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容疑者は同級生

作者: りさこりさこ

1…テレビのニュースで知りました


私がその事件を知ったのは、仕事から帰ってきて、何気なくつけたテレビでだった。


『会社社長が、妻に重傷を負わせ、逮捕されました』


私は普段、ニュースを見ないようにしていた。流れてくるのは、暗い出来事ばかりだったし、自分とは関係のないことで嫌な気持ちになりたくない。そんな理由で見ないことにしていた。でも、この時はなぜか、チャンネルを変えることもなく、なんとなく流したままにしていた。

容疑者の会社社長の顔が映った。高校の卒業アルバムからの写真だった。見覚えがあった。名前を見る。年は28才で、私と同じ・・・。容疑者は、同級生のT雄だった。高校を卒業して10年経ち、それ以来一度も会っていないが、記憶のファイルがヒットした。

いったい彼に、何があったんだろう?


夫が仕事から帰ってきた。「おかえり」もおざなりに、私はT雄の話を切り出した。夫も私もT雄と同じ高校で同じクラスだった。夫は、そのニュースを私から初めて知り、絶句した。夫はT雄とわりと仲がよかったが、大学が別々になり、会わなくなっていたから、今のT雄が結婚していたことも、社長になっていたことも、私同様知らなかった。

T雄がどうしてこんな事件を起こしてしまったのか・・・。

私たちは、答えのない問題を差し出されたような気持ちになって、悲しいため息をつくしかなかった。


「高3のクリスマスに、T雄の家でケーキ食ったの、覚えてる?」


晩ご飯を食べ始めた時、急に思い出したのか、夫が話し出した。

夫と私、そして、私と仲が良かったK子の3人でT雄の家に行き、クリパをやった、らしい。私は全く憶えていなかった。


「まじ? その記憶力で、よくT雄のこと思い出したな」


と変に感心された。確かそうだ。私は忘れっぽいし、ニュースも見ない。なのに、この出来事だけは、着実に私たちの元に届けられた。

高3のクリスマス・・・夫と私とT雄とK子の4人で過ごしたクリスマス・・・。夫の話を聞きながら、私の脳裏にもあの時のことが徐々に蘇ってきた。



2…まじめな高校生だったから


高校3年生の時。私たち4人は同じクラスだった。夫の友介は、『T雄に勉強を教えてもらったおかげで成績が上がった』と、K子に何気なく話した。すると『私も教えてほしい』とK子が言い出し、T雄も快諾したので、K子と仲が良かった私も加わり、一緒に勉強することになった。放課後、4人で待ち合わせ、図書館や空き教室で黙々と勉強した。

高校生の男女が肩寄せ合って同じ時間を過ごしたというのに、私たち4人は、本当に勉強だけのために集まっていた。進学校だったので、授業についていくことも大変で、その上大学受験の重圧も加わって、恋愛どころじゃなかったのだ。


T雄は、優しくて面倒見がよかった。私たちにわかりやすく問題の解き方を教えてくれた。そんなT雄を見て、学校の先生になったらいいのに、と私は密かに思っていた。

でも、T雄は法学部を受験すると決めていた。たまたま私とT雄の2人だけになった時、『どうして法学部なの?』と聞いてみた。すると、


「弁護士になって、人を救いたい。それで少しでも平和な世界を作っていきたいんだ」


と、T雄は照れくさそうに答えてくれた。『大学に入ったら、遊ぶぞー!』と思っていた私は、ものすごく感心して、


「T雄くんなら、絶対なれる! 平和にしちゃってよ、頼むよ!」


そう言う私に、T雄は笑って、うんうんと頷いてくれた。


勉強ばかりの私たちだったけど、クリスマスだけは違った。この一日だけは勉強を忘れて遊んじゃおうと4人で決めて、その日は親がいないというT雄の家で、クリスマスパーティーをすることになった。

パーティーと言っても、高校生で予算が限られているので、スーパーで買ってきた鳥のからあげとケーキとお菓子しかなかったが、一日だけの特別感もあり、大いに盛り上がった。


ごちそうをたいらげた後、4人はT雄が持っていたテレビゲームを始めた。これもまた、すごく盛り上がり、負けた人には罰ゲームを課すことになった。

最初は、手にしっぺをする、とか、ジュースの一気飲み、とか、自分たちで考えたかわいらしい罰ゲームをしていたが、ネタが尽きてきた。T雄は、何かないかと戸棚を探すと、奥の方から、小さな箱を見つけてきた。


ポップなイラストで飾られたその箱には、『究極の罰ゲームカード!!(取り扱い注意)』と書かれていた。中には、トランプみたいなカードが入っていて、短い言葉が書かれていた。T雄も初めて見たという。

この手の罰ゲームカードには、『隣の人と手をつなぐ』とか、『3回回ってワンと言う』とか、ちょっと恥ずかしくて、でもできる範囲のちょうどいい内容が書かれているものだが、このカードは少し雰囲気が違った。


『私の寿命は100才です!』

『人生、バラ色』

『太陽は、西から昇ります』


カードには、このような一言が書かれていた。


『なんだこれ・・・よくわかんねー!』と皆で笑った。何が『究極』で、何が『(取り扱い注意)』なのか、全然わからなかったけど、『罰ゲームカード』と書いてあるし、一回やってみよう、ということになり、次に負けた人からカードを引くことにした。

不思議なことに、4人はきれいに順番に負け、一人一枚、引くことになった。

結果は、次の通りだった。


友介『何があっても、大丈夫』

私『人生は短い』

T雄『仕事で成功したら、家庭はめちゃくちゃになる』

K子『これから一生、幸せになってはいけない』





「よく覚えてるねー。そんなカードの内容まで」


夫が4人全員のカードの文を記憶していたことに、私は驚いた。


「いや、俺だけいいこと書いてあったからさ、『なんか、俺持ってんなぁ』とか思って、それで覚えてた」


夫が少しドヤ顔になって言ったので、私は笑ってしまった。

で、クリスマスパーティはというと、その後、ゲームにも飽きたということで、解散となり、それぞれ家に帰った。それで終わりだった。


夫がもう一度、カードの文を呟いた。


友介『何があっても、大丈夫』

私『人生は短い』

T雄『仕事で成功したら、家庭はめちゃくちゃになる』

K子『これから一生、幸せになってはいけない』


「T雄のやつ、カードの言葉通りになったじゃないか……」


『仕事で成功したら』→会社社長になって、

『家庭はめちゃくちゃになる』→妻に重症を負わせて、逮捕された・・・


私は寒気を感じた。



3…前提にしてしまった結果


高3の私たちは、無事にそれぞれ希望の大学に入ることができ、別々の道へ進んだ。それ以来疎遠になってしまったが、私と夫は、同窓会で再会したのをきっかけに、交際し結婚に至った。T雄とK子は、同窓会に出席しておらず、噂を聞くこともなかった。もしかしたら、とT雄の奥さんの名前を確認したが、K子ではなかった。


T雄『仕事で成功したら、家庭はめちゃくちゃになる』


T雄のカードはそう告げていた。そして、“見事”にその通りに実現してしまった……。

私は自分が引いたカードを、思い返した。


『人生は短い』


急に不安になってきた。私はおもわず夫の腕をつかんだ。


「どうしよう。私、明日、死ぬのかな?」


すると、夫は即行、


「そんなわけないだろ」


と、ものすごく呆れた顔で笑った。私はムッとして、


「なんでよ! わかんないでしょ! 万が一ってあるし、不安になるのが普通でしょ。夫だったら、慰めてよ」


すると、夫が急にまじめな顔になり、


「お前さ、自分の前提を、『人生は短い』にするのかよ」


と静かに言った。私は夫が何を言ってるのか、わからなかった。


「前提って、どういうことよ」

「例えばさ、『自分は幸せだ』と思って生きる人間と、『自分は不幸だ』と思って生きる人間がいたとするだろ。で、その2人に同じ出来事が起きたとする。そしたら、前者はその出来事の良い面を見て、後者はその出来事の悪い面を見る。『自分は幸せ』『自分は不幸』というフィルターを通して見るから、そういう見方になっちゃう。それが、前提だよ。前者は「あーいいことあった」と思い、後者は「あー私ツイてない」と思う。同じ出来事が、前提によって、真逆の出来事となってしまう」


夫は時々、私の知らない知識をさらりと言ってのける。なんか悔しい。


「お前、ついさっきまでカードのこと忘れてたんだろ? 思い出したからって、なんでわざわざそれを『前提』にする必要がある? したいんだったら別にいいけど」

「したくないに、決まってんでしょ・・・」

「だったら何にも怖がることない、だろ?」


またドヤ顔。腹立つけど、ホッする。夫はこうしてちゃんと私の不安を取り除いてくれる。確かに夫の言う通りだった。私はカードの言葉、カードの存在自体、すっかり忘れていて、今も元気に生きている。でも、T雄は現実化してしまった……。


「あいつは覚えていたのかもな、自分が引いたカードの言葉を」


夫の言葉に、私はゾッとした。

もし、私の記憶力が良くて、気にするタイプで、あのカードの言葉をずっと覚えていて、何度も思い返して脳に植え込んでしまっていたら、どうなっていただろう? 何か大きな病気をしたり、事故に遭ったり、していたのだろうか?

純粋な気持ちで、世の中のために生きたいと願っていたあの青年が、弁護士ではなく、なぜか会社の社長になり、そしてなぜか、事件を起こしてしまった。

『究極の罰ゲームカード』・・・あれは一体なんだったんだろう? あの箱に書いてた、『(取り扱い注意)』ってのは、人生の前提にしてしまうことだったのか・・・? 

とにかくT雄は、あのカードの言葉をその通りに実行してしまった・・・罰ゲームみたいに・・・。


T雄がどんな困難を抱えていたかはわからない。だけど、その大元は、意外とこういう些細なことなのかもしれないと、私は自分をむりやり納得させた。



4…前提は変えられる


後日、別の同級生たちから、回ってきた情報で、事件の真相がわかった。

T雄は、不倫をしていて、それが奥さんにバレ、大変な修羅場になった結果、奥さんに重症を負わせる暴力をふるってしまったようだった。そして、その不倫相手がK子だったという。その事実を知った時、私はまた血の気が引いた。K子が引いたカードは、


『これから一生、幸せになってはいけない』


だった。

K子もまた、カードの言葉通りの人生を送っていた。2人ともまじめで純粋だった。だから、あの言葉を素直に自分たちの脳に刻み込んでしまったのかもしれない。私は、ソファにもたれかかると、天井に向かって叫んだ。


「どこまでピュアなんだよ! T雄もK子も! 賢いのかバカなのか、わかんないよ!」


私は2人に言ってあげたかった。嫌な言葉のカードが出たら、その上から修正テープでその文字を消して、好きな言葉に書き換えたらいいんだよ! いくらでも修正できるんだよ! と。


私は、K子を探そうと決めた。あんなに怖かった、ニュースの中に自分から入ってやろうと、覚悟した。SNSと呼ばれる、あらゆるものを使って、全力で探してみよう。細い糸でも、きっと繋がっている人はいるはずだ。その糸を辿って、絶対にK子に辿り着いてやる。そう決めた。

K子と、そしてT雄の幸せを願っている、私という人間が、今ここにいることを、本人たちに伝えよう。そう思った。それが、今生きている私にできることだと思った。


おわり


最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!


『思考は実現する』と言われますが、これは事実なようです。


人間は、種を未来に残すため、『不安』や『恐れ』をうまく利用し、予測する危険を回避し、自分の身を守ってきました。

だから、人間は基本的にネガティブ思考が大得意。そして気がつかない間に、ごく自然に『不幸フィルター』で世の中を見て、自ら不幸になり、『思考が実現』していく。


『不幸フィルター』を『幸せフィルター』にするのは、もう努力しかないと、私は思っています。

自分で「あ、今不幸フィルターになってる!」と気づいて、そのたびに自分で修正していく。しんどいけど、それしかない。


この『容疑者は同級生』を読んでいただいた方は、『幸せフィルター』が頭に搭載されましたので、この先、出来事の『良い面』に気づけるようになり、例え『悪い面』が見えたとしても、すぐに修正できるでしょう!!


毎月、4日と18日頃に短編小説を投稿しております。

過去の作品も読んでいただけると嬉しいです!

いろんなジャンルで書いていますが、どれも心の芯に触れるような物語になっています。

ほんの少しでも、心が軽くなっていただけたら、本当に嬉しいです。


どうぞ、これからもよろしくお願いいたします!!






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― 新着の感想 ―
[良い点] カードの引きと、それの解釈。それが本当に明暗を分ける要因になっているのかは、話がここで終わっているため、分からないですが。 何があっても、大丈夫が、いい意味というより、何だか意味深に見え…
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