始める。工事現場から離れていく背中を見送る
「言ってやったぞ、あたしの主。」
巫女式神はハハッと自嘲する。すると童子式神は振り返り
「あっしはおめえのいう好き、と言うやらは分からねぇけども。おめえが言ったように、ずっと一緒に居たかったのかもしれねーっス。巫女式神。」
「うん。また会おう。また」
「ええ。再び-約束です。再び会うと、約束してくれませんか。巫女式神。」
「もちろんだ。」
通行止めのバリケードの後ろが薄らと描かれている。
?
「ん?」バタバタと何かが走ってくる音がして、童子式神は足を止める。
「な、なんスか?地鳴り?」
四方を見回し、バタバタと響く音が近づいてくるのに恐怖を覚える。「わわわ?!!」
「見つけたーーっ!」
山伏式神が画面いっぱいに飛びついてくる。バタンと二人共々アスファルトに倒れる。
「いてえっ!何すんだこの!」
「あ、あの娘があなたに会いたがっているのよっ!」
顔に手を押しつける山伏式神。
「ぎゃっ!!!!なぁあー邪魔です!!」
引き剥がし、童子式神はキレる。
「あなたに会いたがっている人がいるのっ!魔筋であった女の子!」
「えっ、あーあの」
「少しだけでもいいから、会ってくれる?お願いっ!」
手を合わせられ童子式神は困惑する。
「ほら!行くわよ!」
「ちょっ!良いって言ってねえのに!!」
グイッと服を引っ張られ、無理やり連行される。二人は路地を歩いていく。
《山伏式神が神世の巫女に伝言を頼まれたと童子式神に会いに来る。》
強風が吹き荒れ、巫女の髪がたなびく。ザワザワと音を立て波打つ草原で2人は向き合う。
「覚えてる?わたしだよ。」
ニコリと笑う神世の巫女に戸惑う。
「え、ええ…何か雰囲気が変わりました?」
「忘れちゃったの?あんなに"お話し"したのに?」
「お、お話し?」
「わたしはあなた達の声が聞こえたの。聞こえない皆に代わりに伝えたんだ。」
「あっしが分霊だった頃に会ってるんすか?」
「……。反対に皆の声をあなた達へ届けた。それがわたしの役目。それだけだった。それだけ……。」
「あ、えっと…。」
「なのに、あなた達もみんなも、裏切ったじゃない。神威ある偉大な星。」
「責め立てても覚えてないんス。もう、あっしはそんな名前じゃないんスよ…。」
「童子式神。わたしの魂を返して。」
「魂…?何言ってるんスか…?」
「あなたの主の魂。」
主は神世の巫女だという。
「輪廻を幾度となく、わたしは数千年、眠りについては廻った。あの世で地獄を何度も味わっては現世へ引きずり回されたの。あなた達が忘れている間ずっと。あなたの主として生まれた。」
「……そうなのですね。だから」
-予知夢ではなく。
主が巫女の生まれ変わりだと判明。
「あなたの主から離れて、この世に蘇ったけどね?まだ不完全なの。」
「…」
「完全になるには彼の魂が必要。魂はあなたが持ってるでしょ?だから返して欲しいなあ。」
ニコリと薄ら寒い顔で言う。童子式神はその様子にかたずを飲む。
「返したら…嫌な予感がするッス。」
「それは返したくないってこと?」
「……はい。」
「そっかあ、じゃあ、食べちゃうしかないね。」
闇の触手が背後から伸びてくる。童子式神はぴょん、とうさぎの足で跳ねかわした。
触手が何本も迫り、童子式神は必死に避ける。「くそ!またアレをやるしかねえか!」
「まずいわ!」山伏式神が焦るも、童子式神の眼前に天津甕星めいた巫女が現れる。
「!」
神世の巫女に主が被り、童子式神は手を出せなくなる。
グバッと大口を開け、本性を顕にした皐月に主の魂を童子式神ごと食べられる。※描写はしない。
場面が変わり、山伏式神はビクビクと怯えている。
-童子とか言うのをホントに食べるなんて。
頭を抱えてしゃがみ込んで、草むらに隠れていた。恐怖に歯を鳴らした。
-逃げなきゃ!私の命も危ないわっ!
走り出した山伏式神の
「どこに行くつもりだ。」
背後に天津甕星がいる。山伏式神は振り返り、ぎゃっと悲鳴をあげた。
「に、逃げるに決まってるでしょ!」
「ふ。逃げるだァ?俺から逃げられるとでも思っているのか?」
山伏式神は闇を使い、テレポートする。逃げれたと思った矢先、目の前には天津甕星がいた。
「ひい!」
「よわっちい次元移動で逃げられるとでも?おめえの能力は俺の欠片。浅はかなヤツだ。」
ひょい、と持ち上げられ山伏式神はもがく。
「やめて!」
コマが真っ黒になる。




