護法童子
3
-この世界には、式神の他に何種族か人間に仕える者がいる。使い魔として使役される狐や犬神などの動物霊。または精霊。そして--
我々魔とは正反対の性質を持ちながら、使役される者がいる。
彼の名称は護法童子。
他に幾多の名があるが、大概は童子の姿をとり人々を魔から救う。
ネーハがばさりとメイド服をなびかせ、アスファルトを踏んだ。
「越久夜町……なんとゆらぎの多い町。」
「あー日に日にゆがみが溜まっている気がするッス。掃除しきれねえよ。」
ゆらぎを掃き清めながら童子式神は独り言をいう。月はまだ半分で、雲が多い。
いきなり背後に気配を感じとっさにダッシュすると、童子式神がいた場所がドカリと土埃が舞った。
「チッ ちょこまかと。」
ネーハの鋭い視線。
「危ねー!なんスか!急にっ」
「お前が主である人間の精神を汚染している式神だな?」
護法童子ネーハが登場。小さいフキダシで「誰?!!」
「我は魔をはらい、人類を魔から守る。護法童子という輩だ。ご存知だと思うがね。式よ。」
「護法童子?!」
-まずい!退魔専属の"使い魔"だ!
童子式神は身構える。「護法童子が直々にあっしに会いに来るとは、相当焦っているようですね。」
「…私を使役する人間から 駆除命令がでている。お前が主の精神を汚染し、 凶行に走らせていると」
「……。」焦燥している反面、意地悪いような笑みを浮かべる。
「あっしが主さまの魂を汚染するなんて、人聞きの悪いことを言う輩がいるんですねえ。」
「思考を、魂を汚染するということの罪深さを知らないのだな。君は」
「な、な!知ったようにっ!………、ふん。勝手に言えばいいですよ。」
錫杖を突きつけ、ネーハは言った。
「魂は清らかでなければならぬ。特に人間は」
「はは、極楽浄土や天国でも信じてるんスか。」蔑んだ顔で童子式神は言い放った。
「神仏たちには怒られるかもしれないが、私は極楽浄土などは望んではいない。ただ絶望で人間の魂を染め上げ、操る式神どもには嫌気がさす。」
「あはは、主さまが絶望しているとでも?」
面白おかしく笑う童子式神に、ネーハは不快そうに眉をひそめた。
「人界の絶望から救っているのは、わたくしの方ですぜ。」
「けがらわしい!」
錫杖が頬にあたり、グリグリとにじる。
「対話での解決はできぬようだな。君にとっては悲しい結果になるが、消えてもらうしかない。」
「ハナから対話なんてする気ないでしょ!痛えっス!」
腕を退けようとしてハッと手を引っ込めた。
「チッ。」
-触れたら消滅しちまう。どうすれば!
どうしようと考えているとネーハが片方の角髪に錫杖を引っかけ、ひきよせた。
「なんだその顔は。私が悪者のような顔をしているな。」
お互いの息がかかる程に近い。
「……。」グッと睨みつける。「わたくしは何もしていませんよ。あなたに」
「もう一度言う。」
「お前は主の精神を汚染し人ならざる者、 人類を脅かしている。」黒背景にフキダシのみ。
-第一式神とはなんぞや?物事を見定め、主に奉仕する魔か?式神と主は契約を結び、主の魂を貰う代わりに自発的な言動をしてはならない。主に干渉もしてはならなくなる。
「式神とはそういう者だ。そう定めたのはお前たち式神だろう。」
「いちゃもんつけに来たんスか。」童子式神は怒った顔でいう。
「あっしはあっしのやり方がある!部外者が口を出すな!」
もう一つ召喚した錫杖が首に突きつけられた。
「部外者?お前こそ-人界からしたら部外者だろう?式神の分際で私に楯突くなよ。」
神妙な表情のネーハ。ギリギリと喉に金属がくい込み、童子式神は呻いた。
「あ、が…!」
「子どもの姿で命乞いしたってダメだぞ。式とは醜く、おぞましい魔物なのだ。姿形には騙されん。」
「うぜーんだよ!」
童子式神が錫杖をひきよせネーハから奪う、カラン、と錫杖が床に落ち、反響する音。
「私が触れればお前は灰となり消える。ん?」
バッと半回転し身を翻し、童子式神はネーハから距離をとろうとした。が、ネーハが素早く掴んだ。
「消えるがよい!」
ギリギリと腕を握られ、そこからヒビが入り、塵になって行く。
「くっ!」童子式神はとっさに髪飾りで塵になりかけた腕を断ち切った。
地面に落ちた腕の残骸が灰の山になる。ネーハはそれをみやり、軽蔑の目をよこした。
「自らの体を虐げるか。式神のやることはどこまでもけがらわしいな。」
「そうでもしないと消えちまいますからねえ!」
ニヤリと威勢のいい笑みを浮かべた。
「ならば頭を掴んでやろうか。」
「はは、できるなら!」
ピョン、とウサギ形態になり走り出した。素早い速さでネーハの物理攻撃をさける。
「む、ならばアレを使うしかあるまい」
シャラン!と錫杖を鳴らし、地面に突き立てた。ずしりと体が重くなり童子式神は動けなくなる。
「な、なんスか?!」
「我々は護法童子。魔を退ける者。魔に対するために生まれてきた、これしきのこと容易いものだ。」
「答えになってないッス!」
ネーハはゆっくりと童子式神へ近づいてくる。
「……!クソっ!」
死を覚悟した童子式神の瞳にあるはずのないモノが写り込む。イヅナだ。
大量のイヅナがネーハへ押し寄せ、絡みつく。「わ!な、なんだーー!」
イズナの背後にライラの姿がみきれている。ライラは手を差し伸べるようにイヅナを引き寄せた。
童子式神はそれに気がつかず口をあんぐりとしているばかり。
「貴様!イヅナを操ったというのか?!」
焦るネーハに首をブンブン横に振る。
「まさかっ!あっしは式神です!つ、使い魔ですから!」
「こ、このっ!離れろっ」もがくネーハにとてつもない数のイヅナが絡みつく。灰の山になってもイヅナが無限に絡みつき、彼は呻き身をよじった。
「なんなんだこれはーっ!」
-あ、あっしにも、式神になって初めて見る光景ッス!
「!」
視線を察知し、一匹のイヅナが童子式神を見やっていた。畏怖を抱かせる異様なイヅナはジッとこちらを見続けていた。
「な、なんスか。」
「………」
「まさか、おめえがイヅナを操ったんですか?ありえません。人間という主がいながら、思考をジャックするなど」
イヅナは何も答えずに童子式神によってくる。とぐろをまくように巨大な体を童子式神にまきつけた。
「ひっ!」
びくついた動作にも気にせずに、イヅナは顔を近づけマジマジと見つめてくる。
「あ、怪しいモンじゃねえ。あっしはただの式神です!」
「……。」首をかしげる。
「そ、そうですよね……。イヅナに喋る口など--」
つん、と鼻先を額に付けられ困惑する間もなく、脳裏に見たことの無い記憶がなだれ込む。
「あ、え」
奈落の底に落ちた童子式神。髪飾りは割れ、髪がはだける。
-終わった…。割れた髪飾りは無印になり、パラパラと灰になって崩れていく。
「本当の終わりを迎えたんスね。」 静かに呟いて童子式神は立ち上がり、崩れ果てた異界のしめ縄の墓場を眺める。
しめ縄の向こうに幼い頃の主がいた。出会った頃の少年が佇んでこちらを待っている。
-な、なんスか?これは。
少年の姿を目を凝らして見ようとしたが、次の瞬間周囲は元の景色に戻っていた。
「あっしに、見せてくれたんですか?」
「……。」イヅナは何も答えない。
「あれは?」
イヅナはスーッと消えていき、童子式神は唖然としていた。
「き、消えた。」ハッとネーハの存在を思い出し、その場から慌てて走り出した。
「き、今日は変なことばっかだったっス……。厄日たでしょうか。」
ミーティングでため息を着く童子式神。
「………。護法童子がくるとはそち、何か余計なことを」
「まさか!アイツ、あっしが主さまの魂をけがしたとかなんとか!全くもって失礼極まりない」
「はあ……」やれやれと肩をすくめる寡黙。
「はあって、何もしてねーすよ! あっちが変な言いがかりをっ」
寡黙に食ってかかる童子式神に、
「ならばそちの企みを誰かが密告したのだろう。」
「企みって! ただあっしは………主さまに!」
「よくない傾向じゃ、改めよ」
「良くないって、主さまに式神システムについて話しただけですぜ?」
童子式神は主に式神システムを教えた行為を悪いとは思っていない。
-それじゃ...。それがいけないのじゃ…。こやつは何を企んでいる?それともバカなのか?
あの人間に影響しないわけがない。現に今、主は人の道を踏み外している。
人の道を外れればもう戻れまい。
吾輩は式神。主を正すことさえも叶わぬ。そちは昔からそうじゃ。物事を引っ掻き回し、それでいて…欲深く自らの運命さえ他人事。
ちの抱く薄汚い野望が この町に余波をもたらしたとしても………。あの人間がどんな最期を迎えようと、変わらず無関心なのだろう。
《寡黙は童子式神がこれまで再び分霊になると言う願いにしか意識を向けず、他は無頓着なことへ警鐘を鳴らす。 》
主と童子式神の目的?が暴露されるシーン。
『ああ、なんてこの世界は醜い物ばかりなんだ。』
『式神。お前は美しいよ』
『主さまはこんな醜い生き物でも、綺麗だと言うのですか?』
『我々は主さまが思っているよりとてつもなく汚らしい。お話してあげましょう。』
『式神システムは、 憎らしい』
『式神システム、 素晴らしいシステムだ』
『何もかも剥奪され何者でもなくなる』
『個なんて余計な枷だ。捨ててしまえ』
『人は肉体を持ち、魂という恩恵を』
『人は肉体があり 魂を持つが故に』
『魔も人も天も地も境がなくなって、一つになるんだ。人類が思い描く全ての天地創生の前に。純潔もケガレも境のあるモノはなくなり、真の意味での平等が訪れる。全ての者に安寧と平等が与えられる』
--この星の生命が持っている力は壮大だ。
『この星の生命の根源を食らえば』




