自棄
★自棄(寡黙の正体と童子式神の過去の精神崩壊)
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昼の陽射しから逃げるように、童子式神は暗がりに沈む路地に迷い込む。路地の住みには壊れたフセギが落ちていた。暗いどんよりとした空気に触れ、わずかに肩を落とす。
-陽の光は毒だ。もっと、闇に。暗がりに。
逃れながらも奥へ奥へと進む。寂しい風がどこからか吹いてきて、路地の輪郭が消え失せ比例して童子式神だけが浮かび上がっていく。
「……あ」
気がつくと童子式神はかつてのテリトリーに来ていた。
-馬鹿な。もう式神ではないのに。
テリトリーだった所はあれだけ連なっていた注連縄がなくなり、空洞と化していた。ヒヤリとした風が吹いてくる。
-あの、不思議なしめ縄がある世界とはまた違う。
太虚とは違うと気づき、童子式神は
-寡黙は、いや、倭文神が空間を修復できると言っていた。これはその力のモノなんだろう。テリトリーだと勘違いしていたのは、寡黙の張った意図の内側だったということだ。
-非力な奴だったなあ、童子式神は。
「なぜ来た。そちはもう解放されたはず」
暗がりにあるのは椅子。それを眺めている寡黙が居た。
「おめえこそ。」
「ここは吾輩のテリトリーのようなモノ。いてもおかしくないじゃろう?そちこそ、戻ってくるとは不自然なことよ。」
「理由はありません。強いてあげるなら、ノスタルジーなのやもしれないです。習性…習慣に引きづられなぞ、あっしは所詮式神の延長線上の存在でしかないのでしょうね。」と、悟る童子式神。
「……ふむ。」
椅子が朽ち果て、ゆっくりと朽ちていく。やがてそれは繊維となり、風に消え去った。二人だけしかいない空間は果てしなく、微かな風だけが吹いている。
「道を踏み外すと呆気ないものですね。物事が遠くに見える。浅はかな夢を抱いていたのだと、思い知らされました。あっしを式神として使役した幾多の人間と同じように、浅はかで醜悪な夢を。」
「……」寡黙は何も言わずに何も無くなった空間で佇んでいる。※トーンをかける。
「式神になったのだって、崩れかける存在の存続のためだったのかもしれねえ。分霊であった勘違いするほどに、気が狂っていたのか……。」
「自らは神でもなかったのに。」
悲痛に顔を歪める童子式神に寡黙はなにも言わない。
「倭文神。終わる前にあなたの真名が知りたい。」
首を横に振られ、自嘲する。
「冗談ではありませんよ?ラベリングとか、縛り付けるなんてしない。ただ本当の存在を知りたくなっただけです。」
「神々は真名を知られてはならぬ。開けるなと言われる玉手箱のように、中身を知られたら魔法が解けるのじゃ。少々ロマンチックな言い草になるがのう。」
「……そうですか。……あっしの真名を知っているのなら、呼んでください。そうしたら魔法が解けて消えられる。素敵じゃないですか。」
自暴自棄に陥った童子式神に
「そちの真名は存じていない。人の名などに興味はなかったからの。」
「……そう、でしたか。」二人は黙り、変な間ができる。
「あの--」
そう言いかけた時、テリトリーにカツカツとヒールを鳴らして、しゃなりと有屋鳥子がやってくる。
「こんな所に隠れていたのね?」
ネーハもおり、二人を警戒した双眸をしている。
「神にはなれなかったようね。神威ある偉大な星。」
有屋鳥子が童子式神をなじるように言う。キッと睨めつけられるも無表情でかわされる。
「主の魂を食すなんて無駄な行為でしかないわ。端から決まって居るのだから--」
「式神になった時点で」
「うるさい!」有屋鳥子を怒鳴りつけ、向き合う。
「崩れかけた奴に言われたくねえよ!おめえも自らのケガレを浄化できなくなってるくせに」
黒く変色している指を指摘され、彼女はあからさまに動揺する。
「あ、有屋さま……」ネーハがそれに驚愕した。
「言ってくれるじゃない。でもね、女神は安心したわ。」という。
「倭文神の主は女神であり、これまで危険因子である式神とその主を監視していた。あなたがそうなるのを待ち望んでいた。彼女の使命はあなたを砕くこと、一度目ばかりか二度も悪神の野望と精神を砕くことができたのよ。栄光なことだわ。」
童子式神は有屋鳥子に「あっしは悪神でも、巫女でもなんでもないんス。もう式神でもない、ただの」
「逃避でもしているのかしら。現実を見なさい。」
「天鳥船。奴の言うことは正しいかもしれぬ。」
寡黙が重たい口を開く。
「惑わされてはダメよ、倭文神。悪神はいかなる手を使ってくるか分からないのだから。」
「…寡黙。いいんです。もう、いいんです…」
項垂れたまま童子式神は言う。
「アマノトリフネとやら、おめえの気が済むのならあっしを消してくだせえ。」
「!」寡黙が驚愕する。「わたくしは何者でもないようです。偽物だった、というべきでしょうか。もう自分でもよく分からないのです。」
「そち-」
「主さま、ごめんなさい。」絶望顔で童子式神は呟く。
「なら、二人で消えようか。」
寡黙がポツリという。「…え」
「なかったことにしてしまえばよい。そちが存在しなかった、または吾輩が勧請されなかった世界……吾輩なら"修復"できる。その力がある。」
ちぎれかけたしめ縄がさらに解ける描写。
「倭文神、止めなさい。」
焦燥を露わにし、足を一歩進めた。糸が地面から湧き上がり、有屋の足を絡めとった。
「お飾りとして最後に一花咲かすのも良いじゃろう。のう?吾輩が消してやろう。何もかも。」
「消してくれるんすか……」揺らいだ瞳で寡黙を見上げる。
寡黙が指を鳴らす。頭上に現れたじわじわと太虚のしめ縄の繊維が浮遊し、修復し始めた。
「それ以上するのなら、あなたを滅するわよ。」
有屋鳥子が怒りを滲ませ、トゲトゲしく言い放った。
「やってみろ。」悪人面でニタリと笑う。
「倭文神っ!」ネーハが飛びかかるも布で縛り付けられる。ぐるぐるとケガレが染みた布に巻かれ、ネーハは苦悶した。
「貴様っ!女神のはしためではないのか?!」暴れもがくネーハを、寡黙は一ミリも気にせずに太虚版しめ縄を見やった。
「今まで幾度となく過ぎり、幾度となくかき消してきた-崩壊した時空を修復し、なかったことにする…その考えは正しかったのじゃ。バカバカしい……越久夜町のためなど、考えなくてもよかったのに。」
ゆらぎがしめ縄に吸い寄せられ、あたりが白んでいく。バチバチと輝くしめ縄が光をましていった。
寡黙の指が解け始め、自らの消滅を確信する。
「神威ある偉大な星…そなたには苦しめられた…それも、もう終いじゃ。」
童子式神はハッと寡黙をみた。ばらけ始めた寡黙は垂に手を伸ばす。
-吾輩らは過去など、時間などに縛られぬ。しかし確かに"そち"には過去があった。戻らぬ過去がのう…。
夜空を吸い込んだような髪を靡かせ、眩く輝いていた時代があった。それは白昼よりも夜に神聖さを発揮した。危ない双眸をぎらつかせ、世界をねめつけた時代があった。
「この世界は嫌いだ。」
いつぞやの"彼"はそう吐き捨て、這いずった。神々に流れる蛍光色の体液を垂れ流し、吾輩はそれを見下ろした。
「世界のせいにするな」と言ってやった。
髪を捕まれ視線を合わせられる。
今なら世界にするな、と吐いた己を責める。世界は酷く意地悪だ。この星は悪意を突きつけてきた。
「世界が嫌いだったのは私だったのだ。」
光の中で幼い織女が振り返る。女神に連れられた織女はまだ純朴な雰囲気をまとっていた。寡黙はそれを眺めていた。穢れに染った自らの手を見やる。織女は寂しい顔をして、服を握りしめ俯いてしまった。
「己がなんなのかも分からなくなってしまった。あの織女と遠くかけはなれてしまった。ケガレてしまった……」
「終わるのね。」いつの間にか横にいた神世の巫女が言う。
「ああ、ここで終わるのも悪くない。」
場面が変わり、有屋鳥子は歪みが正されていくのを焦る。繊維をなくしていくしめ縄を前に舌打ちする。
-女神が治めていた歴史がなくなってしまう!たとえ歪んで壊れていても、女神が生きていた証。なくしてはいけないの!
-私に倭文神の力を止めるほどの神力はない。クソ!
ネーハの手がばらけ初め(?)、彼は怯える。
「な、なんだこれはっ?!有屋さまっ」
「……しょうがないわ。諦めて」
絶望に血の気を失せるネーハ。
-そうだ。失念していた-有屋さまにとって私はただの小間使い…!いやだ!死にたくないっ!
恐怖に歯を食いしばり、布をやぶこうとじたばたともがいた。
「ああっ!ちくしょうっ!」
そんな時、太虚版注連縄が一時停止する。軋んだ音を立てて、しめ縄が悲鳴をあげる。ネーハはパッと顔を明るくさせたが、寡黙はギロリと新たに現れた来客を睨んだ。その先には山の女神がおり、こちらを冷酷に見下している。
「邪魔をするな…!」
ケガレに塗れた形相で牙を剥く。女神は手をかざすと寡黙を念力で突き飛ばした。ズザザッと地面に転がる寡黙。
「私の時空をいじっていいと、いつ言った?」
「…か、寡黙っ!」
童子式神が駆け寄ろうとしたが、糸で阻まれる。
「死なば諸共!」ボロボロになった寡黙が無理やり立ち上がろうとした折、
「待て。そこのお嬢ちゃん、山の女神がお話ししたいことがあるようだよ。そうだろう?山の女神さま?」
鬼が現れ、二人を止めさせる。山の女神は冷酷な表情を緩め、息を吐いた。
「はあ…そうだったわね。」
「先輩…!私がいながら、申し訳ございません。倭文神を止められず…」足元の糸が邪魔をして動けずに情けない顔を伏せ、冷や汗を垂らした。
「……あなたならしょうがないわ。倭文神、あなたは後で私と話しましょう。」
「………。」寡黙は何も答えない。
みなが揃い、真っ暗のテリトリーが弾ける。




