39.忘れられた集落、私の故郷
私は元々、人口が減り高齢化が進む一方の山間の集落の出身だ。
この集落は時々地図にも載らないことがあって、山の麓の町に住む人々には「忘れられた集落」だなんて言われてからかわれることもあった。
その分歴史は古くて、集落の人たちはその歴史に誇りを持って生きていた。
母の融は、遙か昔からこの集落で生活をしていた御陵一族の本家の一人娘であり、本来なら従兄であり幼なじみであった田端の兼嗣おじさまと結婚して集落を盛り立てていく予定だったという。
当時、二人以外に集落に同年代の若者はいなかったから、それは自然と決まっていたことだったらしい。
だけどおじさまは東京の大学に進学するために集落を出て、数年後にあっさりと別の女性と結婚してしまった。一人残された母さまは集落の存続のためにも集落の外から婿を取るしかなくなったのだ。
伝え聞く話によると、どうやら母さまは兼嗣おじさまをとても慕っていてお見合いでの婿取りにあまり乗り気ではなかったようだけど、当時の集落にはまだ血筋や集落の存続に口うるさい老人が多く女性の地位も低かったのだろうと思う。結局、母さまは祖父が集落の外から連れてきた男、私の父である隼人と結婚し、私が産まれた。
さすがに表立っては何も言われなかったようだけど、産まれたのが女である私であったことと難産が祟ってもう子供を望めない体になったことで母さまはだいぶ居心地の悪い思いをしたようだ。そのせいなのだろうか、母さまは私が物心つく前に精神を病んでしまい、今もどこかの施設に預けられているのだという。
実の娘であるにも係わらず、私には母さまの居場所は伏せられている。私は今も、母さまの居場所を知らない。
対して、父の隼人はつかみ所のない人だった。特定の仕事をしている様子は見たことがなく、ただ毎日のように祖父や集落の人間の依頼を請けては雑用に奔走していた。好きでやっているようには見えなかった。ただただ、渋い顔で与えられた仕事を黙々と続けて、夜は一人で晩酌をして早々に部屋に引きこもってしまう。実子である私でさえ構って貰った覚えはなくて、物心がついてからもしばらくは父のことを父とは認識せず、家のお手伝いさんのような人だと思っていたくらいだ。
そんな両親の元に生まれた私は、概ね祖父に育てられたようなものだった。しかし、私は今でもその祖父に感謝の念を抱くことが出来ないでいる。




