食べる。
「あら,二人とも降りてきたわね。……あら?どうしたの二人とも,顔赤いわよ?」
「いや,なんでもないっす……」
「うん,なんでもない……」
……言えるわけないじゃないか,ゆみりと,そ,その……キ…うっ,頭が……
「おや,その子かい?ゆみりの友達というのは」
向こうで新聞を広げていた男性が顔を上げる。……うわぁ,やっぱりゆみりそっくり。
「パ,パパぁ……」
あ,やっぱりパパゆみりだったのか。にしても……3人並ぶと壮観だなぁ……なんて考えてたら,
「ほらほら,そんなとこに突っ立ってないで」
と,ゆみりママに背中を押されて,どこから持ってきたのか一つだけ違う椅子に座らされる。おっ,このクッション手作りだ。
「い,いいんですか,ぼくまでご飯いただいちゃって……」
「いいのいいのっ,ごはんはみんなで食べたほうがおいしいわよっ」
「そ,そうですか……」
……ごはん自体,ぼくには美味しいとは思えないんだけどなぁ。
「むむむ?今日のカレー……」
向こうは向こうでなんか唸ってるし,ゆみり。
「……お腹でも痛いの?」
「いや,今日のカレーなんだかいつもと違うなって」
「ぎくっ」
「ぎくーっ」
ゆみりママと二人で視線をずらす。……焦げてるのなんでバレたんだろ。食べ物への執念かな。
「あーっ,やっぱりなにか失敗したんだね?」
「な,何も知らないわよー」
「ふぅん……すずちゃんは何か知ってそうだなぁ?」
「な,なーんにもー」
とりあえず誤魔化しておく。何かあるわけでもないけど。
「むむむむー,なんか怪しい」
「と,とりあえず冷めないうちに食べましょうよー」
お茶を濁しつつ,とりあえずはごはんタイムへ。
「すずちゃん,スプーン」
「ん」
ぼくの為に新品を下ろしてくれたのか,どれもピカピカしてて。食べないとなんだか申し訳なくなる。とはいえ,成長を最低限に止めようとしてきたぼくにとって,人並みの食事なんて苦行に等しい。
……とりあえず一口だけ。あむっ。……あ,甘い……
「あっ,言い忘れてたわね。うちのカレーは甘口なのよ。ゆみりが辛いの食べられないから」
「ママッ!?」
「あーなるほど」
「ち,違うのっ,それは子供の頃の話でっ」
「その割にはコップになみなみ牛乳入ってるけど」
「うぎゃーっ!?」
「こらこら,食事中は静かに」
なんてのを横目に見つつ,黙々とスプーンを進めていく。けどやはり一人前のごはんはぼくには厳しくて。…うぷ,
「どうしたのすずちゃん,ごはん進んでないよ?」
「そ,そんなことないって,大丈夫」
や,やっと半分かな……あと半分,
「あらあら,もしかして口に合わなかった?」
「いえ,そんなわけじゃっ」
……がんばれ凉,ゆみりママの為にも食べきるんだ……
その時,スプーンを握る手をがしっと握られる。
「すずちゃん。無理して食べてもおいしくないし,作った側も辛くなるわ」
「ゆ,ゆみりのお母さん……大丈夫です,食べます」
「無理しないで」
「無理なんて……」
そう言いかけた途端,突然ぼくの頭の中で襲ってくる記憶があって。
【凉,なんでご飯残すのよ!?】
【各務さん,このままではあなたの身体に悪影響が出ます】
【好き嫌いするなんて子供っぽーい】
【ずっとそうしてれば?】
【なんでそんなに嫌そうに食べるのよっ!?】
【2組の各務って子ほんと気取ってるよね,ダイエットなのか知らないけどあの子自分がモデルっぽいからってなんか勘違いしてんじゃないの?】
【食べたくないなら食べなくてよろしい】
【あんたと食べると全部泥みたいな味になるからあっち行って】
………違う,違うっ,ぼくは……ぼくは……ただ大人になりたくないだけなんだっ………
「うっ……」
記憶に負けてそっとスプーンを置く。
「すずちゃん……」
「……ぼく,実言うと」
「待って」
話し始めようとしたところでゆみりママに制止される。
「そうだな……私は向こうでテレビでも見てくるよ」
ゆみりパパは席を外してくれて,それを確認したのちにゆみりママに続きを促される。
「実はぼく,大人になるのが怖くて……だから昔っからあんまり食べないようにしてたんです。でもどれだけ食べるのを控えても身体が止まらなくて,もっと控えてってやってたらいつの間にか好きなものも苦手になって……食べること自体が嫌いになっちゃったのかな,すごく嫌そうに食べてるって周りから言われるんです……そんなつもりはないのに……」
「すずちゃん……」
おかしいよね,こんなの。わかりようもないよね,食べるのが好きなゆみり,いやほかの誰でも,食べるのが苦行なんて。
……嫌だなぁ,こんな身体。親切すらも撥ねつけちゃうし。
「……ゆみりもお部屋に行ってなさい,そうね,凉ちゃん」
ゆみりママも怒ってるのかな,自分の料理をけなされて。……帰る準備しないと,制服どこにあるんだろう,
「やだ。凉ちゃんのことだもん,ここにいる」
あ,ゆみりにも怒られるのか。……これでおしまい,かなぁ。
「……仕方ないわね」
そう言われたかと思えば,次の瞬間,
「!?」
ゆみりのママと,少し遅れてゆみりにも抱きしめられてた。
「凉ちゃん,いいこいいこ」
「ゆ,ゆみり,なにして」
「凉ちゃん……大丈夫,ここにはあなたを責める人はいないから。だから,ゆっくりでもいいわ。明日の朝になってもいいし,食べたいのなら凉ちゃんのペースでずっと食べてていいわ」
「わ,わたしも待ってるよっ。ごはんとルーが続く限りずっとおかわりして,すずちゃんと一緒に食べ終わるからっ」
「二人とも……」
「さっそくおかわりしてくるねっ」
言うが早いか炊飯器のとこまですっ飛んでいくゆみり。フタを開けてちょっと悲しそうな顔をしたけどすぐに難しい顔になって。残り少ないごはんをどう案分するか悩んでるみたい。
「ありがとう,ほんとに,みんな゛,ありがどう゛」
スプーンを再び握ったけど,目の前がぼんやりして,なんだか味もよくわからなくなって,
「……このカレー,スパイス利いてますねっ,あははっ」
つっかえていたものがすとんと落ちて,ぐぅと鳴いたぼくのお腹は,次の一口を切実に求めていた。
……もう,迷わない。




