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妖魔夜行絵巻  作者: 小野セージ
反魂遊戯
55/64

3.未完成の封印

 黒野さんに促され、私は鞍馬さんの絵を見に行くためにソファから立ち上がった。

 まだ少しふらふらする。

「大丈夫かい、手を貸そうか?」

「……ありがとうございます、でも大丈夫です」

 黒野さんは心配そうに手を差し伸べてくれたけれど、私は薄く微笑んで辞退した。

 外面を完璧と言って良いくらいに取り繕えたのは褒めて欲しい。内心、私はとても醜く荒れた気持ちだったのだ。可愛くないのは解ってるけど、自力で歩けないわけでもないし、どうしても大人しく黒野さんの手に縋ることは出来なかった。

 黒野さんはいつものように何も言わずに私を見守ってくれていた。

「こっちだ」

 黒野さんはゆっくり私を先導するように歩き始める。

 先ほど黒野さんが押し開いて入ってきた両開きの扉をくぐり抜けると、そこは昨夜私も通った鞍馬さんの家の一階、吹き抜けになった玄関ホールだった。昨夜見たときもほんのりと間接照明の明かりが優しく照らす雰囲気のいいホールだったが、日のある時間帯である今も自然光を存分に取り入れる構造の吹き抜けは気持ちが良かった。

 黒野さんはそのまま迷うことなくアトリエの方へと歩き始める。私はその黒野さんを追うようにゆっくり歩を進めた。黒野さんは特に急かすこともなく、アトリエの前で私を待ってくれていた。

「………………」

 黒野さんと共にアトリエに入った私は小さく辺りを見回す。アトリエには誰もいない。鞍馬さんはもう絵を完成させて仮眠していると黒野さんが言っていたっけ。

 昨夜の薄暗さから一転して、大きな掃き出しの窓や天窓から太陽の光が入るアトリエは明るい雰囲気だった。天窓を見ると昨夜のことが思い出されて少しだけ気分が悪くなる。私はすぐに視線を逸らすことでやり過ごそうとした。

 だけど、私が視線を逸らした先、アトリエの最奥の壁際にそれは無造作に置かれていた。昨夜鞍馬さんが使っていたイーゼルとカンバスボードだ。

 予告も予備知識もなく直視してしまって、胸がずきんと痛む。そのカンバスボードには私たちが昨夜出会った異形が精細に描かれていた。

「……っ!」

 その絵を前にして、私はまた身が微かに震えるのを感じる。

 でも……。

「……?」

 私は訝しんでその絵に近づき、まじまじと見つめてしまった。

 確かによく描けているし、恐ろしさも感じる。だけど、何かが違う気がした。

「……この絵は……」

「うん? どうしたんだ?」

 私が呟いたのを、黒野さんは聞き逃さなかったようだ。黒野さんが私の後ろに立ったのを感じる。だけど私は振り返ることもせずにじっと絵に見入っていた。

「この絵は……本当に完成しているんでしょうか?」

 思っていたことを素直に言葉にしてしまってから、私は首を竦めた。私は絵心なんてない門外漢だ。それなのに画家の鞍馬さんやその師匠だという黒野さんが完成したと判断したものを未完成ではと思うなんてとても無礼なことではないだろうか。

「あの、ごめんなさい……」

 思わず謝ろうと後ろにいる黒野さんを振り返った私。黒野さんはその目の前で薄らと微笑んでいた。いつも、わたしが失敗したときに「気にすることはないよ」といってくれる、そのままの笑顔だ。

 でも見上げたその瞳の奥にいつもの大人びた理性の光はなかった。ただただ、キラキラと輝く純粋な瞳で私を見る黒野さん。

「黒野さ――」

 私はなんとなく気圧されて一歩後退(あとじさ)った。

 だけど、私が下がった分だけ黒野さんも前進する。変わらぬ距離感をたもったまま、黒野さんは呟いた。

「そうだな。君の言うとおり、この(封印)はまだ未完成だ。そして、未完成の封印に創り手(クリエイター)が不用意に触れればどうなるか……。知りたいかい?」

 黒野さんの言う「クリエイター」という言葉。最初は単に創作者という意味だろうかと思ったけれど、黒野さんの言い方からするとそうではなさそうだ。では、一体どういう意味なのか。一瞬迷う。しかし、どうやらそれが私のことを指しているのだろうということだけは解った。

 私は反射的に首を横に振る。でも黒野さんはそれを無視して言葉を継いだ。

「魂を奪われるのさ。魂を失った身体は機能を停止してゆっくり腐り落ちていく。……つまり、死ぬんだ」

「死……ぬ……」

「でも安心して欲しい。君の身体は決して無駄にしたりしないから……」

 黒野さんの語り口は優しい。だけどその内容はおぞましい。

 そして、感づいた。黒野さんの瞳に宿っているのは、幼い子供が身近な小さな命を無邪気になぶり殺してしまう時の純粋で執拗な殺意だ。あまり思い出したくないけれども、私にも覚えがある。

 それは普通は成長の過程で消えるべきものだ。他者を(いつく)しみ命を(たっと)ぶ。そういう意識が芽生えてしかるべきだ。

 なのに目の前の黒野さんはそんなものはまるで得てこなかったように少年のような瞳で私を見下ろしている。

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