19.崩れ落ちる塔 ―Reverse―
茫然自失としていたのはどれくらいの間だったろうか。
私の手から滑り落ちた携帯電話がまだツーツーという不通音をたてていたことを考えると、それほど時間は経っていないようだ。
だけど私にとってはとても……とてもとても長い間に感じられた。
遅ればせながらのろのろと床に落ちた携帯電話を拾い上げた私。唇は震えていて、その思考はぐちゃぐちゃにかき混ぜられたように乱れていた。叫び声を上げたい気分だ。
だけど、最後の理性で私はそれをぐっと呑み込んでしまう。
いっそ気が狂ったように泣き、叫び声を上げられたら楽なのに。でも私にはそれはできなかった。
それにしても、黒野さんに電話が通じないのはどういうことなのだろう。
いや、ただ単に通じないだけではない。いつの間にか黒野さんの回線が使われていないことになっている。登録してある番号にかけたのだから、番号を間違えたということもないはずなのに……。
これも、不可解でオカルトじみたこの一連の現象に由来するものなのだろうか。それとも、本当に黒野さんが回線を解約してしまったのだろうか。
……解らない。
なんにせよ、私にはこれ以上の打つ手がなくなってしまった。
私はぶるりと肩を震わせてから、手にしていた携帯を元の位置に戻すとそのまま前につんのめるように机の上に体を投げ出した。ちゃちな折りたたみ机は私の上半身の体重にも耐えきれないのか、ギシリと音をたててたわんだが、私は気にしなかった。
だって、いまのままなら私はいつまで正気を保っていられるのかわからない。それどころか、不眠がこれ以上蓄積すれば命を落とすことだってあるかも知れない。気配と視線の主がこの悪趣味な観察ごっこに飽きて直接私に害を為さないとも限らない。そんな状況で何を気にすることがあるというのか。
それは達観だったのだろうか、それともただの自棄だったのか。
だけど、私がますます机に体重をかけたその時、たわんで水平が失われた机の上に積まれていた本の塔が滑り崩れて私の頭の上へとバサバサと降り注いだ。
「痛ッ!」
たまらず、私は顔を上げて自分の頭に手をやった。どうやら一番重たい本のカドが私の後頭部に直撃したらしく、涙が出そうになるくらい痛かった。
私はしばらく痛みを堪えるのに必死で、目を閉じて動けずにいた。しかし、ようやく堪えきって顔を上げた時私は目の前に白いものが落ちているのに気付く。
私の目前、顔を上げた時に一番に見ることになる場所に、一枚の白い紙片が落ちていたのだ。そこには癖の強い字で大きく「しょうけら」と書かれている。
それはあの顔合わせの時に草壁氏に貰った名刺だ。そういえば机の上に積み上げていた図書館で借りてきた本にしおり代わりに挟んでいたのだった気がする。積まれていた本が崩れた拍子に滑り出てきたのだろう。




