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『ぶりっ子』と『船長』と『年上』

作者: よよまる

「船長、乗客は大ホールへ移動開始しました!」

「船長、族は甲板から船内に潜入した模様です」

 オーランド・ブルーム船長は額から汗を一筋落とした。無線による部下からの報告で現在の危機的情報を否が応でも理解せざる負えない。

クルーズ客船・ゴールドスピリッツは乗客定員540名、乗組員350名の豪華客船として国では名を馳せたセレブリティが多く利用している。オーランドは約30年の航海経験の中で、最も危機的状況に瀕していた。

 海賊の出現は唐突であった。小回りの利く小型ボートが魚の群れのようにゴールドスピリッツを包囲した時には逃げ場などなかった。

「せ、船長、すみません、わた、私……」

 50代のオーランドからしたらまだ若い30代の副船長が顔の色をなくし、狼狽している。どうしてこうなったのか、オーランドは眉間に皺を刻みながら回想するが今は意味のあることでないと判断しすぐに思考から追い出した。

「トム、いいか。船長はどのような状況でも取り乱してはいけない」

 オーランドは自分に言い聞かせるように口にした。

「は、はい」

 気の弱そうな青年は消え入りそうな声を出したきり黙った。しかし、視線は忙しく所在なさげに動いている。そう簡単にできるものなら苦労はしない、とオーランドはわかっている。今は取り乱さずにいるだけでも上出来と判断し、思考の海に戻ろうとした。

「あのぉ~」

 実に場にそぐわない、甘ったるい声がした。オーランドが視線を動かせば、女が立っていた。妙に艶のある肉厚な唇が特徴的である。髪の毛先は渦を巻き、胸元はカッターシャツが大きくはだけ、黒のスラックスがヒップラインを描いている。決してオーランドは口にはしないが、頭の悪そうな女だと感じた。普段なら極力関わらないようにする人種である。

「君は確か」

「セキュリティークルーズのアマリリスですぅ」

 耳に残るしっとりとした声だった。美人なら多少頭が空っぽでも許される、という昔から言われていたブロンドジョークに出てくるようなタイプがオーランドはこの手のタイプは苦手である。脳内は恋愛やファッションのことしかないイマドキの女性と何を話していいかすらわからない。

「花の名前がウチのコードネームになるんですぅ。かわいいでしょう?」

 そういうとアマリリスという女は笑った。何が可笑しいのだろうか。この状況で、名前が花だという理由で、オーランドは理解に苦しんだ。頭痛がしてきた。痛むこめかみを親指で押し、少しでも緩和を試しているとアマリリスは口を開いた。

「あら、その表情渋~い。ナイスミドルな年上もいいですよねぇ」

 頭痛がひどくなりそうな予感があった。タイレノール(鎮痛剤)はあっただろうか、そんなことを考えていると無線が入った。

「船長、バリケードが破られそうです!」

「船長、乗客は大ホールへ移動完了です!」

 無線を聞き、オーランドは腹をくくった。被害を最も小さくするには投降しかない。豪華客船と謳っているゴールドスピリッツには防衛用の銃器は存在する。しかし、残念なことに危機管理マニュアルを作成したチームは大型客船を襲ってくるような海賊の規模を見誤っていた。今、ゴールドスピリッツを囲む連中はちゃちな銃で応戦したところで勝てるはずもなく、逆上して報復を生む可能性をいたずらに増やすだけなのは目に見えていた。

「降参しよう」

 オーランドがそう告げると操舵室の乗組員は悲観的な表情をした後、少しだけ安堵した。状況は何も好転していない。だが、この恐怖から解放されるという点のみを汲み取った結果の小さな心のよりどころを見出したのだ。それは現実逃避にままならないことは誰しも理解していた。

「あら、戦わないんですかぁ?」

 船長の決定に乗組員からの反対はしない。唯一、アマリリスだけは不服そうだった。

「ミス・アマリリス」

「はぁ~い」

「……君はこの状況で降参以外の方法があるように思えるのか?」

「もちろんですよぉ」

 名前の通り、花が咲いたような笑顔だ。

「お聞かせ願おうか」

「私が倒せばいいんですよぉ」

 沈黙。室温が下がった錯覚に陥った。今、公開しているのは赤道近くの亜熱帯地域だ。寒い、なんてことはないはずだった。

「……ミス・アマリリス」

 オーランドは絞り出すような声で告げる。

「このような状況で冗談を」

「冗談?」

 心臓を射抜かれるような感覚がオーランドを襲う。

「なんのためにセキュリティクルーズの私が搭乗していると思っているのでしょうかぁ?」

 見た目は先ほどまでの彼女と違いはない。口調も、香水のにおいも変化はない。

 目だ。

 オーランドを見据える目が、どこまでも続く深淵のように計り知れないおぞ気を感じさせたのだった。

「船上で起こったことの判断・責任は船長に一任されると思いますけどぉ、一度本部に確認するのも手じゃないですかぁ?」

 ちらり、と視線を横に移動させるとヘッドセットを首にかけた無線員が立っていた。

「どうだ」

「の、の、の、の、ノイズがすごいですが本部とのコンタクトに、に」

「落ち着くんだ。結果だけ話せ」

「せ、セキュリ、ティークルーズの搭乗員に、任せろと! この件は、船長、よりも、セキュリティー、クルーズの搭乗員に一任せよ、とぉお!」

 無線員はヒステリックに話した。

「あはっ!」

 アマリリスは犬歯を覗かせて笑った。その笑みが人間のするものとは到底思えなかった。オーランドは背中にじっとりと冷たい脂汗が流れることに気が付いた。

「じゃあ、本部の意向に従うしかないですよねぇ」

 アマリリスはショルダーホルスターから拳銃を抜き出して部屋を出て行った。



 海賊たちは甲板から室内へ入り、客室を物色していた。

「おい、後にしろ!」

 スキンヘッドの大男が下っ端に怒声を上げる。

「乗組員と乗客を見つけてから、って事前に話しただろうが!」

「固いこと言うなよ、小遣い稼いでるだけさ」

「チッ」

 大きな舌打ちをし、

「お前らだけでも俺についてこい」

 数名の従順な部下だけを伴い奥へと進んだ。

 客室エリアを抜け、キッチン、バー、レストラン、ラウンジを通りデッキから最も遠い後方エリアへとやってきた。ひとしきり大人数を収容できる場所をあたり、最後に残った大ホールへ向かっていたのだ。

「操舵室はいいんすか?」

「先に客を抑えれば抵抗もねぇだろう」

「うっす。了解」

 4名の海賊は足音を立てながら走り、目標へ突き進む。先頭から2番目を走っていた下っ端が、

「ぶっ!?」

 突如あけられた扉に顔をぶつけ悶絶した。

「え?」「な!」「は?」

 先に通過した1名は異音に振り返り、後方の2人が状況を理解しよう足を止めた。

「廊下は走っちゃダメよぉ?」

 扉から現れたのは頭の悪そうな女だ。手には銃を持っている。しかし、それが見えるのは先頭を走って扉を通過していた海賊のみ。彼女は扉を盾に後方の3名からは死角にいる。

「バーイ」

 先頭の海賊は振り返る動作により銃口は定まっていない。一方的に女の弾丸が額を通過した。

「どうした!」

 三番手を走っていたスキンヘッドの男が叫ぶのと、半身を出した女が銃口を向けるのが同時だった。

 音はしない。女の銃口には筒状のサプレッサーが装着されている。排莢された薬莢が地面に落ちるころには顔をぶつけた2番手の海賊が絶命していた。

「隠れろ!」

 スキンヘッドの海賊が殿を務めていた部下に指示すると、手に持っていたショットガンを放った。発射、拡散された散弾は7割が金属製の扉にあたり、女は素早く扉に身を潜めたので残りは後方へ過ぎ去っていった。

「ちくしょう! 2人やられた!」

 殿の海賊は曲がり角の奥へ身を隠し、怒りの表情で叫んだ。

「女だ、油断するな!」

 スキンヘッドの海賊は脱出用のはしごが収まっているボックスの後ろにしゃがんでいた。肩からは血がにじんでいる。

「大丈夫ですか!?」

「掠めた。タダもんじゃねえ」

 コツン、とヒールが床をたたく音が聞こえた。

「ハロー?」

 顔を半分出した女に殿の海賊は容赦なく引き金を絞った。金属製の扉に火花と轟音が生まれ、

「あん、ちょっとぉ、挨拶くらいいいじゃない!」

すぐさま女は顔をひっこめた。

銃口を扉のほうに向けたまま2人の海賊は視線を見合わせた。

 自分が行きましょうか? と殿の海賊はジェスチャーするがスキンヘッドの海賊は首を横に振った。1人をおとりにしても女が陣取っている場所の有利性は高い。このままでは膠着する。スキンヘッドの男は戻っててした全員を連れてこようかと思案した瞬間、信じられないものを見た。

 殿の海賊の背後、位置的には彼らがやってきた方だ。上の階層から女が降ってきて、手すりに着地した。一歩間違えれば海へと落ちるスタントマン顔負けの行動だ。

「な!?」

 放たれた銃弾は2発。1発は殿の海賊の側頭部に命中し、女を認識する前に即死した。もう1発はスキンヘッドの海賊の右腕に吸い込まれ、手に持っていたショットガン共々床に落ちた。

「ぐあああ!?」

 焼けるような痛みにスキンヘッドの海賊は床にのたうち回った。にじむ視界にはヒールを脱ぎ、ストッキング越しにマニキュアが塗られた女の足が見える。

「グッモーニン~?」

 甘ったるい声が降ってきた。見上げれば笑顔の女が銃口を向けていた。

 スキンヘッドの海賊は女が音の出るヒールでわざと足音を聞かせ、膠着を作った瞬間にヒールを捨て、上層へ移動、彼らの頭を通り過ぎ、手すりを飛び越え1階下へ奇襲をかけたと理解する。海賊顔負けの奇襲、この女は明らかに戦闘慣れしている、と分かった時にはこの状況だ。

「くそが」

 脂汗を浮かべながらスキンヘッドの海賊は悪態をついた。

「全部で何人いて、どんな武器を持っているか教えてくれたら助けてあげるぅ~」

 今日どこに遊びに行こうか、と話すような陽気な声だ。頭の悪そうな女、スキンヘッドの海賊が抱いた彼女の第一印象だった。

「XXXXXX!」

 海賊が考えられる中で最も酷い罵声を大声で告げると、

「ひどーい!」

 頭の悪そうな女はショックを受けたように叫び、引き金を引いた。



 残りの海賊は簡単だった。目先の欲におぼれ、獲物に夢中で銃をテーブルに置いているような連中だったからだ。真向から4人の海賊を葬ったアマリリスからしたら散歩でもするように全員を静かに不意打ちしていき、事態の収束に向かった。

 操舵室へ戻ってきたアマリリスは出ていく前とさほど変わらない様子であった。

「終わりましたよぉ」

 ことの一部を監視カメラや遠くから聞こえる音で把握していた操舵室の乗組員は言葉を失っていた。オーランドも例外ではない。

「あのぉ、1ついいですかぁ?」

「ああ、なんだ?」

 彼女からの呼びかけにオーランドは放心からわずかながらに回復した。

「次、いつ会えますぅ?」

 上目遣いでアマリリスが聞いた。

「……は?」

 オーランドはやはりこの手のタイプが苦手だと再三にわたり思ったのだった。

書いてて楽しかった。

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