晩陽の女神
★晩陽の女神→山の女神と巫女式神
越久夜町には山の神がいる。越久夜町にある全て山を支配する神だ。珍しいが例に漏れず山の神は女神だ。
山の神は自らの住処として越久夜間山を神奈備にした。その神は弱りきった森羅万象を再び生み出し、町の神々や人ならざる者、虫や四足二足の獣を支配し、眷属とした。
神々は大いに喜んだ。
「かの女神は本物の、唯一無二の最高神だ。永遠にムラは続くだろう。」
最高神として神々や獣たちからも信頼されていた。
「本当にそうなのだろうか?」
女神は最高神に相応しかったのだろうか?
「この考えは誰のもの?」シーっと口の前に指をやる天津甕星がいる。操り人形の鬼が佇んでいた。
「山の神に誰も逆らっちゃいけないんだ。ましてや、こんなこと言ったらタダじゃおかないぜ。」
天津甕星が異形の指でコマを引き裂く。
巫女式神は真顔でポツポツと疎らに振る、雨を眺めていた。
「山の女神はあたしの主と昔、会ったことあるのかい?」
「人であった時はなかったと思うわ。最高神が人間の前に姿を現すなんてありえない……ありえないのよ。今は違うけれど」
ため息をつく有屋鳥子。
「そ、そうか……」いたたまれなくなる巫女式神。
「あなた、口が軽そうだからこのことは内密に」
「なんだよそれはっ。大丈夫だよ。こんなあたしをテリトリーに招き入れる--女神さまはお優しいの?」
「さあ」ふん、とだるそうに答える。
「ええ〜〜、教えてくれよぉ。」
「有屋さまに無駄口を叩くなっ!」耐えられなくなったネーハが怒る。
「ああ??」
「有屋さまはわざわざ貴様に道案内をしているのだ!ごちゃごちゃ言うなっ!」
「はいは〜い」取り合わないと、巫女式神はそっぽを向く。
「ぐぬぬ!」
「ネーハ。それまでにしなさい。みっともないわ」
「す、すいません。」シュン、とトーンダウンする。
鳥の声がし、真っ白な視界が微かに動く。巫女式神は汗を拭った。
「ねえ、山の女神ってこんな山奥に住んでいるのかい?」
「人界の道ではないから、少し遠くに感じるかもしれないわね。」
霧に巻かれる巫女式神。
「こっちよ。」
階段を上り、霧深い中を歩いていく。四方が分からなくなる感覚にかたずを飲み、巫女式神は必死に有屋鳥子についていく。
「ネーハ、彼女がはぐれないようにして。」
「はい。」
ネーハが錫杖を召喚し、巫女式神に渡す。錫杖を握るとグイッと引っ張られた。
「なんだこりゃ!」
「君が迷わないように、錫杖が道案内をしてくれる。本来ならば式神もどきなどには使わせないんだから、文句を言うな。」
「ありがたいけど嫌な言い方だなっ!」
イラつきながらも違う方向に向かうも錫杖に引っ張られる。それを一瞥してネーハは歩き始めた。
「コレには方向感覚がないのか?」小さいフキダシ。
陰鬱とした社殿に、本当に最高神の社なのかと巫女式神は構える。
「まさか、あたしの主みたいにマイナスの気を持つ神なのか?」
有屋鳥子は怒らずに首を横に振る。
「あなたが崇めていた神とは真反対の気を持っていたわ。」
「いた?」
「皮肉なモノね。」くらい顔持ちて歩いていく。
「おいっ!」あわててついていく巫女式神。
「いい?これだけは守ってちょうだい、巫覡の眷属。」
有屋鳥子が歩きながら言う。
「私はあなたを案内してきた。どういう訳かはわかっているでしょうけれど、簡単に言うわ。これからあなたが会うのは町の最高神よ、それにここは山の女神の鎮守でもある。言動には気をつけなさい。」
「うむむ」納得いかなそうに、巫女式神は頷いた。
「もし…気が障ったら、あなたは消されてしまうかもしれないわね。あなた程の魔なんて。」
「童子さんの気持ちがようくわかったよ。」
「は?」
眉をひそめた有屋鳥子に「なんでもない。」
「なら、向かいましょう。」
場面が変わり、ネーハと有屋鳥子に連れられて、山の神の神社に招かれる。神鏡の隣に座る山の女神に、有屋鳥子が巫女式神を差し出す。
山の女神はこれといった興味を示さず、ただ無表情に頷いた。どろりと濁った瞳に、巫女式神はわずかに引いた。
「つれてまいりました。」
「あなたが、巫覡の眷属。」
抑揚の無い様子で山の女神は言う。
巫女式神は緊張しながらも「うん」と威勢をはる。
「確かに眷属だけど、あたしは式神でもあるんだ。だから-」
「…私は、人界では越久夜町を支える天道家の長女として、分家である星守家を保護する立場にある。」
「あ、ああ。」
「自己紹介はこれですんだかしら。」
山の女神は玉座に座り、ただ陰鬱としていた。
「星守家って…童子式神の主の家…?」
「ええ、彼は星守家のご子息よ。」
巫女式神は
「童子式神の主に一番近くにいたはずなのにどうして何もしなかったんだよっ。じゃなければ結界も、主も壊れなかったんじゃないか?」
と問い詰める。
「…ごめんなさいね。もうだるいの、何もかも。」
「え」ため息を着く山の女神に失望する。
「私は最高神として、もう終わりを迎えつつあるみたい。」
山の女神は力なく答えた。
「人の姿を間借りして、いいえ、この越久夜町の人々とコンタクトをとってから何万年の月日が流れ…とにかく最高神として長く存在してきた。神である私には時間はないけれど、ね。数多の魂が輪廻を巡り、時が流れ、森羅万象が移り変わり-私だけが、独り残されていく。その気持ち、生まれたばかりのあなたに分かるかしら?」
「……え、と。わからない」しょんぼりする。
「いいのよ。誰も私のことなど理解できないのだから。」
自嘲気味に笑う女神に、有屋鳥子は悲しむ。
「先輩…」ネーハが眉をひそめ、有屋を見やる。
「もう疲れてしまったのよ。あの娘の呪いね。」
「あの娘?」巫女式神はしょぼくれから立ち返る。
「そう。いつだか村の巫女として、私と縁を結んだ…愛しい娘。」
慈しむように山の女神は思い出す。 やっと感情が現れた山の女神はすぐに無表情に戻ってしまった。
「私はあの娘を恋慕ってから、時に縛られたんだ。」
「…?神さまに時間はないのか?」
「あなたには時間があるの?つくづく不思議な生き物だわ。」
「あたしは、"巫女式神"だから。」
「名前をくれた者がいるのね。…私も、あの娘に名を貰ったのよ。春の木、今の言葉で言えば春木よ。」
再び温かみを宿す山の女神。
「へえ…その巫女はやっぱり-」言いかけて山の女神が怖い顔をしているのに気づき、喋るのを辞めた
「で…春木。あたしゃ、どうすればいいんだ?」
二人はしばし見つめ合う。無言の圧力に屈しそうになりながらも、巫女式神は去勢をはった。
「私のために、力を貸して。」
玉座から冷たい口調で言う。巫女式神はその言葉に警戒した様子をとる。
「女神さまはあなたの力を借りたいと思っているの。嫌とは言わないわよね?」
有屋鳥子が横槍をいれる。二人にねめつけられ、肩を竦めわずかに両手を挙げた。
「……はあ、分かったよ。こんなやり方あるか?」
やれやれと困り果てる巫女式神に、有屋鳥子は咳払いをした。
「女神さまの前よ。慎みなさい-」
「いいの。彼女の好きにさせてあげて」
眉をひそめ、引き下がる。
「あなたの主である巫覡の者か、巫女式神-あなたに最高神の座を譲りたいと考えている。皆、"高齢化"しているから町を支えるほどの精神状態ではないのよ。あなた達ならまだ大丈夫。」
巫女式神は目を見開き、固まる。
「あなたは神格を得たいと言っていたわね。」
「なんでそれを?」
「最高神は決まっている物事なら、多少は読み取れるのよ。-最高神なるというのはあなたの願いが叶う、最良の未来ではないのかしら?」
「…そうだとは思ってる。けど、町の者たちは春木が最高神でいるべきだと考えてるんじゃないか?」
「越久夜町の人や人ならざる者は私の眷属のようなもの。それが町の変革を望むのなら、仕方の無いこと。でしょう?」
「……う、うん。」有無を言わせない言い草に頷く。
「私よりもうんと…素質のある者はたくさんいるわ。あなたや-神威ある偉大な星…アイツが、次の最高神にふさわしいのかもしれない。あたしより力がある。狡猾さも、生きる気力も。」
素が露出する山の女神に、
「神威ある偉大な星……?」
「ああ、いえ…あなたや巫覡、どちらかが最高神になる。それは変わらないシナリオ。時が来たら、返事をちょうだい。あなたなら巫覡より物の読み込が早そうだからね。」
「……。考えておくよ」
「さあ行くわよ。有屋。」
「はい。」
女神は席を立つと、本殿の奥に消えていく。闇に溶け込む女神を有屋鳥子が追う。
ネーハは巫女式神を見て、無言で訴えてくる。
「大変だな、あんたも。」
「私は有屋さまに忠誠を誓うのみ。」
ネーハはそれだけ言うと闇に解けいっていった。
「はあ…おっかなかった。あんなの、あたしの主よりも邪神じゃねえか。」
残された巫女式神は本殿を見渡す。誰もいない空間は無機質で、広い。玉座に触れ、裏にある神鏡に目がいく。
無造作に神鏡を手に取ると、巫女式神は様々な角度から眺めた。
「ふーん。あたしの主のやつとそう変わんないな。」
自らが映り込み、はっとみやる。
「あたしか。」
-巫女式神。
童子式神が呼ぶ記憶が過ぎる。「コイツは、巫女式神。」
-羨ましいです。あっしには届きそうにない、そんな場所に軽々しく到達する。妬ましいぐらいです。
童子式神のセリフを思い出し、指をみる。指切りげんまんの形にして、見つめた。
「なあ、あたしよ。神格を得て何をしたい?」
じっと神鏡を眺めて自らに問うた。
-あの方のような神を、再び町に崇拝の偶像を作り、世を安寧秩序にするのだ。
鬼の残影が言う。
「あたしが、神になれば越久夜町は平和になるんだろうか?」
鏡の中の巫女式神は何も答えない。
「わからねえや。……はは!情けないねえ!」




