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Prologue.


 どこか物悲しさを感じるような灰色の空の下、

ゆるやかな潮風に(なび)く髪を乱れぬように手で抑え、私は冷めた冷気を頬へと受け入れた。

 今も、眼前に広がりをみせる真っ白な砂浜の毎秒寄せては、どこかへと返っていく波打ち際、そこから聴こえてくる(さざなみ)の音さえ、あの頃と何も変わることなかった……。

 そして、寄り添うように、あの日から時を止めてしまった情景は砂浜よりも更に白い雪がチラつき、その懐郷(かいきょう)にも似た場所へと、また優しい彩りを与えるが、受け止めた雪片(せっぺん)は、私の手のひらの熱に(ほど)けた。


 それらは漣のように、溢れては消えて。

 雪のように、解けては何かを残し逝ってしまう。

 そんな儚くも美しい追憶(ついおく)のよう、だった……。


「――――……」


 瞳から張り詰めた頬へ、感傷とともに暖かい滴が伝い、私は眠るように瞼を閉じる。

 そんな暗い数瞬のなかで繰り返し反芻(はんすう)するように、数々の思い出の断片が(よみ)り、また舞い戻ってくるを感じた。

 それが所謂(いわゆる)、走馬灯というものなのだと、このとき、私はふと悟った。


「――()()()……?」


 パッヘルベルの行進曲から名付けられた私の名を呼んだのが、暖かく、懐かしい彼の声だと気づき、私の胸が痛切なほど強く締めつけられ、あの頃のように、軽快な早鐘を打つ。

 そうだ。いつからか、忘れかけていた、いや、無意識に忌避してしまい忘れようとしていた――、

 一緒に歩いたあの日の夕景。立ち昇った優美な陽光、交わした些細な言葉の数々や何気ない仕草、彼の抱え、隠していた気持ちの裏側。そして、何よりも、未だに色褪せることなく息づいた、私のこの叶わないまま抱えている淡い感情が、今も忘却されることなく、思い起こされた。


 だけど、


 あと少し、もう少し、だけしたら――、

 きっと、それも終わる……。

 きっと、全部、壊れてしまう……。


 長年の読み書きを繰り返した記録媒体(ハードディスク)摩耗(まもう)して、記憶を徐々に消去していくように。私の細胞に保存された記憶は、多分、時間とともに消失し、終わりを迎え、消えていく。一つ。また一つ、と、消し去る最期に映像として脳裏に放映されては、消去作業を淡々と行い、いづれ存在ごと、思い出を完全に抹消してしまうように。


 また、あの日の記憶が、私の感傷に呼応し、新たな記憶が呼び覚ました。


 ポツリポツリと降っている氷雨の中に、佇む、私……。傘を差し伸べかける、彼の姿。


 過去の追憶を恋焦がれる。

 まるで、もう一度、一から何かを、やり直そうとするかのように。

 だけど、長かった、その彼を探した道程(みちのり)の末に、私は、もう二度と、


「君を、取り戻す事はできないことを、私は知った」


 ――失った日々を、取り戻したい。


 そんな子供のような夢想を懐いて、どれだけ強く願ってはみても、結局、音を立て確かに瓦解していく、私の大切な想い出は留まることを知らずに――、


 「……もう、戻らない……」


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