23.魔女の棲む家
昼下がりの青い空を切り取ったフロントガラス越しの景色には、巨大で堅牢な門がそびえ立っていた。門扉の格子の向こうには手入れの行き届いた広い庭が広がり、豪奢なお屋敷が堂々たる様で建っているのが見える。
(まるでおとぎ話のお城みたい……)
そう思ったのはたったの一瞬だった。だっておとぎ話とは違ってその門扉は固く閉じられていて、しかも門柱の側には警備員なのだろうか、制服を着て警棒を所持した強面の中年男性が二人、ずっと張り付いているのだから。
不審者や鼠はおろか猫の子一匹も通さないような厳重な警備に萎縮する私は、きょろきょろと辺りを見回しながら落ち着かずにもぞもぞと助手席のシートの上で居住まいを正すことしか出来なかった。
助けに来てくれた鞍馬さんの車に乗せられた私は、引きこもりがちで未だ土地勘がないながらも車が都心方向とは逆の郊外へ向かっていくのを理解していた。どこへ行くのかは解らなかったが、こんなオカルト染みた問題を抱えた女を引きずっていくのだから、お祓いをしてくれる神社やお寺にでも行くのかも知れないと思っていたのだ。
だけど私が連れて行かれたのは神社の参道でもお寺の境内でもなくて、大きなお屋敷の門の前だった。
ここに辿り着く少し前から違和感はあったのだ。車窓から見える立ち並んだ家々はどれも目を見張るくらい広くてお洒落なお屋敷ばかり。どうやらここは超が付くような高級住宅地らしい。
私の田舎の実家も持っている土地は広かったけど、庭や大部分の田畑は人手が足りず荒れ放題になっていたし、母屋だって百年も前に建てられた日本家屋で、広くて古いだけに全ての修繕費はなかなか賄えず、使っている部屋以外は朽ちていくばかりだった。
都心からほど近い超高級住宅地たるこの界隈に広い土地を持っていて、しかもお屋敷ともども美しく維持していくのは並大抵のお金持ちには出来ないことだろう。
そんな土地に私を連れてきて、一体何をするつもりなのだろうか。
訝しんだ私が鞍馬さんにどこへ行くのか訊ねようか思案した矢先、車はこの辺りのお屋敷の中でも一際敷地が広くて一際煌びやかなこのお屋敷の門の前で止められたのだ。
「……ここは?」
私の微かな問いかけに、鞍馬さんは答えてくれなかった。
そのかわり、彼は車のサイドウィンドウを下げて、近寄ってきた警備員に軽く手を上げて挨拶をする。どうやら鞍馬さんとその警備員は顔見知りらしく、緊張感はあまりない。
「よう、あいつ今いる?」
「マリア様なら今日はオフで館にいらっしゃるはずです」
「そっか、じゃあ連絡してくれるか。ちょっと頼みたいことがあるんだ」
「承知しました」
そう言って頭を下げた警備員が無線を使って門を開けるように指示を出すと、どこから操作しているのか目の前の大きな門扉がスライドして門柱の裏に収納されていく。
その大仕掛けをぽかんと口を開けたまま見ていた私に、鞍馬さんは「いくぞ」と声をかけてからゆっくりと車を出した。どうやら玄関ポーチまで車で行けるようだ。
「あの……このお屋敷に、一体何が……?」
車がポーチに着く前に、私は思いきってもう一度鞍馬さんに真意を訊ねようとする。また答えてくれないかと思ったけど、今度は鞍馬さんは苦笑いのような不思議な表情でぽつりと呟くように言葉を紡いだ。
「ここは……『魔女の棲む家』さ」
「え?」
魔女……?
私はぐっと身構える。
普通なら、変わり者の女性を例える言葉、くらいに思うだろう。だけど、私はただでさえオカルト染みた問題の渦中にある。私はその言葉を額面通りに受け取った。
「まさか、黒魔術か何かでこの視線の主をどうにかしようというんですか……?」
私が大真面目な顔で訊ねると、鞍馬さんは一瞬ぎょっとしたようにその私の顔を見てから、盛大に吹き出した。
「……ちょ、運転中に笑わせんなよ……」
ハンドルに顔を埋めて、震える肩を隠そうともしない鞍馬さんに、私はかーっと顔に血が上るのを感じた。
「わ、笑うなんて酷いです……! 私は真剣に……っ!」
「はいはい」
ひとしきり笑った鞍馬さんはその目の端にうっすらとたまった涙を指で拭って、ハンドルを取り直す。私は羞恥と憤慨に頬を染め膨らませながら、腕を組んで憮然とするしかなかった。
そんな私を横目で見て、鞍馬さんはふふと今度は純粋に楽しそうに笑う。
「まあ、会えば解るよ」
その今まで見た中で一番優しいような彼の表情に、私は少しだけドキリとして視線を逸らしてしまった。




