一歩踏み出して。
言われた通りに階段を登って角を曲がると、ゆみりの部屋はすぐに見つかった。というかドアに「ゆみり」ってプレートが取り付けてあるし。
「ゆみり、入るよ」
一声断ってから開けると、
「………………」
薄暗い部屋の中でゆみりがベッドの上で体育座りしてた。壁のスイッチを押して電気をつけると、
「ゆみり、ご飯もうすぐ出来るよ」
「…………わかった、できたら行く」
……あちゃー、こりゃ完全に拗ねちゃってるや。ほっぺたが焼きすぎたお餅みたいなんだもん。
「もう、拗ねないの。そんなんだからお姉ちゃんの威厳無いんだよ? 」
「その話はもうやめて」
うっ、ゆみりからどっす黒いオーラがっ。
「……隣、いい?」
返事がないけどとりあえず真横に座る。ぎしりと軋むベッドが二人分の重みで沈み込む。
「……かわいい部屋だね」
とりあえず座ったものの、何を話せばいいのかわからなくて部屋の中を見渡す。小ぶりなクローゼットと、それより大きな本棚。中にぎっしり詰まってるのは、背の低いマンガ本ばかり。それも同じような表紙のもので、
「……少女マンガだらけだね、この部屋」
「うん……すずちゃんは、少女マンガ、キライ?」
「いや、そもそも読んだことないな」
本自体は小中の図書館にもあったけど一回も触れたことはない。何故ならそれは、そこに描かれているのは、ぼくが最もなりたくない姿だったから。手を握られて、勝手に心を鳴らして、アホみたいに夢中になって、
……下らない、なんでまたこんなことを。廊下でぶつかって、顔を覗き込まれて、文通して、家まで押しかけて、それで何が楽しいのか、それで何が変わるのか。……本当に、わからない。
「……ゆみりはさ、どうしてこんなに好きなの?」
「お、おかしいかな?」
「ああごめんっ、そういうわけじゃなくて……」
聴き方がまずかったな、これじゃ軽蔑みたいだ。
「……ぼくにはわかんないからさ、ゆみりたち【女の子】の気持ちが。だから、教えてほしいんだ」
「すずちゃん……」
ゆみりがすっくと立ちあがると、弾みでぼくがベッドにすっ転がる。ぽふっと立ち上る匂いにちょっぴし頭がクラつきながらも起き上がると、
「これね、わたしが一番好きなやつ」
本棚から引っこ抜いてきたらしいマンガが握られていて、
「目立たなくて、ふとっちょの女の子が王子様と結ばれるおはなし。これが自分のことみたいでほんとに共感できるの」
「ふぅん」
落ち着いた色合いの表紙はどこかで見たことあるように見えて、それでいて初めて見るような不思議な感じ。
「もちろん、これはわたしじゃないことはわかってるの。でも憧れてて、いつかこうなりたいってずっと思ってて」
「……ゆみり、もしかしてぼくのことをその王子様に見立ててるの?」
もしかしてぼくはゆみりの偶像?都合のいい王子様ってか?
「……うん、そうかもしれない」
「うわぁ……」
聴きたくなかったなぁ、それは。
「でも違うの。確かにすずちゃんのことはかっこいいとは思うけど、王子様とはなんか違って、その……かわいいというか……」
「な、なんだそりゃ……」
気が抜けた。か、かわいい、のか?? ぼくからしてみたらゆみりの方がずっと可愛いけどなぁ。
「その……普通の王子様ってキラキラしてて、何かするたびに胸がきゅぅんってするけど……なんだか普通の人じゃないみたいで……でもすずちゃんは触れられるし、ちゃんとそこにいるってわかるから」
「それってさ、本物の王子様には手が届かないからぼくで妥協したって風にも取れるけど?」
あ、あれ、なんでぼくはこんなことを?
「ち、違うのっ、わたしはそんなっ、」
オロオロするゆみりに、ぼくの中で全く知らない感情が湧き上がってきて、
「じゃぁさ、ぼくが王子様かどうか、試してみよっか?」
ベッドから立ち上がって壁際にゆみりを追い込む。そして壁に手を突くと、少し怯えたような目でぼくを見つめてくる。
さて、ここから先は………えっと、何すればいいんだ?
「す、すずちゃん……」
「お、王子様だってオオカミになるんだぞ……?」
あれ、これで合ってたかな?アホの茉莉花がいっつもこんな感じで口説いてたと思ったけど。
「……ぷっ、す、すずちゃん、顔真っ赤だよ?」
「う、うるせぇなっ!?」
あーもう限界っ、と突いていた手を放してそっぽ向く。
「あぁもうっ、こんなこっ恥ずかしいことさせんなよな!?」
「えー、すずちゃんの方から始めたのに?」
「いいから忘れろ。いいな?」
……やんなきゃよかった。
「と、ともかくっ、……ぼくはゆみりの王子様になる気はないからな?だって……こんなの、付いてるし、さ……」
ゆみりとくっつくのにもちょっと邪魔だし。
「だけど………その、ゆみりは、ぼくのお姫様でいてくれると、ちょっとうれしいなって……」
「すずちゃん……うん、わかった」
どっちからともなく一歩踏み出して、お互いにまっすぐ見つめあって。ごくり、と喉を鳴らすのがやけに大きく響いた気がして。差し出したゆみりの腕が視界から消えてぼくの背中へ。不思議と嫌な感じはしなくて、ボクもそっとゆみりに身を預けて。顔と顔が、お互いの熱を感じるとこまで近づいて……
「二人ともー、ごはんよ~」
静寂が切り裂かれて、慌ててお互いにぱっと離れる。
「………ど、どんな感じだった?」
「………いや、わかんない」
そもそも重なったのかすらわかんない。けど、もし、もしかして、重なってたとしたら……
「……ご、ごはんだってさ……」
「う、うん、行こうか……」
階段を降りる間、ゆみりもぼくも、立ち止まっては何度も口元を確かめていた。




