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そんじょそこらの使わしめ (原案)  作者: 犬冠 雲映子
越久夜町シリーズ
39/47

悪神の真名

★悪神の真名


? 女神が鬼を連れて登場。鬼は不満げに佇み、寡黙は苦痛に呻く。

「巫覡がなんの用じゃ……!」

「倭文神。君の無惨な結末を、私は回避してあげようとしてあげているんだぞ?感謝したまえ」

「ええ。今なら流罪や謹慎が課されるだけよ。今までのあなたの行いに免じてね。」

山の女神が無感情に言う。寡黙は

「一思いに殺ればいいものよ。その半端さ……後に痛い目に遭うぞ。」

「反逆したあなたに発言権はないわ。」

サラリと言いのけてみせるや、山の女神は怯える童子式神を一瞥する。

「無様ね。」かつて童子式神が山伏式神に言い放った言葉を女神は口にする。

「あなたに用があるの。」

「あっしは、」

「私はある者を探している。きっとあなたはその者に会っているはずよ。情報交換をしましょう?……対価としてあなたには悪神の真名を告げてあげる。」

「えっ」

「いいだろう?」

素になった山の女神に圧倒され、童子式神はコクリと頷いた。そして自身が何者だったのかを告げられる。

「神威ある偉大な星-天津甕星。それがあんたの真名だ。」

「それが悪神の名。」

「他人事なのね。」

「……。天津甕星について、教えてくだせえ。それも情報交換の内に入りますか?」

「そう。わかったわ。-彼は前代の最高神によって勧請された星の神だった。神力も野心も強い厄介者だと神々は恐れていたけれど、前代とは仲が良かったらしいわ。とんだ置き土産よ。」

「…。」あんまりな言い方に表情が翳る童子式神。

「私とは馬が合わなくて、結局争いになってしまった。彼は負け、私は勝った。それだけ」

「ええ…」

「あなたはには苦い思いをさせられたけれど、それも過去の産物。どうでもいいわ。」

-腐りやがって。

童子式神は山の女神の言葉に軽い不快感を示した。

しかし女神はそれよりも巫女のことについて知りたがっていた。

「本題に入りたいのだけれど、いいかしら?美しい髪の、浮世離れした女性を知らない?あの子が町にいると言うのを有屋から聞いたの。天津甕星、あなたにも接触しているはずよ。」

「あっしは」

-アマツミカボシという神ではなく、その-………。

制服をまとった少女が蘇る。

-彼女は巫女、なんだろうか?

「アレは巫女ではない。巫女の皮を被り、欺いている天津甕星じゃ。女神さま、この者こそが」

「お黙り。お仕置を追加されたいの?」

山の女神が寡黙の言い分を跳ね除ける。童子式神は目配せをした。

「神世の時代いたという巫女を、あっしは見たような気がします。女神に会いたいと言っていました。」

「そう…」悲しい表情をする山の女神。「覚えてくれていたのね。」

「…食べてあげる、とも言っていました。」

その言葉に拒絶反応を起こし、怒りを露わにする。

「嘘おっしゃい。あの子はそんなことを言うはずがない。」

「本当です。」

山の女神は伏し目がちに「…そう」とだけ答える。

「皆揃って私をバカにするのね。」

「先輩」有屋鳥子は心配そうに気をかける。

「大丈夫。……さ、行きましょう。」

「女神」童子式神は何かを言おうとするも、山の女神は「あたしはね、もう自らは生き続けられない…」とぼやく。

「お前みたいに式神になるのも、悪くないのかもしれない。形を失い、大虚の地獄をさ迷ってもいい。」

髪をなびかせ強風に吹かれる。枯れ葉が舞っていき、二人は俯いたまま押し黙っていた。

童子式神は鼻に皺を寄せ、地面に爪を立てた。

「この…!」

「あたしはもう生きている自信がない。神威ある偉大な星…あたしを刺殺してほしい。いや、その手で息の根を止めて欲しいんだ。」

しゃがみ込み、よごれた手を握る。黒ぐろとしたうつろな目が童子式神を移しこむ。

情けない顔をした自分に怒りを失う童子。

「あっしは、神威ある偉大な星じゃない…。」

苦虫を噛み潰したように吐き捨てる童子式神に、山の女神は立ち上がる。そして目を伏せコートをなびかせ歩いていった。

「はあ…困ったお人だ。君もそう思わんかね?」

鬼は肩をすくめる。

「加えて…どうやら君と私の可能性は閉じたようだ。残念だったね。」

「いきなり何を言ってンスか?…まあ、もう終わりが近いのはうすうす分かるっス。」

「ふーむ。いいや…君が巫女の残骸であると女神に理解させることができたら、この時空においての寿命は伸びるかもな?」クスクスと面白がる。

「えっ…あっしに巫女の魂が混じってるって、知ってるんスか?」

「うん、私はこれでも神だからねえ。」

「ムウ…」むくれる。

「山の神は現実を認めようとしないのさ。私はアレよりも君がかつての巫女に近い者だと説明した、それでも頑なにアレに執着している。感情に支配されている点では、最高神としての賢明さは失われているよ。」

「おめえは、あっしが巫女であったと確信している?」

「ああ、なぜなら私はムラの巫女と会ったことがある。どんな人なのかも、分かっているような気もしていた。…君から巫女の気配を感じたという、稚拙な確信とアレへの嫌悪だ。こう自らで再確認にすると、女神が信じないのも無理はないねえ。」

「そう…、ですか。」

「他人事だねぇ。」

「他人ですから。先程も言ったでしょう?」

投げやりな態度で言う童子式神。

「そうか。」鬼は考えた仕草をする。「ううむ、君は童子式神だろう?」

「ええ。」こくりと頷く。「童子式神です。」

「ならばそれで…いいのではないかね?この際。」

「……。」童子式神は苦虫を噛み潰したような顔をする。

「お互い終わるまで思い思いにすごそうじゃないか。」

-なにが…あっしはまだ、終わりたくない。

「いつまでソレと話してるの。」有屋鳥子がめんどくさそうに割って入ってくる。

「ああ、分かっているよ。」

嫌そうに返事をすると、踵を返し女神のさった方へ向かう。童子式神は俯いたまま、その場に残された。


? 真名を知らされても式神のままの童子式神。

かの悪心の名は天津甕星。またの名を神威ある偉大な星。

名を当てられれば人ならざる者は、正体をさらけ出す。だけどあっしは、式神の"童子式神"のままだ。

-当たり前だ。あっしはどちらでもないのだから。

諦めがよぎり、自暴自棄になる。

主がいなくなった星守邸の一室で童子式神はベッドの上で蹲っていた。

天井の隅に蜘蛛が巣を張ろうと蠢いているのを眺めながら、まぶたを閉じる。

-式神は眠らない。人ならざる者は眠るのだろうか?昔話に出てくる異界の者は眠り、正体を暴かれまたは処され、人間界から追放されていた。

少年の頃の主に昔話を聞かされる童子式神の姿。

蜘蛛の糸が煌めき、童子式神は意識を沈める。夢の路地を歩きながら遠くの光を目指す。

壊れたフセギの連なる地面を踏みしめ、重たい空気の中を進んだ。

『ねえ、どうしてそこにいるの?』

明るい声が光から聞こえてくる。

『神々の集まりがあるはずでしょう?』

神世の巫女が光の中で誰かに話しかけている。景色が開け、童子式神はたどり着いた。

『建葉槌命(※ノイズで隠す)、あなたの名前。春木が言っていたのを聞いちゃったの。』

巫女がにこりと笑い、倭文神の隣に来る。

倭文神はじろりと睥睨するや答えずに歩いていく。

『待ってよっ。私、あなたとお話したいな。神々とお話しするのが私のお仕事なんだし。』

『あっ、そうそう!私は巫女をしている者なの。だから無礼だとは思わないで?』

構わず話しかけられ倭文神はため息をついた。

『バカにしているのか?』

『本気だよ。だってあなたとお話したことがないもの。』

『人間は嫌い。我々の気も知らないで、祈りだけを捧げてくる。そのくせ厄災が起きると押し付ける。人間など』

『人間はね、狭いところにいるから分からないんだ。皆が神様の声や存在を知れるわけじゃないから、しょうがないよ。』眉を下げて巫女は困る。

『ふん。狭っ苦しいのはこのムラの神々も同じだ。私のことを約立たずだというから。』

『ひどいね。』

『同情なんていらない。』プイッと倭文神はそっぽを向いた。

『同情するよっ。私も似たような者だから!』

その言葉に倭文神は微かに動揺する。

巫女はニコニコしたままで、同時に薄気味悪ささえ感じる。

『改めて自己紹介するね?私は■■■。いい名前でしょう?春木から貰ったんだ。』

『……建葉槌命。』

『えっ。』

『それが私の真名。』

「………!」目が覚めて、童子式神は体を起こす。

「建葉槌命……寡黙の真名は、建葉槌命」

ベッドからぴょんと下に降り、慌てて祠へ向かう。


庭に向かい、鮮烈な日差しの中慌てて草藪に突っ込む。

祠は完全に崩壊しており、見る影もなくなっている。雑草がぼうぼうと生え、辛うじて屋根が見えていた。

寡黙の後ろ姿がポツンとあり、ジッとそれを見つめていた。眩い日差しに鈴がくすみながらも鈍く光っている。

「やはりそこにいると思いました。」

「吾輩はもう終わろうとしている。女神からの信頼を失い、越久夜町の神々に失脚を喜ばれる。-この土地を好きにはなれなかったのう。」

振り返ると肌にケガレが侵食している。

「か、寡黙!おめえ」

「このまま悪神に成り果て、越久夜町を崩壊に陥れても悪うない。愉快とも感じる。」

ニヤリと笑い、牙をむきだした。

「お、おめえの真名を思い出したんス!夢の造った嘘幻かもしれねえけども」

「ほう、そなたがなあ。何千年も呼ばれなかった名を、そなたが知るというのか。」

二人は向き合う。

「あっしは巫女でも天津甕星でもない、童子式神。おめえの固執している悪神ではない--それは分かっているだろうけど………!」

童子式神は精一杯に言う。

「おめえは…寡黙、なんかじゃない。-建葉槌命という名で呼ばれた者だ。」

「…。そう。糸を織り、最高神に使える織女。」

寡黙の体が光り輝き、ケガレがなくなっていく。童子姿から織女の姿になり、当たりを照らした。

彼女はゆっくりと童子式神を見つめ、静かに言う。

「私は建葉槌命。」

「やっと、やっと開放されるのだ。」

「ええ…もう、おめえはあっしにも、山の女神にも、越久夜町にも縛られる必要はねえ。」

「……。」寡黙は何も言わずに、布が揺れた。

「私は星に帰ります。分霊としての一生を終え、母体である星の一部になり、宇宙で静かに眠ります。」

童子式神は頷き、きちんと寡黙を見つめて言う。

「倭文神、いや、建葉槌命。さようなら。」

「さようなら、童子式神さん。」少女の無垢な笑みを浮かべ、建葉槌命は解け居なくなった。ざわざわと強風が吹き荒れ祠の板が舞う。星守邸の窓をガタガタと言わせ、やがて凪いでいった。

「………。」

無心にそれを眺め、童子式神は髪を揺らす。髪飾りにわずかにヒビが入り、それには気づかない。

「天の犬よ。あっしはやっぱり変わるのが怖い…」

ボソリというと風に吹かれる。

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