越久夜間山
★越久夜間山
-拒絶された。俺はあの神に、ムラに、全てに拒絶された。
ひでえよ。身が引き裂かれるようだった。内蔵も皮膚も、魂も引き裂かれてズタズタにされたようだった。
俺は壊れちまったんだァ。そんときに、いやぁ、もっと前からか。わからねえなぁ。
二度も魂を惨殺されて、苦しかったぜ。
なあ、お前も拒絶するのか?-神世の巫女さん?
鋭い牙が覗く口が巫女の耳に囁く。不快そうに彼女は顔をクシャりと歪めた。
「皐月?」
巫女はハッと山伏式神の声に気づく。薄気味悪い笑みを貼り付け、首を傾げる。「なあに?」
「あ、あなたよね?」
「わたしは皐月。それだけだよ。」
た、たまに化け物みたいになるじゃない……、と山伏式神は小さくつぶやく。
「わたしね、壊れてるんだあ。だからかも。」
「壊れてる?」
「魂が、ぐちゃぐちゃになっちゃったの。皆に踏みにじられて、何度も輪廻に回ったからね。」
「そ、そう。……本当に探すの?山の女神を。」
二人は路地を歩きながら、話す。「山の女神は滅多なことがないと姿を表さないというわ。他は神域の起点に出向く時ぐらいかしら?」
「ああ、あそこね。数回しか行ったことないなぁ。」
-この子、食えそうにないわね。どうしようかしら?山の女神の境内に入れたらまた話は変わるわね。
「あの方に会いに行こう!喜んでくださるわ!」
いきなり走り出した巫女に山伏式神は戸惑う。「ま、待って!喜ぶって、何言ってっ!」
「はやくはやくー!」
こっちに手を振る巫女。
「待ってってばっ!」
山伏式神は走っていく少女を追って、パタパタと路地を走っていった。電信柱が傾き、路地のブロックが倒れている。崩壊している世界に山伏式神気づかない。
越久夜間山の裾野まで来た二人は会話をしていた。
「-あの方はね。名前もなくて生まれも悪かった、わたしに名前をくれた人なの。」
「なんて名前?」
「それが分からなくて。」しょんぼりする。
「名前なんてあまり必要ないわ。個体を判別するラベリングみたいなものよ。」
「ちがうもん!私をあの方の特別にしてくれたのっ!」
「なら、あなたはなんて言うの?」
「分からない……。」ムッとむくれる。「わたし、本当にわたしが思ってる自分なのかなあ。」
「そんなの、私もハッキリ断言できないわ。」
山伏式神は困り、アッと声をあげた。目の前にシルエットを表した山を指さす。
「ほら、ついたわよ。越久夜間山。」
「……うわあ、久しぶりだなあ。ワクワクする!」
ニコニコな巫女を横に呆れる山伏式神。
-魔が入れる訳ないじゃない。まあ、お望みどおりに連れて行ってあげるしかないわね。
「大鳥居まで行きましょ。」
ニコッと猫を被った笑みを浮かべ案内をかってでる。
「うん。」山伏式神の後をパタパタとついていく巫女。
-怒り狂って暴れたりしないといいけど……。
山伏式神は内心冷や汗を垂らすも、おくびにも出さずに歩いていった。
場面が変わり、二人は大鳥居の前まで来た。
「ここよ。夏祭りになると賑わうけど、今はひなびてて暗いわね。」
「ねえ、本当にあの方の場所なの?なんだか暗ったるく感じるよ。」
「え?山の女神と言ったらこの神社しかないのだけれど?」
「う〜ん。わたしが生きてきた時はもっと輝いてたのにな。」首を傾げる巫女。
「なら、帰りましょう?大体私たちは-」
「-!」言っているそばから弾かれしりもちを着く。山伏式神は鳥居のシールドをペチペチ叩いた。
「やっぱり」
-でもあの弾かれ方。相当、拒まれているわね。
山伏式神は巫女に寄り添い、涙を拭う巫女に
「大丈夫よ。私だって入れないんだから、それに越久夜町の最高神である山の女神よ?セキュリティがきちんとしていなかったら名が廃れるわよ。」
「……うん。ごめんなさい。」
「ごめんなさい?」
「わたしなんかが来ちゃってごめんなさい……嫌わないで……女神さま……」
涙を流す巫女に山伏式神は戸惑う。
「嫌うも何も、なんで謝るのよ。女神はあなたのこと、嫌うとか」
「いやなのっ!あの方には嫌われたくないっ!」
わんわん泣きじゃくり、手に負えない巫女に山伏式神は困り果てる。
「無理やり"契約"を結ばれたからには逃げられないし、食べられないし……こんなつもりじゃ」
心の中で後悔する山伏式神。
ーこの子。一体どっちが本当なのかしら?
泣いている巫女を見つめ、天津甕星を重ねる。
-気配的には人らしくはないのだけれど。禍々しい、なんだろう…魔物よりは強い、者よね。
-墳墓にいたのだから、やっぱりムラを支えた女性なの?
その女性って人?まさか化け物?!
「しきがみさん。わたしから離れないでね」
「えっ、ええ」
「独りは怖いの…もう、皆から除け者にされたくないの…」
寄りかかられびくつく。山伏式神はギョッとしたまま、
「わ、分かったわ…。」
-だって食われたくないもの!
フェードアウト。
巫女は墳墓の上でぼんやりしていた。満ち始めた月を背に、彼女の表情は沈んでいた。
-わたしは、今まで眠っていたのかな?
神々の声を聞いていた巫女と思い込んでいる、ただの魔なのかな?
ならなんで石のお墓まで作ってもらってるんだろう?わたしは、ムラに排除されたはず………。
オカシイ。自分って--
-偽物。
巫女は天津甕星の声に不快感を露わにする。
わたしは……なんて名前だったの?あのお方との大切な会話は?なんで覚えていないんだろう?
-何故大切な名を忘れてしまったかって?おめえが偽物だからだ。この目が知ってるおめえはもう少し賢そうな、成熟した女だったような気がするがね?
偽物?わたしが?ならどうして、わたしがわたしであると確信できるの?記憶があるの?おかしいよ。
天津甕星はふうむ、とニヤつく。
-記憶などいくらでも偽装できるぜ?例えば-この俺がまつろわぬ神であるという記憶も、全てな。確かな実証はねえのさ。誰も。
なら…わたしは、やっぱり死んでしまった?
-そうさぁ。オリジナルはもう死に絶えてる、俺もおめえも。跡形もなく朽ち果て-既にこの世に存在しない。
巫女は目を見開く。月と重なり、影だけになる。
………でもこの気持ちは本物。あの方に会いたいっ!
-合えばいい。拒絶され、罵られる覚悟があるのならな。
いやっ!耳を塞ぎ、そっと肩に手が置かれる。
「早く諦めまえちまえや。俺が食ってやるよ。」耳打ちされ、巫女は手を振り払おうとすると、天津甕星がいないのに気づく。
「はあはあ……いや、いやだ!」息を切らしながら墳墓の石を持ち上げ、投げつける。
「わたしは死んでいない!こんなものっ!こんなもの!」
山伏式神はそれを遠くから長め、あとづさる。
「壊れてる。」




