ネーハと巫女式神
★ネーハと巫女式神
22 ネーハと巫女式神が再びであう。
23 むかしむかし人々が今のような文明を持つ、もっと昔、越久夜町には神々の声を聞き、民に神託を届ける巫女がいた。巫女はその力から民から大切に守られ、女神や他の神々もまた巫女を頼りにしていたのだった。
「それは知っているぜ。あたしの主から聞いたことがある。」
「あの時代はたくさんのシャーマンがいたらしいな。君の主のように。」
「うん。神さまとの距離が近かったのかもなあ。」
ムラには巫女の他に、異国の巫覡がいた。君の主となる人間だ。その者は村にいる神々の一柱の声をことさら聞いた。
悪神と名高い神だ。
「悪神、ねえ…。」冷静らしい表情をする。
異国の者は悪神への崇拝に傾倒していった。やがて巫覡のように、悪神の言葉を民へ伝えるようになった。
巫女らはそれを危ぶんだ。悪神への信仰が広まれば、神々や最高神のヒエラルキーが崩壊してしまうかもしれない。それ以外に巫女への信頼が揺らいでしまいかねない。
双方は自然と衝突し、巫女らは異国の者は悪鬼の化身であると非難し、処刑せよと扇動した。
民たちはそれに従い、異国の者を処刑した。
怨霊とかした異国の者は穢れをばら撒き、人々は病に伏せ、または死んでしまった。巫女は神々へ祈り、奇跡を願った。
ムラは-
「それ-めでたしめでたし。なんかじゃあないだろう?」
冷静が巫女式神らしからぬ顔つきで言う。
ネーハは違和感を覚える。
ああ、これには続きがあるんだ。
また崇拝されていた悪神が腹を立て、女神へと叛逆をした。双方はぶつかり合い、土地は壊滅した。
神々はとても穢れた土地へ触れられず、どうしようもないと巫女へ伝えた。
彼女には以前のような希望はなかった。
民は巫女を叱責し、今までの行いはまやかしだったのだと怒りを顕にした。巫女はつるし上げられ、異国の者と同じく処されることになった。
しかし巫女は異国の民が崇拝していた悪神の化身である剣を手にすると、
あなた達はもう、神々の加護、神託を受けることはできないでしょう。人々と神々の時代は終わったのです。
民に呪詛を吐き、その身に深く突き刺した。
神の化身であるはずの剣は折れ、また巫女は死んでしまった。
「ネーハはどこからその神話を仕入れてくるんだい?」
「使役者が物知りなんだ。」頬をかくネーハ。
「へえ~神話学者か何かなのか?」
「まあ…越久夜町の伝承には詳しいけれどね。これは神話なんだけれど、君もご存知、実際に起きた過去なんだ。」
肩に手をおき、瞳をあわせるネーハ。
「その巫女はこの時代にも越久夜町へいるかもしれない。」
「どうして?」
「それは分からないが、そう思わざる得ない出来事が起きているじゃないか。町の神々にとっても想定外の出来事だった。山の女神は……とくに。」
表情を曇らせるネーハ。
「もし巫女が町を脅かしたとしても山の女神は、彼女を殺められない…。」
「もしかして、惚れてたのかい?」
「神と人が…そのようなことなど、有り得ないのだ。」
「神々と人類が婚姻するのは不思議なことじゃないと思うぜ?だったら魔だって」
「……そうかもしれない、だが!」
ネーハは眉をひそめ、肩を落とす。「最高神と人が結ばれては、町のルールは崩壊してしまう。」
「あー…そりゃあそうだよなぁ。」
わざとらしく頷くと、ネーハは
「巫女は危うく保たれている調和を崩してしまう危険な原因になるかもしれないんだ。そうなると早めに芽を摘んでおいた方がいいよね。」
「まあな」
するとネーハは
「巫女と悪心を共に倒そう!君の可能性なら彼らを凌げる!」
と畳み掛ける。
ニヤニヤしていた巫女式神の顔が徐々に無表情になり、「お前は無責任だな。」と冷たい口調で言い放つ。
「君は……。」
「彼奴の周りをウロウロしていると思えば、結局はそれか。」
「化生が!」
「失礼な。我は彼奴の対になって居る無貌の者。天の犬ぞ。」
「てんのいぬ?なんだそれは?」
キョトンとするネーハに、冷静は鼻を鳴らす。
「護法童子ごときには存じえないだろう。」
「な、何をいうっ!」
錫杖で束縛しようとしたが、冷静には聞かず焦る。
。巫女式神姿が徐々にゆらめき、巨大な犬が立ちはだかった。
「ひ!」
犬は唸りをあげると、噛み付こうとする。ネーハは咄嗟によけ、羽を生やしとんだ。
「貴様!化け犬か!」
「天の犬だと言っているだろ。」瞬時に巫女式神姿になるとくつくつ笑う。
「ふざけるな!ば、バケモノめっ!」
逃げ腰のネーハに冷静はさらに笑う。「こんな調子じゃあ町の救世主役は務まらんなぁ。」
「まあいいや。俺も無責任だから、人のことは言えねえよ。」
「…よく分からないが、未知の存在だというのは痛いほど理解した。」
冷静はネーハに
「悪神と巫女を倒す……それが町にとっての幸いなのかねえ。」と呟く。
「どういうことだ?」
「町にとって、神々にとってそれが、幸せな結末なのかと聞いている。」
「は?当たり前だろう。それが正しい。正義なんだ。反対に君は何故、私達の選択が間違っていると言えるんだ?」
「我は傍観者だからだ。お前と「同じく」当事者じゃないからね。ハリボテの食人鬼さんよ。」
「な、なにを……!」
冷静は吐き捨て、去っていく。
「彼は絶対にこの町を救う者になる!」
? 場面:山の女神と話す寡黙。
寡黙が女神がいる書斎に入る。西洋風の内装の室内に、有屋鳥子がメイドのように立っている。お互い視線が会うと、すぐに逸らした。
椅子に座り、読書をしていた山の女神がふと顔を上げる。
「倭文神……。来ていたのね?」
「女神さまも来ると思いましたから。」
ソファに腰掛けるとうつむき加減に正面をむく。
「コーヒーと菓子でもどうかしら?……有屋、棚にあったと思うんだけれど。」
「はい、今すぐ入れてきます。」有屋が部屋から出ていくのを見守ると、山の女神は本を閉じ無表情に寡黙を見やった。
「……現世の物を我々は食べられません。それにコーヒーは…」※クモはコーヒーを飲むと酔う。
「ええ、でももてなしたいじゃない。また星守家の神社へ行ってきたの?服に枯葉が着いているわ。」
寡黙は枯葉を手に取ると、眺めた。
「そうです。…日課です。」
「あなたがいたから、彼は存在しているのかもしれないわね。」
「……。」歯を食いしばり、寡黙はクマのある目を細めた。「今まで縛り付けてきましたから。」
「…私のせいだわ。」
「違います。」
「あなたの能力を活かせないで、この年まで来てしまった。皆、あなたを……」
「大丈夫です。私の力は使われるべきモノではないのですし。」
遮ると虚ろな目でテーブルを眺める。
「………。悪神が記憶を思い出し始めたようね。」
「はい」
「あんなに封じ込めても-しつこいわね。厄介だわ。」
わずかに嫌悪感を露わにして眉間に皺を寄せた。それを何も言わずに眺める寡黙。
「いっそのこと潰してやろうかしら。…ああ、そうだった。あなたにお願いされたのよね…そのままにして欲しいと。謝るわ。」
ギリギリと爪を噛んだ山の女神は一転してため息をついた。
「…人間の世界にいると気持ちが穢れる。妬み嫉み、色欲…煩悩まみれの人界に染まり、バケモノになりそう。」
「人間は感情を持っていますから。」
「ええ、あれは危険なモノよ。地球は何を考えているのかしら…野蛮な類人猿を頂点に立たせて……」
「女神さま…」哀れんだ目で女神を見る。それに気づき、思考を停止させた。
「あら…また感情に任せて…私こそ人間そのものなのかもしれないわね。最近はこうなって調子が良くないの。ごめんなさいね。」
苦笑すると肩を落とした。
「いえ…」
「そういえば、巫女装束を着た子はあなたの所には来ていない?」
「ああ……あの。来てはいませんが。」
「そう、あの子について少し考えていたのよ。」
「巫覡の眷属を、あなたが」
「巫覡は何を考えているのでしょうね。崇拝する神を復活させるにしろ、影響を配慮しないで製造するなんて…。その些細なきっかけがやがて大事になってしまうのに。」と山の女神は言う。
「私達が生まれるはかるか昔に小さな小さな特異点が無をひっくり返したように、"巫女式神"はそれになりうるかも知れない。例え誕生が小さく、宇宙にとって無干渉だったとしても。みなが気づいた時にはそれはもう些細ではないかもしれない。」
「……。」
「未確定な事柄ばかりだけれども、鬼神はタブーを冒したわ。消してやりたいぐらいよ。」
「ええ…」
「けれども巫覡を消してしまったら、越久夜町の存続は水の泡。嫌だわ、まったく。」
「ならば一刻も早く巫女式神の可能性を潰さなければなりません。」
「酷なことを言うわね。」
その言葉に寡黙が理解できないと眉を顰める。
「しかし」
「こういうのは転がり出したら誰も止められないの。止めたら、私たちが傷をおう。巫女式神。--あの者は式神システムと未来を破壊し、新たな未来を作る歯車になり得る。最高神の私でも結末は分からない。巫女式神がどんな結末を手にできるか、可能性が潰えるかなんて。」
「来るはずの未来をあの者自身で手繰り寄せさせないと。そうでなければこの星は納得してくれない。
なにせこの星は意地悪いわ。わざと絶望に突き落とし、輪廻させ、私たちを操り遊んでいる。」
「地球の分霊である女神さまがそのようなことを言うのですね。 」
「ええ、私もだてに人として生きていないわ。呪われてから何百…何千…どのくらいたったのかしら?」
「最高神が…時間に縛られるとはおいたわしや。」
寡黙は悲痛な顔をする。
「あなただけよ。この退屈ともとれる時の流れを理解してくれるのは。」
「女神さま。コーヒーをお持ちいたしました。」
有屋が部屋に入ってくる。トレーには茶菓子とコーヒーがのせられていた。コーヒーは一つしかなく、寡黙を敵視する有屋の視線に彼女は俯いた。
「ありがとう、有屋。」
「いえ。」ニコリと一変すると、机にコーヒーと茶菓子を置いた。
「この町も終わるのねえ。寂しいわぁ」
ポツリと山の女神は言う。
「私には寂しいという感情を本当の意味で理解できませんが……。あなた様はこの星の神であらせられる。…寂しさを理解出来る地球の神よ、どうか吾輩がいなくなっても。」
「どうしたの、いきなり。死期を悟ったように。」
わずかに驚いて、コーヒーカップを置く。
「あなたと別れるのは寂しい……長年の友達を失うのは--」寡黙は暗い面持ちで口を開いた。
「私は……そろそろ消えるのです。」
「そう。決めたのね。」
「ええ。」




