相制
★相制←女神の勧誘(寡黙と鬼の取引)
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14 雲の多い夜空のシーン。鳥居に貼られた神域の一部を書き換え、寡黙は境内に入り込む。
「倭文神……いや、今は名もなき式神か。何の用かな?」
鬼がモヤから形を作る。ニヤついているが敵意を含んだ表情で、寡黙を見つめた。
「…そちに用がある。」
「ほう。蚊帳の外にいる私にかね。」
「女神さまがそちに聞きたいことがあるのだ。」
二人は殺気立ち、虚勢を張り合う。鬼はなるべく余裕のある態度をとりながらも、目つきは鋭い。欄干に腰掛け、不遜な体勢で出迎えた。
「天照らし町を支配する最高神さまが、この私めになんの用かなぁ?こちらは心地よく眠っていたのに。」
「巫覡よ。夜分遅くに申し訳ない。」
「怨霊に夜も昼もねえだろう?ただ逢魔が時にはヒュードロドロと人らを脅かす仕事があるがな。」
うらめしや、のポーズをとると寡黙におどけてみせる。
「仮にも神前ぞ。人間風情がふざけるのも、そこまでにしておけ。」
不快感に眼光を鋭くする。
「ふうん?元、人間って言って欲しいね--そういや、あんたが童子式神と主に歪曲した事実を告げたのかい?童子式神ちゃんはかなりご不満だったぞ。」と聞かれ、寡黙は頷く。
「そうじゃ。」
「何が目的で動いているのかは、薄々分かっているがね。ヒトを騙すのは良くないよ。たとえ山の神のためでもね。」
「怨霊が何を言う。吾輩に説教か?」
「ああ、かつて曲がったことが嫌いだったんだ。それは今も同じようだ。」
「………。」
寡黙は無感情にそれを受け流す。
「吾輩は女神のはしため、そなたの立場がどちらなのか確かめに来た。」
「どちら?私はどちらにもつかないよ。何を期待しているのかな?」
ニヤニヤと口を歪めながら再びおどけた態度をとった。それに眉をひそめ、嫌悪する寡黙。
「わざとらしいやつじゃ。その芝居がかった態度をやめろ。生前のそなたを知っている者がいたら失望するぞ。」
「私はねえ……もう人間の頃とは違うのだよ。穢れにまみれた怨霊だ。で、アタシャアあの生易しい巫女がやらかしたら止めるまでさ。腐れ縁というのは恐ろしいよ。」
その言葉に寡黙は分かりやすく驚いた。
「何を言う?…あの人間は輪廻を巡ったはずじゃ。」
「そうかねえ?人っていうのは厄介な生き物さ。なあ?私を見てもNOと言うのかい?分霊さんよ、何千と生きているのなら人に興味を持ちたまえ。」
寡黙はピクリと片眉をあげる。それを見て、鬼はさらに口角を上げる。
「アイツはもう動き出してるだろうね。…どうする?女神のはしため。女神は人々を案じているぞ?」
「ふむ…仮にそうであろうと、吾輩は奴を砕くまで。」
「一途だねえ。」鬼は呆れた様子。
「女神はこちらにつけと申しておられる。」
「はー、神官どもがそうだったなあ。堅物ばかりでね…それは町の神々も変わらないようだ。」
「ふむ。」
寡黙が何かを言おうとした途端、黒い雲が鬼の背から出てくる。ぞわぞわと黒いモヤが形になり、雲の内容物の怪物のような手になった。※三本指。
寡黙は俊敏な動きで一度手から逃れたが、ケガレにあたりガクリと地面に膝をついた。
ガッチリと黒い雲に掴まれて、束縛された寡黙はなんとか平生を保ったまま問うた。
「なんのつもりじゃっ。」
「下手なことをされては困るんでね。君の能力は厄介極まりない。」
「…吾輩はそちを平服させるつもりはないがのう。」
ギリギリと雲が体を締め付ける。ケガレが寡黙に染み込み、肌を汚染した。元からケガレていた腕がさらに黒ずむ。
「……!」
「おや?神ともあろう方が既にケガレているなんて。」
鬼が面白いものを見たと身を乗り出す。
「黙れ。」牙を向き、おぞましい顔をする。
「恐いねえ。なら、お話をしようじゃないか?」
「……。」
「昔話だよ。嫌かい?」
すると寡黙は目を細め、「すればよい。好きなように。」
なら、異国の巫覡のお話をしよう。
神世の時代のとあるムラに、異国の民らがやってきた。故郷の異国が戦乱の世になり、逃げてきた者たちだった。彼らは様々な知恵や文化、技術を持ってきて、現地の民へ教えてくれた。別に特別なことじゃない。各地で同じように渡来した者たちがこの国に訪れていたそうだよ。まあ、それはいい、その内の一人は住むうちにある神の声が聞こえるようになり、必然に周りに伝えるようになった。
「だがその神は悪神だったのさ。」
異国の者は悪神への崇拝に傾倒していった。やがて巫覡のように、悪神の言葉を民へ宣教するようになった。
「現在もそれは変わらぬつもりだ。君たちには邪魔な存在だろうな。」
「…。」
巫女らはそれを危ぶんだ。悪神への信仰が広まれば、神々や最高神のヒエラルキーが崩壊してしまうかもしれない。それ以外に巫女への信頼が揺らいでしまいかねない。
双方は自然と衝突し、巫女らは異国の者は悪鬼の化身であると非難し、処刑せよと扇動した。
民たちはそれに従い、異国の者を処刑した。
「吾輩らは関与しておらぬ。人間どもが暴走したのじゃろう。」
怨霊と化した異国の者は穢れをばら撒き、人々は病に伏せ、または死んでしまった。巫女は神々へ祈り、奇跡を願った-めでたしめでたし。
そうだろう?
「その私が女神側へとつくと?おめでたい思考回路をしているなぁ。」
「女神はそなたを許しておられる。」
「…ふん。都合が良すぎやしないかい?倭文神、お前は町を穢した人間ごときを許しているのかね?」
「いいや。」首を横に振り、無表情に言い放つ寡黙。
「そうだ。それが神々の真意だ。」鬼は嬉しそうに言う。
「…越久夜町のためじゃ。我々は一丸となってこの危機に挑まなければならぬ。」
「勝手にすればいいさ。私は私でやろうと思っているからね。」
「………。」
「一つ聞きたいが、女神に命令されてやってきたのかい?」
「いや、我輩の意思だ。」
「ふうん?焦っているのだね…」
「そろそろけの穢れを解いてはくれぬか」
「ああ」思い出したように鬼は頷く。
複雑な、無表情な顔でこちらを見つめる寡黙の束縛を解くとすかした態度でいう。
「もう気は済んだかい?私は君とはもう話したくない。さあ、お引き取り願おうか?」
穢れた腕を隠し、寡黙はよろりと体勢をとる。
「ソレ、どうするんだい?」腕を見やり、鬼は言う。
「どうもこうも…吾輩には浄化する力はない。このままケガレて死していくだけじゃ。」
「そうか…同情するよ。」
「………。」
場面が変わり、寡黙が鬼のテリトリーから去り際。冷静が台座からひょっこりと現れる。その気配に目敏く気づくと振り返らずに言った。
「巫覡の眷属か。」
「なあ」
質問する。
「お前は越久夜町が死守する程のものだと思っているのか?」
「…山の女神と神々にとってはそうであろうな。」
静かに、暗い面持ちで言う。
「ただ…吾輩には理解できない感覚じゃのう。身を呈して守りたいモノがあるというのは」
「ははあ、あんたにもあるだろ。」
「……。そなたは巫女式神という輩ではないな?」
冷静はおもしろそうに名を明かす(?)。
「俺は天の犬。アルバエナワラ エベルムという。」
「ふむ、エベルム。安心せよ。吾輩は目的が果たされたらこの町から手を引く。そなたの主へ危害は加えぬ。」
天の犬は「手を引くとは、いかなることか?」ととうも。
「………。」
「お嬢ちゃん、気をつけろよ。」
寡黙は答えず鳥居を潜り、去っていった。
天の犬は「あの娘は俺と似た境遇なのかもしれんな」と呟く。




