25.ドラゴン、都庁に降り立つ
「それで、あなたのことは何ちゃんって呼べばいいのかしら?」
ぼんやりとマリアさんの笑顔に見とれていた私。だけどマリアさんは逆に覗き込むように私の顔を見ながらそう訊ねてきた。そういえば私は全く名乗っていない。
「あ、申し遅れてすみません……。私は御陵彬です」
「彬ちゃんね。オーケイ、覚えたわよ。学生さんかしら?」
「いえ……その……。一応、社会人……です」
なんとなく出版業界の人でもないマリアさんに向かって正直に自分の職業を明かすのは気恥ずかしくて、曖昧にしてしまう。売れてもいないのに、胸を張って「小説家です」と言うのは憚られたのだ。
だけど、その私のさもしい心算は鞍馬さんによってあっさりと狂わされてしまう。
「今度、髑髏小路が主催するホラーアンソロジーに寄稿する予定の小説家先生だよ」
秒速でバラされて、私は恐縮して首を竦めてしまう。頬がほんのりと熱くなった。
私がマリアさんを上目遣いでちらりと見上げて表情を伺うと、マリアさんは少し驚いたような顔はしていたが、すぐににっこりと微笑んでくれた。
「まあまあ、こんなに若いのに凄いのねぇ!」
「い、いえ、そんな……」
華やかな笑顔で大手を振って褒めてくれるマリアさんに、私はますます恐縮して俯いてしまう。こんなに手放しで褒めて貰うのは、慣れていなくてちょっと怖い。
そんな私を見て、マリアさんは小さく苦笑して肩に優しく触れてくれた。
「まあ、ここで立ち話もなんだし、サロンへ行きましょうか。つもる話は、お茶を飲みながら、ね?」
マリアさんに促されて、私と鞍馬さんはお屋敷の三階に位置する部屋に通された。サロン、というからにはお客さんをもてなすための客間なのだろうか。壁際の暖炉の中では赤々とした炎が揺らめき、南向きの大きな窓からさんさんと日の光が降りそそぐその部屋は、外がまだ寒いことを考えると信じられないくらい暖かくて明るい。
とても素晴らしい環境だった。お屋敷に入っても未だに背中についてまわる視線さえなければ、だが。
「さ、座っていてね。今、暖かいお茶を淹れるわ」
彼が指し示したのは窓際に置かれたティーテーブルとお揃いのチェアだった。鞍馬さんが当然のように、私が少し遠慮がちにチェアに腰掛けるのを見届けると、マリアさんは部屋の奥にあるミニキッチンでお茶を淹れる準備をしだした。
その間、私はキョロキョロと辺りを見回す。
この部屋の調度品は殆どがアンティークのようだ。古いけれど良い物で、大事に手入れしながら使っているのが一目で解る。多分値段なんか簡単にはつかないのだろう。私が今座っているこのチェアもそうなのだろうと思うとなんとなくムズムズとお尻が落ち着かない。
その感覚を遠ざけるためにも、誰かと他愛ない話でもできれば、と思ったのだけど、私にとってはマリアさんは勿論、鞍馬さんも話し慣れている人とは言えない。だからなんとなく口ごもってしまって、余計に辺りを眺めることで時間を潰そうとしてしまう。
(……あれ?)
よく見ると、この部屋には壁一面にたくさんの絵が掲げられていた。油絵……だろうか。
(全部同じ人の描いた絵……?)
私には絵心も審美眼もありはしない。だけど、ここにある絵の全てが同一人物によって描かれたものなのだろうということだけは何となく解った。そのどれもこれもが同じ、緻密で独特なタッチで描かれていたからだ。
例えば、暖炉のマントルピース上に堂々と掲げられているひときわ目を引く大きな絵。あれは都庁だろうか。特徴的なツインタワーを擁する摩天楼の屋上に巨大な竜が降り立つ姿を描いていた。
その他の作品も全てが現代風の風景と様々な幻想生物が組み合わせて描かれていて、幻想小説を書いている私にはどこか懐かしいような不思議な気持ちにさせられる。
どんな画家が描いたのだろう。私の位置から比較的近くにある絵の端を見れば、そこには走り書きのような画家の銘が書き込まれていた。
(『Seigo.K.』……かな?)
知らない名前だ。私が知らないだけかも知れないけれど。鞍馬さんなら知っているかな。
それにしても、こんなにたくさん同じ人の絵があるっていうことは、マリアさんはこの画家のファンなのかしら。




