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真実の先に  作者: 青猫かいり
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仕組まれた罠

ここはオルランド王国の王城内の広間。

 国王を始め、王家や貴族が勢揃いして、盛大な舞踏会が催されていた。

 オーケストラの生演奏に合わせて、多くの男女が社交ダンスを楽しんいる中、突如音が止んだ。

「パルティナ! しっかりしろ! 目を開けてくれ!」

 国王ミハエル・オルランドが妻である王妃パルティナの体を揺さぶりながら叫んだ。

 パルティナ王妃はぐったりしていて、今にも椅子からずり落ちそうだ。血の気が引いた青い顔、口の端からは唾液と飲み残しのワインが混じったような液体が漏れ、とても生きているようには見えなかった。

 足元にはワイングラスが落ちて割れていて、入っていたワインがドレスを血のように赤く染めていた。

「母上、目を開けて下さい!」

 息子である第二王子のアルクスが父親の反対側から手を握りしめて叫んだ。

 急いで侍医が駆け付けた。

「早く助けてくれ!」

 ミハエル王が縋るような顔で言った。

「失礼します」

 侍医がパルティナ王妃の脈や瞳孔を調べると、顔を強張らせた。国王の方に顔をやると、目を瞑って首を横に振った。

「――!」

 ミハエル王は絶望した顔で力なく椅子から崩れ落ちた。

「母上! 何故このような事に……」

 アルクス王子は涙をこらえて気丈に振る舞おうとしていた。

 侍医の助手たちがパルティナ王妃を丁重に布に包み、地面に付けることなく抱えて運び、アルクス王子がそれに付き添って広間から出て行った。

 一度は静まり返っていた広間は突然の出来事に騒然としていた。王妃が突然死んだのだ。無理もない。

 第一王子のジルベクス・オルランドが側室のイリーナを伴って王家の席がある台の下に現れた。騒ぎの時、丁度イリーナと踊っていたらしい。

「侍医よ、王妃は何故死んだのだ?」

 ジルベクス王子が周りに聞こえるような声で侍医に尋ねた。

「その……毒を飲んだと思われます」

 侍医が言いにくそうに言った。

 王妃が毒で死んだと大きな声で言えるわけがない。

「毒、だと!? ご自分で飲まれたのか?」

 ジルベクス王子が驚いた様子で言った。

「毒なのは間違いありませんが、ご自分で飲まれたかどうかは分かりません」

「しかし、王妃は自殺する理由もなければ、そのような様子は全くなかった。これは誰かに飲まされたに違いない!」

 ジルベクス王子がやけにはっきり断言した。

「パルティナ様……!」

 ジルベクス王子の正妃であるソフィアが涙を流しながらつぶやいた。

「私もそう思いますわ。王妃様は普段通りでしたし、もし死のうとされるなら、遺書か何か残すような方ですわ」

 イリーナがジルベクス王子の発言を後押しするように言った。本来ならこの場において、側室のイリーナが正妃のソフィアを差し置いて発言するのは許されないはずなのだが、誰も咎めない。側室とはいえ、元ボルシード公爵令嬢でジルベクス王子の寵妃ということは周知の事実だからである。

 ソフィアが聡明な清楚美人だとしたら、イリーナは正反対、色気たっぷりの美人と言ったところだ。その色気に王子が篭絡されたのだろう。

「皆の者、王妃は何者かに毒殺された! 犯人はこの中にいるはずだ。全員そこを動くな!」

 ジルベクス王子が声を荒げて言った。

 彼の合図で護衛の騎士たちが、全ての入り口を塞いだ。

「ジルベクス殿下、恐れながら発言をお許し下さい」

 宰相のサルーン・ヘクタドル公爵がジルベクス王子に近寄って言った。宰相は公爵の中でも王家に次ぐ権力を持っており、王子も無下にはできない。

「何だ? まあ良い、発言を許す」

 ジルベクス王子が一瞬眉を顰めたように見えた。

「もし王妃様が殺されたなら一大事です。遺書があるかどうか、王妃様のお部屋を確認するお時間をいただけないでしょうか」

 宰相は冷静だった。犯人捜しは殺されたか確認してからにしようと、暗に言っているように聞こえた。

「そんな必要はありません。ジルベクス殿下は正しいです。私は見ました。ジルベクス殿下には申し訳ないのですが、その、ソフィア様が王妃様のワインに何か液体を入れるところをこの目ではっきりと見ました」

 ナツゲル・ハイメルン侯爵が前に進み出て証言した。

 周囲があからさまに騒めいた。あのソフィア様が、と口々に驚きの声を上げていた。

 ソフィア妃は元公爵令嬢で、美しく聡明で憧れの存在。信頼も厚く、国王や王妃に可愛がられ、貴族や平民の身分問わず国民に慕われていると言っても過言ではない。ソフィア妃が犯人だと言われても、信じられない人の方が多いだろう。

「ハイメルン殿、もしその発言が嘘だった場合、不敬罪に問われることになるが、それでもか?」

 宰相がハイメルン侯に脅しをかけた。

「あ、あの、わ、わたしはソフィア様付き侍女でラ、ライアナと申します。その、ソフィア様が見知らぬ商人風の男からこっそり毒を買っていたのを……目撃、しました」

 ライアナが恐る恐る声を震わせながら証言した。

「主人の悪事を告発するのは勇気のいることだっただろう。君の勇気に感謝する」

 ハイメルン侯がライアナを安心させるような口調で言った。

「何てことだ! 我が正妃がこのような恐ろしいことを実行したとは信じられないが、そこの侍女はソフィアに仕えている者だ。証言は信用できよう。私がソフィアの恐ろしい企みを事前に気が付いていれば、止められたかもしれないのに、不甲斐なくて申し訳ない」

 ジルベクス王子が悲劇の主人公のように両手を広げて天を仰いだ後、頭を抱えた。

「ジルベクス殿下は悪くありませんわ。今日はずっと私と踊っていてその場にはおりませんでしたし、もう何日も私の部屋にいらしてましたから、ソフィア様にはお会いになっていないようでしたし、殿下が気付かれなくても仕方がありませんわ」

 イリーナがジルベクス王子を庇った。ジルベクス王子も自分もこの件には一切関係ないことをアピールしているようにも聞こえた。

 それはそうだろう。王妃の殺害に関わった者は全て処刑されると思われるから、特に近しい者は関係ないことを示しておきたいはず。

「いや、それでもソフィアが実は王妃を慕っていたのは見せかけで、本当は王妃を疎ましく思っていて、早く王妃になりたいと言っていたのを知っていたのに放置していた。まさか殺害するとは思わなかったんだ」

 ジルベクス王子はまだ頭を抱えた弱々しく首を横に振った。ソフィア妃を全く庇う気はないようだ。それどころか犯人と決めつけている。

「いえ、ジルベクス殿下に責任はないと思います。王城で暮らしているとはいえ、もう何日もお会いしていないようですし、イリーナ様や他のご側室の方々もいらっしゃいますし、全てを把握することは難しいでしょう」

 ハイメルン侯がジルベクス王子を擁護した。

 複数の証言が出てきたことにより、ジルベクス殿下は悪くない、悪いのは王妃を毒殺したソフィア様だと、この広間にいる者達の意識が変わってきたように思える。

 毒殺犯として疑われているソフィア妃は顔が青ざめ、驚きのあまりに声が出なかった。

 (ちょっと待って! これはどういうことなのかしら⁉ 何故、私がパルティナ様を殺した犯人にされているの? 私は何もしてないわ! 大丈夫よ、私が無実だとことはいずれわかるはずだわ)

 ソフィア妃はこの時まだ希望を持っていた。自分が王妃を殺していないという亊が真実だと知っているからである。

「皆、静かに! 確たる証拠もなく王家の方を断罪するわけにはいかない。ここは慎重に調査する。……ジルベクス殿下、それでよろしいですね?」

 宰相がジルベクス王子に同意を求めた。

「いいだろう。調べるがいい」

 ジルベクス王子が承認する。

「それならソフィア様からお調べ下さい。そうすれば、私の証言が正しいと証明されるでしょう」

 ハイメルン侯は自信満々に言って、ニヤリと笑った。嫌な顔だ。

 宰相はため息を吐きながら、ソフィア妃の前に立った。

「ソフィア様、申し訳ありませんが、こちらへどうぞ」

 宰相が身体検査をする為に、場を離れるよう促した。

「ヘクタドル公、この場でよい。すぐに調べろ。皆の前でなければ公正ではなかろう」

 ジルベクス王子が宰相を足止めさせた。

「――しかし、王家の女性の身体検査をここでする訳には……」

 宰相が戸惑いながら王子を見た。

「構わん。証拠が出たのに、王家だから罪を揉み消したと思われてもかなわんからな」

「……かしこまりました。では、私がお体に触れるわけにはいきませんので、女性の者に検査させましょう」

 宰相がソフィア妃に敬意を払おうとした。

「いや、その必要はない。お前がやれ。お前なら公正に調べられるだろう? ソフィアの体に触れるのを夫である私が許す」

 王子の言葉に、宰相とソフィア妃は驚いた。

 (他の男に私の体を触らせてもいいと本気で思っていらっしゃるのね。もう私には女として全く興味がない、ということかしら? それとも本当に私が犯人だと思っていらっしゃるの? ジルベクス様!)

 ソフィア妃は涙ぐんだ顔で王子を見つめたが、王子とは視線が一度も合わなかった。

「ソフィア様、ご無礼をお許しください」

 宰相が申し訳なさそうな顔をしながら、ドレス越しに背中から腰にかけてそっと触れた。

腰の大きなリボンの処で宰相の手が止まった。

「ん? これは!」

 宰相がリボンの結び目の処から液体が少し入った小瓶を取り出した。

「――ッ!?」

 ソフィア妃が声にならない声を出した。

「ソフィア様、これは何が入っているのですか?」

 宰相が失望したと言わんばかりの表情で小瓶をソフィア妃の目の前にかざした。

「……わ、私の物では……ありません」

 ソフィア妃は何とか声を絞り出した。本当に知らないようだ。

「しかしですね、貴女のドレスの中から出てきた物です。これが貴女の物でないとすると、誰の物だと言うのですか?」

 宰相はソフィア妃を疑いつつも、彼女の表情が引っかかっているようだ。

「もういいでしょう。宰相様、これで私の証言は真実だと証明されました。残念ながらソフィア様が王妃を毒殺したのですよ」

 ハイメルン侯が得意げに言った。

「そこの侍女、確かライアナと言ったな。ソフィア様が買った毒とはこれのことか?」

 宰相がライアナに向かって小瓶を見せた。

「……は、はい。間違い……あ、ありません。男が毒だと言って、その、ソフィア様に手渡していました」

 ライアナが震える声で証言した。

 宰相が何かを言いかけようと口を開けた瞬間、

「――これではっきりしたな。我が妃だからと言って遠慮はするな。衛兵、ソフィア拘束して牢に入れろ! 追って王より沙汰があるだろう」

 ジルベクス王子がもう詮議は必要がないと言わんばかりに衛兵に指示を出した。

 証拠品が出た以上、宰相に口を挟む余地はなかった。

 (どうして嘘つくの? 何故誰も私を庇ってはくれないの?)

 ソフィア妃は泣きながらジルベクス王子とハイメルン侯、そしてライアナを見た。誰もが視線を逸らし、ソフィア妃を見もしなかった。ただ周りの好奇な視線が集まっているだけだった。


 ソフィア妃が牢屋に入れられてから二日が経った頃、ジルベクス王子がイリーナを伴って、ソフィア妃が収監されている牢部屋の鉄格子の前にやってきた。

 護衛も付けずに二人だけで来たようだ。

「ソフィア、お前の処刑が決まったぞ」

 ジルベクス王子の第一声がそれだった。

 ソフィア妃はジルベクス王子の前に駆け寄ると、鉄格子を両手で掴んで叫んだ。

「ジルベクス様! 信じて下さい! 私は王妃様を殺してはいません! 助けて下さい!」

 食事が喉を通らないのか、少しやつれている。泣き尽くしたのか、目が充血していて、美貌が台無しになっていた。

「何を言っても無駄だ。お前は明日の正午、ギロチンによって処刑されるんだ。観念して大人しく死ね」

 ジルベクス王子は憎悪の目をソフィアに向けた。ソフィアには憎まれる理由が分からなかった。彼の口の片端が吊り上がっている。まるでソフィアの死を望んでいるかの様に。

「ソフィアさまぁ、身だしなみが汚いですわねぇ。あ、でももうすぐ処刑されるから関係ないですわねぇ。そういえば、あれから王様が気落ちされて政務が滞ってしまい、代わりにジルベクス様が王太子となって、王の代行をしていますのよ。そして私は、貴女の代わりに正妃になりましたから、今は王太子妃、ですわ。立場が逆転してしまいましたねぇ」

 ソフィアを見下しながら、イリーナ妃が色っぽい顔を心底嬉しそうに歪ませた。

 ソフィアは絶望に打ちひしがれていた。


 ゴーン、ゴーン。正午を告げる鐘が鳴った。

 ソフィアは皮布を口で噛ませられて後頭部で縛られ、まともに声が出ない状態で、背丈と同じぐらいの高さの処刑台にうつ伏せで乗せられていた。

 処刑台の近くに処刑人がおり、少し離れた処にジルベクス王太子、イリーナ妃、宰相や数人の護衛騎士がいるだけだった。

「ジルベクス殿下、最後に何かお言葉をかけられますか?」

 宰相が王太子に確認すると、王太子は首を横に振った。

「では、私が声をかけてもよろしいかしら?」

 イリーナ妃が王太子にお伺いを立てた。

「ああ、勿論。構わない」

 イリーナ妃には優しい顔を見せた。彼女を溺愛しているのだろう。

 イリーナ姫は処刑台に近づくと、ソフィアの耳元で囁いた。

「美しくて聡明なソフィアさまといつも同じ公爵令嬢なのにと比べられてウンザリ。でもご実家は爵位剥奪の上、領地没収で没落、あなたのせいでご家族もいい迷惑よねぇ。最後にイイ亊教えてあげる。アンタなんか大嫌いでずっと邪魔だったのよねぇ。だから嵌めてやったわ。……いい気味」

 イリーナ妃がソフィアにだけ邪悪な笑顔を見せた。

 (これで私の勝ちだわ! 王妃の座はこの私のモノよ。この女さえいなくなれば、私は幸せになれるのよ。腸が煮え滾る思いも今日でおしまい。)

 イリーナ妃は高笑いしたい衝動を抑えながら、ソフィアから少し離れて振り向いた。

「さようなら。よい終末を」

 ニッコリと勝ち誇った顔でイリーナ妃は皆に聞こえるような声を出した。

「んん――! ん――!」

 ソフィアが何かを叫んでいたが、誰も聞き取れないだろう。

 (嵌めた? イリーナが私を!? 大嫌いとか邪魔だとかそんな理由で!? それに実家が没落って、お父様やお母様は、家族は無事なの!? 今どうしているの!? 嫌だ! 死にたくないわ! こんなのあんまりよ! 助けて! 誰か助けて! 神様! この世には神様はいないのですか!? 私が一体何をしたというの!? 助けて――!!)

 ソフィアは祈った。もう自分では何もできないのは理解している。でも祈らずにはいられなかった。

「パルティナ王妃殺害の罪により、ソフィア・クレメンティを処刑する。……処刑を開始せよ!」

 宰相が処刑宣言をし、処刑人に命令を下した。処刑人がまさに処刑装置を作動させようとした時だった。

『――罪なき哀れな女よ。汝の美しい魂に免じて、助けてやろう』

 どこからか不思議な声が聞こえた。いや、聞こえたというより、頭の中に直接語り掛けられているような、奇妙な感覚だった。

 ソフィアが辺りを見渡すと、時間が止まったように皆が静止していた。

 (え? 何が起こったの? 今、誰かが助けてくれるって言った? 誰なの?)

『ワシはこの世界の神と呼ばれる存在。ワシの神力で時間を巻き戻してやるから、人生をやり直せ。処刑される道から逃げるもよし、汝を嵌めた裏切り者達に復讐するもよし、好きな道を行け。二度目の人生を楽しむがよい。但し、助けるのはただの気まぐれ。今回限りという亊をゆめゆめ忘れるな』

 神と名乗る者の声が消えた瞬間、ソフィアは気絶した。

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