向かう先は。
「ふふふん、ふ~ん♪」
「お、涼ちゃんご機嫌だね。 どうしたの、そんなに浮かれちゃって~」
「っ!? ま、茉莉花..............」
な、なんだよその顔は..............いつもより二割増しのニヤケっぷりじゃないか.......
「どうしたのさぁ、そんなにビックリしちゃって。それに、さっきから鼻歌なんか歌っちゃってさぁ?」
「うっ、そ、そんなことっ、」
慌てて口許を隠す。..............き、気づかないうちに口にでてたのかぁ..............
「お? その顔はあれか? 彼女でもできたかぁ?」
「できねぇよっ!! お前じゃあるまいし.......」
机に置いたポテチの袋をつまみ上げて、残りの欠片を全部口に流し込む。
「あー、ったくもう..............」
「涼ちゃん、学食そんな食べないのに、ほんとこういうのは好きだよね。成長したくないんじゃなかったの?」
茉莉花が空になったポテチの袋をゴミ箱に落とす。お代わり分ないの? と視線で尋ねたらそっぽ向かれた。くそっ。
「んー、成長したくはないけど、流石に体力もたないし。これぐらいなら大丈夫.......だと思う」
「いやダメでしょ。ちゃんとご飯食べた方がいいよ?」
「うっさいなぁ..............」
胸がなんとかなれば、今のところはどうでもいいっての..............
「.......んで? 涼ちゃんはいつ空いてる?」
「あん?」
いきなりなんの話を始めるんだ?
「いや、まだ被服のモデル決まってないんでしょ? ぼくがモデルやってあげるからさ、涼ちゃんが空いてる日を教えてって。」
「あー..............うん.......」
茉莉花に伝え忘れてたな、うん.......
「その事なんだけどさ..............モデル、決まったから。」
「へ? 見つかったの?」
まじで? と言うような顔を茉莉花がする。
「うん、まぁ.......ね。サイズも、一応取らせてもらった。あとは何を作るかだけど.......」
「へー、ふーん、あぁそう.......」
茉莉花がいきなりどアップになる。
「な、なんだよいきなり..............そんなジロジロ見て.......」
「いやぁ、涼ちゃんもスミに置けないなぁって。ぼくがいなくても、ちゃんと子猫ちゃんを口説いちゃったじゃん? しかも落としちゃったじゃん?」
「お、落としたって..............茉莉花、あのなぁ.......」
「んで? お相手はどこの子かなぁ?」
「話を聞けよっ!? ..............別に口説いたわけじゃないし、ちゃんと『お願い』しただけだし.............」
そっぽを向いて茉莉花から視線を外す。..............ゆみりのことは、口説いたんじゃないもん..............
「んー? 口説いたわけじゃないなら、いきなり後ろから囁いたのかな?」
「違ぇよ、お前じゃないんだから。あれは向こうから話しかけてきて」
「ほーう?」
茉莉花がニヤニヤし始めて、ぼくはハメられたことに気がつく。.......ま、茉莉花のヤツ.......
「ふぅん、涼ちゃんにアプローチをかけてきた子がいるのかぁ。なるほどねぇ」
「ぐっ..............アプローチって.......」
「んでんで? 気になるそのお相手の子は誰かなぁ?」
「だ、誰がお前なんかに.......」
..............あれ? ぼくはなんで、ゆみりのことでこんなにムキになってるんだ?
「言っちゃいなよー。あ、安心しなよ、ぼくは秘密を守る方だからさ?」
「お前が言うと全然信用ないんだけど?」
「言ってくれるねぇ.......まぁいいさ。ぼくには子猫ちゃんたちがいるんだ、そのネットワークで突き止めてみせるさ。」
「..............それやったら本気で怒るからな?」
ガタンとイスを蹴って立ち上がる。すかさず後ろから、
「お、デート?」
「んなわけあるかっ」
ばっさりと切り捨てて教室を出ていく。..............ったく、茉莉花のヤロォ.......
「..............ん?」
隣の教室からぴょこっと出てくる影。その後ろ姿は、昨日見た時と変わらなくて、
「よっ、ゆみり。」
「っ!? ..............、す、涼ちゃん.......」
ん? なんでそんなに怯えてるんだ?
「.......どうしたの? そんなにビクビクして.......」
「べ、別に何も..............す、涼ちゃんは?」
「あぁ、ちょっと行くとこがあって。..............ゆみりは?」
「わ、私も、行くとこが..............」
ゆみりは、チラチラと辺りを見渡して、しきりにそわそわする。..............ん、ゆみり、もしかして..............
「ゆみり、もしかして保健室に行くの?」
「な、ななななななんでそれをををを!?」
「あ、図星なんだ.............. ん、実はぼくも保健室に行くとこだったんだ。.......多分、ゆみりと同じ目的で。」
「ふぇ、ふぇぇぇ..............」
あ、ゆみりがゆでダコになった。
「さ、そうと決まれば早く行こ? いくら放課後だとは言え、ゆみりだって宿題とかあるでしょ?」
「う、うん..............」
モジモジしっぱなしのゆみりの手を引いて、保健室へと向かった。
「ちわ~」
保健室のドアを開けると、保健医の先生―確か白井先生だったか―が、「また来たの?」と言うように眺めてくる。
「体重計借りますよ」
「お好きにどうぞ。ちゃんと洗って返してね?」
「.....................」
上着を脱いで台の上に乗る。..............んー、変わらない、か。
「はい、ゆみりの番だよ」
「うぅ..............す、涼ちゃん、後ろ向いててくれる?」
「別にいいけど..............」
言われた通り壁の方を向くと、少しして体重計の台が軋む音がして、ゆみりが息を呑む音が聞こえてくる。
「.............ゆみり、どうだった?」
チラッと横目で様子を伺うと、放心状態のゆみりがそこにいた。
「ゆ、ゆみり..............?」
「..............はっ、す、涼ちゃん、見ちゃダメぇっ」
ゆみりが体重計の数字を隠して見えないようにする。
「..............あー、うん.......それじゃ、次は身長いく?」
無理やり話をずらして誤魔化す。..............いや、隠される前にばっちり見ちゃったけど、ゆみりの心の平穏の為にも言わないでおこう..............
「はい、動かないで..............ん、ゆみりは151かな。」
「やった、ちょこっと伸びた。」
「良かったねゆみり。」
『身長は測る時間によって伸び縮みする』なんて野暮な事実を口にするほどぼくもバカじゃない。だってそれは、ゆみりの喜ぶ顔をかき消しちゃうから。
「ほら、次は涼ちゃんの番だよっ」
「え、ぼくはいいよ..............」
「いいからいいからっ、測らせてよ」
言われるがままに身長計に立たされて、ゆみりが背伸びしながらぼくの頭にスケールを押し付ける。
「えっと、ギリギリ166.......かな?」
ゆみりが足をプルプルさせながらなんとか目盛りを読む。
「そか、ちょっと伸びたね。」
なんて無難に返すけれど、内心少し焦っていて。
(また、大きく..............)
「いいなぁ、涼ちゃん、背が大きくて。大人っぽい。あーあ、私ももうちょっと背が大きくなれば.......」
「なんもいい事ないよ。..............大人になったって。」
不意に、そんな言葉が口をつく。
「え、涼ちゃん..............?」
「..............ああごめん、なんでもない.......」
そう笑って誤魔化すけれど、ゆみりの目は真っ直ぐで。
「..............分かった、全部話すよ。これから時間ある?」
ゆみりはそっと頷いた。