20.往く死神 ―Upright―
私はふうと息を吐いてその名刺を拾い上げ片付けようとした。しかしその時、ふと思い立って私はそっと名刺を裏返してみた。いや、元々裏返しだったのだから元に戻す形だったのだけど。
そこには、草壁氏の職業や名と共に短い英数字が並んでいた。
(……メールアドレス……!)
どこまでも簡素で必要以上の情報など載っていない彼の名刺。だがやはり名刺として渡されるものなのだから、連絡先の一つくらいは載っているのは当たり前だろう。
だけど、私はそのメールアドレスの存在を知ってとても戸惑ってしまう。
いや。正確に言えば、このアドレスを発見した瞬間に私は何かしらの光明を得た気がしたのだ。もしかしたら彼なら、この話を厭わずに聞いてくれるのではと。
だけどすぐにどろどろとした不安が押し寄せてくる。
本当に彼に助けを求めていいものだろうか?
本来なら誰にでもいいから手当たり次第に助けを求めるのが正解なのかも知れない。でも一般的に考えて、仕事上の都合で連絡先を交換したものの、以後一度も連絡取り合ったことのないような相手がいきなり連絡してきて、あまつさえこんな正気を疑うような相談をしてきたら。戸惑うどころではないのではないだろうか。
そんな懸念が胸を塞いでいたからこそ、私は今まで携帯電話に登録されているだけの「知り合い」たちに助けを求めることはしなかったのだ。
ならば、その「知り合い」たちと草壁氏の違いはどこだろうか。
比較的最近顔を合わせたことだろうか? それとも彼が怪異ばかりを描く怪奇画家だからだろうか?
考えてみたが、結局どちらもピンとこない。ならば、どうして……。
その瞬間、背後からずっと私を監視していた気配が急に膨れ上がり、暴れ回っているかのように殺気を放ち始めた気がした。
気配の急な変化に私は思わず勢いよく後ろを振り返る。
しかし、そこにはやっぱり何もいない。
そして、また死角になる方角から私を見つめる気配がし始めるのだ。
「……っ!」
思わず喉を引きつらせる。精神も体力も限界が近かった。
私は跳ねるように携帯電話に飛びつくと、急いでメール画面を表示させた。
震えて覚束ない手つきで送り先に草壁氏のアドレスを一文字ずつ打ち込んでいく。
それほど長くはない彼のメールアドレスだけど、あまりメールをしたことがなく、文字を打つと言えば専らパソコンのキーボードだった私には慣れなくて焦れったい。
(はやく……! はやくっ……!)
急いていた私は何度も打ち間違いをしながら、どうにか助けを求める言葉と自分の名前、そして電話番号を綴った。
何かに見られています。たすけて。
御陵彬 XXX-XXXX-XXXX
そして、思い切って送信ボタンを押下する。
チラチラと細かく動くメール送信時のアニメーションはすぐに正常終了した。メールは正しく送られたようだ。
だけど、私はその携帯電話を捧げ持ち、額に押しつけた。
「……おねがいっ……早く見て……信じて……!」
メールは送っても相手が確認してくれなければ仕方がない。それに、信用して貰えなければ返事はいつになったって返ってはこないだろう。
でも、私に出来ることは待つことだけだ。
私は携帯電話を胸に抱き締めて、祈るようにただじっと待ち続けた。




