現実逃避行
★現実逃避行(巫女式神と童子式神)
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巫女式神、カラス形態から人型になる。童子式神のテリトリーに侵入すると、さっそく童子式神がいないかとキョロキョロした。
「ん」
テリトリーで茫洋としている童子式神を巫女式神が見つける。一瞬話しかけるのを躊躇い、代わりに触れようと手を伸ばそうとするもそれもやめる。
「童子式神」
やっとの事で呼んで、とんと肩に手を置いた。
「…巫女式神、気が付きませんでした。」
静かに言う。二人はぎこちなく、居心地悪そうにした。
やがて巫女式神が
「夜空を見に行こうぜ。たまには夜風に当たってぼんやりするのも必要だろう?」
「式神はぼんやりはしません。夜風にも当たりません。」
「いいだろ〜〜、人間の真似事さっ。人は混ん詰まると、景色を眺めたりするんだ。童子さん悩んでただろ?」茶目っ気で誤魔化しながら、童子式神に頼み込み。
「…はあ」困り、テリトリーを見渡す。
「少し遊びに行くぐらいいいじゃないか。な?」
「…用件が済んだらすぐ帰りますからね。」
「わーい!さすがあ〜!」ため息を着くと、童子式神はジト目になった。
「越久夜間山が一番アクセスしやすそうだけどさ、女神様がいるからな。」
「わざわざ山に登らなくても。」
「街灯があると星が見えないだろ?」
「山は異界ですから、人ならざる者に遭って食われても知りませんよ?」
-人ならざる者に皆、人のような思考がある訳じゃない。本来それが普通なのだ…あっしらは人の思考を真似させられてる。
童子式神は陰鬱とした表情で暗い景色に馴染む。フクロウの鳴き声がして、ガサガサと獣が蠢いている。
山には二人しか人型の者はいない。
「わぁってるよ。大丈夫。こちとら人間じゃない、アタシャア人ならざる者だもん。」
山道を歩いて、巫女式神はニカッと笑う。
「はあ……」
「まさか、童子さん。怖いのかい?」
「少し」素っ気なく言う。
「じゃあ、手を握ってあげようか?」
「は?」
手を引っこめる童子式神に巫女式神は笑う。小さいフキダシで「そんなに嫌がるなよ」
「……なぜ星空なんて見に行こうと思ったんですか?」
巫女式神は少し考えた顔をし、言った。
「地球から、こっから見える星は神様の本体なんだろ?」
「ええ。異界ではそう言われています。人界では、だの惑星だと……」
少年時代の主と図鑑を読んでいる記憶が蘇る。
「童子さんの本体もあるかもしれねえ。それに、星って綺麗だ。ゆらゆらしてるのもまた面白いよな。」
「あっしの、本体…」
巫女式神は複雑な心境なのか、困り顔だが薄ら笑いを浮かべた表情で言った。
「あたしの主の言葉は忘れて欲しい。あの人、崇拝してた神さまのことになると夢中になって、ダメダメなんだ。余裕ぶってるけど本当はそんなんじゃなくて--」
「いいですよ、あなたが謝ることじゃない。」
表情を見せず、童子式神は言った。
「……うん」
「あっしをなぐさめようとしてくれたのですね?」
「ま、まあ」照れくさそうに頬をかく。
「まったく、人間の真似事ばかり…」呆れたような、安心したように微かに顔をほころばせる。
「いいだろっそれもあたしの個性なんだ」
「ええ。そのご好意、ありがたくいただきます」
「えっ、うん。へへっ」
場面が変わり、二人は月明かりを探す。暗闇の中で一箇所、光がさしている。開けた場所に歩み寄った。暗闇から二人が浮かび上がり、地面に腰を下ろした。
僅かに暗闇から町の明かりが見える。開けた場所は山の木々が薄い場所らしい。
「暗い町だな〜!」
「田舎ですから。」
星空を望み、二人は無言になった。
ざわざわと山の木々が風に揺れる。星空と暗い町が望め、童子式神は無心に眺めていた。
「あのさ…」
「はい。」
「この町のどこかに別天地があるって言ったろ?教えてくれたんだ。犬がね。」
「犬…?喋る犬がいるんすか?おめぇの周りはおかしなモンばかりっス。」
「ああ、天の犬ってヤツだ。」
冷静を思い出し、童子式神は苦笑する。
「知ってます…。」
「会ったことあるんだ?アイツ、たまに変な話をしてくれる。なんでも食うし、なんでも知ってやがる。…で、さらに詳しく教えてくれてな?別天地は町の外側にあるらしいんだ。隣町?いや、違う。確かにこの町にあるらしい、"外側"に。」
「はあ…ややこしいんスね。」
難しい話だと訝しがる。
「あたしも分からないや。」と小さいフキダシ。
「そこはなんでも見通せるし、なんでも知れる、なんにでも運命をねじ曲げられる。そんな別天地がたまにできるみてーなんだ。」
「都合のいい世界ですね…。まるで全知全能の神が居るような。」夜空を見上げながら、童子式神はぼんやりする。
-全知全能の神。地球を支配する神。彼女は……全てを知っているんだろうか?
「ああ、でもそこに行ったら…どこにでも行けなくなるんだ。ひとつの場所にしか。童子式神、どういう事だと思う?あたしゃ分からないよ。」
巫女式神も月を眺めながら言う。
「さあ…あっしはその犬みてーになんでも知ってるわけじゃねぇ。けど、あっしはその別天地には行きたかねぇな。」
「はー、そこはユートピアじゃあないんだなぁ。」
「おめぇは若いから…あっしは色んな人間の理想を見てきた。お金持ちになりたい、のし上がりたい…理想郷を作りたい。けどね、式神にすがった奴らは皆願いは叶えど満足はせずに死んでいくんス。主さまもまた、理想郷を叶えられずに…。」
「一期は夢よってヤツさ。あたしゃこう思うぜ、一時でもいいから人間に夢心地を味あわせてやってるんだよってね。この世は狂ったもん勝ちだ。」
ごろりと巫女式神は寝そべって、頭の後ろに腕を組んだ。
「童子さん、式神もきっと酔わされて一期の夢をみてる。夢を見てるならなんだってしたっていいじゃないか。終わるまで」
「…夢」主の言葉を思い出す。
「これが夢なら、悪夢ッス。」
「そーいうなよ。悲しいぜ」
「人間が偉いとのたまっていた時とだいぶかわりましたね。」
「主から生まれてまもなかったからな。考えも心も、あたしの主のまんまでさ。今みたいに個別の人格かと言ったら、怪しいもんだったよ。」
「へえ。興味深いです。」
寄ってきた童子式神に巫女式神は
「そこに興味を持つとはねえ。あたしをあたしたらしめるのは、巫女式神と名付けたおまいさんなのに。」
「そっ、そうなんですか?」
「ああ、巫女式神であれたのは童子さんがいたからかもしれない。」
「あっしも、童子式神と名乗らなければ……今頃は。」
「そう、お互いそうだったんだな。」
ニカッと笑い、
「可能性が無限にあるんだ。何になったって、誰も文句は言わないさ。」
童子式神は微妙な顔をする。
-自分は昔から変われなかった、だから今もルールに干渉しようとしている。自分が分霊に戻れなく、何か別の者になった自分が想像できない…。
「それにあたしも神格を持つ、って。そしたらまた同じ立場で会えるだろ。」
「もしあっしが神になれなくて、訳のわかんねえ存在になっても。おめえは、どうする?」
寝そべって顔をちかづける。巫女式神はキョトンとした。
「そうだな、使わしめにしてやるよ!」
「な!てめぇ!」
「はははっ!まあ、いいじゃないか。」
「良くない」ジト目の童子式神。
それを見て巫女式神はイタズラっぽい顔になる。
「だったら今はあたしがリードしてるってわけか。」
「リードって、何かあったんスか?」
起き上がり、前のめりになる童子式神。
「詳しくは言えないけど、願いが叶うかもしれないんだ。青天の霹靂…とまではいかないか。普通だったら予測はできない展開さ。」
「あまり嬉しそうではないですね。」
巫女式神は少し俯く。
「…自分でも分からないんだ。もし神格を得ても……。」
「羨ましいです。あっしには届きそうにない、そんな場所に軽々しく到達する。妬ましいぐらいです。」
「…童子式神。」
「けど、もうあっしとおめえは異なる領域にいるのでしょう。道からはずれたのは、あっしだったかもしれねえ。」
「ど、童子さんが本当に悪神だったら、式神にならなかったら、あたしがいなくて主が生きて死んで-!」
「さあ。誰しも、もしもの話をしたくなりますけれども、あっしは分かりません。想像ができない。」
「……。」
「今は…何も考えたくないっす。」星空を眺めながら童子式神はポツリと零す。星空のシーン。
「…。うん」
巫女式神の瞳に星空が映り込む。目を閉じる描写をコマ送りでやる。
没《「悪神は怒って女神の箱庭を壊そうとした。壊そうとしたけど、ダメだったんだ。その時の女神は強かったんだと思う。」
「なんでそんなことを知ってるんスか?」と巫女式神にとう。巫女式神は鬼の式神だからさ、と答える。 》




