32.強くて弱い人々
だけど、私はその笑顔に向かって首を緩く横に振る。
「……私にはわかりません」
「彬ちゃん……?」
「大人だからとか子供だからとか、男だからとか女だからとか、守らなきゃいけないとか守らなくても大丈夫とか、私にはわからないです。大人でも弱くなっていて守って欲しい時もあるし、子供でも誰かを守るために勇敢に行動する時もあります。大事な人を守るために、人は誰だって何時だって強くなれる。でもそれと同じように、人は誰だって何時だって弱くなることだってあるんじゃないでしょうか。だから、マリアさんは変わらずに鞍馬さんを心配してあげて下さ……い……」
私は言い募るようにそう言ってしまってから、かあっと頬に血が上ってくるのに気付いて俯いた。なんて恥ずかしいことを言ってしまったんだろう。こんな分かった風なことを言ってしまったけれど、マリアさんは気を悪くしなかっただろうか。
私が俯いたままちらりとマリアさんを見上げると、彼はしばらく驚いたように薄く唇を開いていたが、すぐにきゅっとその端を持ち上げた。
「……そうね。アタシも、弱気になってたみたいだわ」
そう言ってマリアさんはヒールの音も高らかに、腰に手をあててモデルのように立ち直すと、バチッと音がしそうなくらいに鮮やかに私に向けてウインクをしてみせた。
「じゃあアタシはこれから思う存分、小舅として貴方の前に立ちはだかることにするわね!」
「??」
なんでここで小舅なんて言葉が出てくるのか分からなかったけど、マリアさんはご機嫌そうだ。良かった。
でも、そう思ってほっとしていたのも束の間だった。
「彬ちゃん」
「はい?」
「鞍馬くんをよろしくね」
マリアさんの畏まったような言葉に、私は小さく息の塊を吐いた。
最初は何を言われているのかわからなかった。鞍馬さんにとってただの行きずりである私に、何故そんなことを言うのか。でもすぐに何となく理解する。
今夜のことだ。きっとマリアさんは鞍馬さんを心配しているのだろう。
これは安請け合い出来る話ではない。たっぷりと時間をかけて考える。でも私は、最後にはこくりと大きく頷いて見せた。
「……わかりました。鞍馬さんは今夜、縁も所縁も薄い私を守ると言ってくれた。そんな彼だから、私も今夜は鞍馬さんを守りたいと思います」
そうだ、何を悩むことがあるのだろうか。鞍馬さんはほんの少し袖触り合っただけの私をなんとか助けようとしてくれているいい人だ。彼ばかりを危ない目に遭わせて、私は守られているだけなんてあってはならないことだ。
「今夜は私だけじゃなくて、助けてくれる鞍馬さんだって危険なのですよね……。だったら、鞍馬さんを守るために私も戦います。それにはきっと、今まで以上に怖い思いをしなくちゃいけないんだろうけれど、多分、急にこんなことに巻き込まれて怖いのは鞍馬さんだって同じだわ」
あの時、さっき私が取り乱してしまった時、震える私を抱き締めながら彼も微かに震えていた。その時はどうしてなのか解らなかったのだけど、マリアさんの話を聞いて理解した。
鞍馬さんは超人でも英雄でもないのだ。こんな騒動に巻き込まれて怖いのは当然で、それでも私を守ろうとしてくれる鞍馬さんが、なんとなく、ほんのちょっとだけ、愛おしかった。




