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妖魔夜行絵巻  作者: 小野セージ
反魂遊戯
53/64

1.突然の再会

 閉じた目の中でチカチカと無数の光が揺れた。まるで愛しい少年に早く起きろと急かしてくる勝ち気でせっかちな妖精みたいだ。

「……ん」

 そんなことを考えながら、私は重い目蓋を上げた。

 見えたのは、いつも見ている私の部屋の薄汚れた低い天井とは違う、遠くて真っ白な天井。不思議に思って寝ぼけながら辺りを見回すと、私は広い部屋の窓際に置かれた大きなソファに横になっているようだった。

 押し開けられた大きな窓にかかった、優雅に風に揺れるレースカーテン。その隙間から(こぼ)れた朝の光が目蓋の裏まで届いて、私は目を覚ましたのだ。

「私、なんでこんなところにいるんだっけ……」

 ぼそりと呟いて昨夜の記憶を振り返る。

 そして、思い出した。恐怖に満ちた、あの一夜を。

(そうだ。あの時、鞍馬さんがしょうけらを絵に封じてくれて……それで……っ!)

 思い出すにつれ、私は慌てて上半身を起こした。久しぶりの熟睡から目覚めた私には浅い頭痛があったけれど、それもどうでも良かった。

 今居るのはどこなのだろうか。ここも広い部屋だけれど、あのアトリエとは違う。片付けられてはいたが、たくさんの絵を描くための道具が置かれていて少し雑然としたイメージをうけたアトリエとは違って、ここは絵を描くための道具は何一つ置かれていない。

 そのかわりソファやローテーブル、大きなテレビや音楽プレイヤーまでがセンス良く配置されていて、お屋敷の応接室か団らんのための談話室みたいだ。鞍馬さんのお家の一室なのだろうか。

 ぐるりと視線を巡らせるけれど、この部屋の中には私以外に誰もいなさそうだ。

 時刻を知りたくて部屋の中に時計を探すと、壁に立派な掛け時計が掛かっているのを見つける。盤面の針はもうそろそろ十時になろうというところを指している。外の明るさから考えれば、午前十時だろう。

 あの時、気を失うように眠ったのが何時だったのかはわからないけれど、随分よく眠ってしまったようだ。

(鞍馬さんはどこにいるんだろう……)

 他人の家を勝手にうろうろするのは良くないと思いながらも、私は一刻も早く鞍馬さんと話をしたくて、立ち上がりかける。

 でもその時、廊下に続くのだろうと思われる両開きの扉がタイミングよく開いて、誰かが部屋の中に入ってきた。

 もしかして鞍馬さんだろうか。私は声をかけようと背筋を伸ばした。

 だけど、扉を押して部屋に入ってきたのは、私の理解の範疇(はんちゅう)を超えた人だったのだ。

 真っ黒な髪、細い黒縁の眼鏡の奥の優しげな黒い瞳、いつも好んで身に纏う黒。

「黒、野さん……?」

「やあ、御陵先生。目が覚めたみたいだね」

 (てら)いもなく微笑んで見せた彼は、いつもの黒野さんだった。ずっと私を優しく導いてくれた黒野さんだ。彼の姿を見て、私は鼻の奥がつんとするような感情を持て余して唇をぎゅっと引き結んだ。

「ん、どうしたんだい?」

 その感情を知ってか知らずか、黒野さんはソファから立ち上がりかけた私に長い足を使って近づくと、首を傾げるようにして私の顔を覗き込んだ。

 黒野さんが近づくと、彼が(まと)う香りがふわりと私の鼻先を(くすぐ)る。それはある種のお香の香りに感じられた。

 普段、黒野さんがそういうお香や香水の類いの香りをさせているイメージはなかったから、どうしたのだろうと不思議に思った。だけど、それでも久しぶりに見る黒野さんの笑顔に感極まった私の目からは、ぽろぽろと勝手に涙がこぼれていく。

「先生……?」

 戸惑ったような黒野さんの声が聞こえた。私が急に泣いたりするものだから、黒野さんが困っているのだということは理解できるけれど、それでも私の涙は引っ込まない。

「ごめっ……ごめんなさい……! でも、連絡が取れなくて心配だったし不安で怖かったし……!」

 私は涙をぐいぐいと拭いながら、濡れた声で言い募る。そんな私を見て、黒野さんは少しだけ困ったような表情をした。

 それはそうだ。だって私と黒野さんは単なる作家と担当編集者であって、恋人はおろか友人というわけでもなかった。ただ単に、私が一方的に好意を寄せてなついていただけで、黒野さんにとって私は担当している作家の一人に過ぎないはず。

 それなのにこんな風に泣いて縋ってしまうのは迷惑でしかないはずだ。

 それでも黒野さんはすぐに優しい微笑みを浮かべて、その大きな手を私の頭の上にぽんと置いてくれた。

「大変な時に側に居られなくてすまなかったね」

「~っ!」

 頭の上に置かれた手の暖かさと重みが心にしみて、私は更にその場で泣き伏す。

 黒野さんは辛抱強く私の涙に付き合ってくれた。つかず離れず、心地の良い距離感を保って私を見守ってくれた。

 私は、そのことに感謝をしながら、ぼろぼろと醜く泣き続けていた。

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