ぽつぽつと。
ゆみりを部屋に迎え入れると、内側から鍵をかけた。
「え、どうして………………」
「うん………………ゆみりには話すけどさ、他の人にはあんまり聞かれたくない話だから………………ルームメイトには尚更ね。下手に知られてギスっても、残り2年同じ屋根の下だからちょっと困るし。」
「そ、そう………………」
ぼくのベッドに腰を下ろすと、ぼくの隣をぽんぽんと叩いてゆみりのことを呼ぶ。ゆみりは少しモジモジした後、大人しくぼくの横に腰を下ろした。
「………………これから話すこと、絶対に他のみんなには内緒だからね?」
そう前置きしてから、ぽつぽつと話し始めた。
「おーいケンヤっ、マナト、リキ、早くしろよっ」
「わーかってるよ、………………ったく、スズのやつ、なんであんなに元気なんだよ………………」
「知らねぇよ、………………っておい、スズのやつもう見えねぇぞ!?」
「マジかよっ!? おーい、スズー」
「なんだよー?」
俺―――各務 凉は、もぐっていた薮の中から顔を出す。
「おわっ!? なんつーとこに居るんだよお前………………」
「あ? 別にいいだろ。 それよりよぉ、そこのボロ屋敷見に行かね? この前壁に穴空いてんの見つけてよっ」
「えぇ、やだよ………………あんなバケモノ屋敷………………それにあそこのおっさんおっかねぇし」
「あ? リキ、おめーさては怖いんだな? まったくしょーがねーなー、なら俺一人で行ってくるぜ」
「え、おいちょっと!?」
友達三人を置き去りにして、例のボロ屋敷の探検に向かう。
「えっと、この辺がぶっ壊れてんだよな。」
ブロック塀の崩れたところを四つん這いになって潜ると、ボロ屋敷の敷地に入る。
「へへーん、この物置が怪しいんだよなっ」
その辺に転がってた牛乳ケースに足をかけて、物置の汚れた窓から中をのぞき込む。
「うおーっ、なんかよく分かんねぇけどヘンな機械がいっぱいあるっ」
ここを秘密基地にしたら面白ぇだろうなぁ、なんか忍び込める所はないかっ? ………………ん、あれ、急に空が暗くなった………………?
「おーまーえーかー?」
「うおっ!? ガミガミおやじっ!?」
「こいつっ、またお前か!! うちに忍び込んで悪さすんのはっ!! どっから入り込みやがった!!」
「へへんっ、教えてたまるかよっ」
するりと腕の間を抜けて、元きたとおりにブロック塀の穴をくぐり抜けて逃げる。
ちぇ、邪魔が入っちまったぜ。
なおこの後、しっかりと学校に通報されて後で担任と親にこっぴどく叱られて、あげくにゲンコツまで落とされた。
「―――とまぁ、小学生ぐらいの時はこんな感じだったわけで。」
「す、すずちゃんって………………なんだか、わんぱくって言うか ………………」
「………………それ以上は言わないでよ、なんか恥ずかしくなってきた。」
思えば、なんであんなに走り回ってたんだろう………………当時の僕に聞いてみたいもんだ………………多分、答えは出ないだろうけど。
「………………で、これには続きがあるんだけど………………」
目線を落として黙り込む。その先を話すのは、今のぼくには荷が重い。そんな様子を察してか、
「すずちゃん………………」
そっと、手のひらを握ってくれる。
「………………無理しないでいいよ、その先は、話したくなったらで………………」
「ゆみり………………」
ぷにぷにしたゆみりの手が、ぼくのことを温めてくれる。
「………………大丈夫、その先も、言えるから………………………………ゆみり、もうちょっとこっちに来てくれる?」
「わかった、すずちゃん。」
んしょ、っと身体を寄せてくるゆみり。………………だいぶ楽になったけど、まだ『足りない』かな………………。
「………………ゆみり、ちょっとゆみりのこと借りるよ」
「へ?」
いうが早いか、ゆみりのことを後ろからむぎゅっと抱っこする。
「わわっ、すずちゃん!?」
「………………ごめん、こうでもしないと………………話す勇気、持てなくて。………………しばらく、抱っこさせて?」
「………………いい、よっ………………」
ほんのり熱を帯びた声でゆみりが返す。
「………………ん、それじゃ、続き」
あれは、6年の始まりの頃だった。
いつものように友達3人を引き連れて遊びに行こうとすると、
「あー、スズ………………その、オレはいいよ………………」
「あ? なんだよマナト、お前こういうの好きだったじゃねえか。」
「いや、その………………」
「んー、俺もいいわ。」
「なんだよリキまで………………ケンヤは行くんだろ?」
「………………………………」
「お、おい、なんだよ………………」
異様な雰囲気に俺は後ずさる。
「なぁスズ、前から言おうと思ってたんだけど………………もうお前とは遊べないよ。」
「はぁっ!? ど、どういう事だよ、まさかうちの母ちゃんになんか言われたのか!?」
「いや、そうじゃなくて………………スズ、お前、自分のこと分かってんのかよ。」
「は? お前何を――」
「スズ………………………………お前、女じゃん」
『女じゃん』。その言葉が、私の薄い胸に突き刺さった。
「だ、だからなんだよ、女じゃ悪いのかよぉっ!?」
「こ、こっちが落ち着かねぇんだよっ、大体お前俺らの前でもタンクトップ一枚とかじゃねぇかっ、こ、こっちがドキドキしてしょうがねぇんだよっ!!」
「おい待てよ、それどういう――」
「と、とにかくもうお前とは遊べないからなっ!! ほら行くぞお前らっ」
「「お、おう………………」」
「あっ、ちょっ、待てよおいっ………………………………まて、よっ………………なんなんだよ、意味わかんねぇよ………………」
俺はそのまま、日が暮れるまでずっと立ち尽くしていた。
「………………これが顛末。この後のことは、流石にまだ言えないかな。………………まぁ大体想像つくよね、今まで女子友なんて作ったことないのにいきなり放たれて、んで孤立して。………………その時からだよ、ぼくが『女になっていく』ことを嫌い始めたの。」
「すず、ちゃん………………」
ゆみりのことを、一層強く抱きしめる。その温もりが、凍てついたぼくのことを少しでも温めてくれることを願って、ぎゅっと、ずっと強く。
「………………っと、ごめん、苦しいよね、今離すから」
「すずちゃん………………いいよ、気が済むまでずっと、ぎゅっとしてても。」
「ゆみり………………………………あり、がと………………」
ゆみりの頭に僕の頭を載せて、湧いてくる涙のフタをそっと外した。