22.抗えぬ運命の輪 ―Upright―
それから、私たちはぽつりぽつりと会話をしながら時を過ごした。私はベッドの上に座って小さく身を縮こめながら。鞍馬さんは多分ハンドルを握りながら。
私はこういう時、相手にどんな話題を振ったらいいのかなんてよく解らなかったけど、鞍馬さんは運転の合間に、適度に思考出来て適度にどうでもいい話題を何度か投げかけてくれた。
本来なら私の身の回りで起きている異変について少しでも伝えておかなければならないような気もしたが、鞍馬さんは怖いなら合流してから説明してくれればいいと言ってくれた。私はますます彼に対して頭が上がらなかった。
そして、何度言葉のやり取りをした頃だろうか。携帯電話から絶えず漏れ聞こえていたエンジン音が急に止んで静かになって、また車のドアの開閉音。そして緊張しているのか少し掠れた声で鞍馬さんが私に指示を出す。
『着いたぞ。今から二階に上がって声をかけるから、聞こえたら扉を開けてくれ』
「は、はい……っ」
返答するとほぼ同時に、アパートの二階へ続く鉄階段を駆け足で登る音が、携帯電話越しの音とはまた別に実際の音としても聞こえてきた。この鉄階段は錆だらけで音がうるさいこともあって入居者の間ではすごく評判が悪かったのだけど、今日ほどこの階段の音が待ち遠しかったことはなかった。
鞍馬さんは二階の共用廊下に入ったようだ。それを見計らった私は、携帯電話を耳から離してよろよろと立ち上がり玄関へと向かった。
玄関に着くと、丁度鞍馬さんも部屋の前に辿り着いたらしい。薄い扉の向こうから部屋番号を確かめるような気配がして、それからすっと通った声で声がかけられる。
「御陵先生!」
「っ……!」
私は喉を詰まらせてから、震える手で扉を開け放った。薄暗い玄関に外の光がぱあっと差し込む。その眩しい光を後光のように背負って、その人はそこに居た。
一瞬、逆光で顔がよく見えなくて、私は目を眇める。
だけど、すぐに私の目は光の中に佇む彼を認めた。
……鞍馬さん!
「御陵先せ……っ!?」
鞍馬さんがもう一度私の名を呼び終わるよりも早く、私は彼の胸に飛び込む。その拍子に振り落とされた私の携帯電話が、カツンという音を立てて玄関の三和土に落ちた。
こんなこと、普段の私じゃ絶対に出来なかった。けれど、今は誰かの温もりが欲しくてたまらなくて、私は彼の胸に縋り付いてわんわんと泣き出してしまう。
「怖かった――。怖かったよぉ……!」
私は喉の奥から絞り出したような声でそう告げる。
そうだ、怖かった。このまま私の物語は終わってしまうのかと思った。
まだあの気配は私たちを後ろから湿った視線でじっと眺め続けているけれど、一人ではないということが今はとても心強い。
私の晒した醜態とも言える行動に、鞍馬さんはしばらく動くことが出来ずに硬直していたようだった。それはそうだろう。多分、他人から見た今の私はとてもみっともないことになっているのだろうから。
だけど、彼はすぐにそっと私の後頭部と背中に手を添えて、繰り返し、繰り返し、優しく撫でてくれた。
(ああ……こんな私に優しくしてくれるなんて、鞍馬さんはいい人なんだな)
そんな鞍馬さんに、私はうわごとのように何度も何度も伝えていた。
ありがとう、ありがとう、と。




