ご飯との出逢い。
ごはんごはんっと………………
お昼ご飯の載ったトレーを抱えて、空いた席を探してきょろきょろと歩き回る。………………うむぅ、やっぱし混んでるな………………お、空いてるとこあった。
「隣失礼。」
横にいる人に断ってから、椅子を引いてちょこんと座る。さてと、今日のおかずは………………!? ほうれんそうと、豆腐の和え物っ………………
やだなぁ、と視界から遠ざけて、まずはほかほかのご飯に箸をつける。………………よく噛んで、甘くなるまで………………ごくり。うん、今日も味は変わらない。
(………………にしても、毎回こんなに要らないんだけど………………)
お吸い物やご飯を持て余してつんつんと箸の先でつつく。他のみんなからしたら標準的な量なんだろうけど、少しでも成長を止めたいぼくとしては、これだって多すぎるぐらい。かと言ってほとんど残して持ってくのは、調理場の人の視線が怖い。こっそりビニール袋に落として隠してあとで捨てようとしたこともあったけれど、この混雑だと誰が見ていて告げ口するか分かったもんじゃない。しょうがないから、全部半分ぐらいは食べるんだけど………………
(でも豆腐とししゃも、お前らはダメだ)
ししゃもはカルシウムたっぷり、というのが成長したくないぼくにとっては嫌う理由だし、それに何より口の中で広がるあの味が苦手。ごはんとかで中和してやっと胃の中に押し込めるレベルのもんだ。これに限らず、鮎とか鰯とか頭からぼりぼり食べるような魚は全部嫌いだから手をつけないんだけど………………
(いいや、ご飯とお吸い物だけ食べよう)
おかずを放置して黙々と食べ進めて、カラのお椀を重ねて返しに行こうと立ち上がる。………………結局、課題のネタは思いつかなかったな。
「あ、待ってぇ」
突然後ろから聞こえてきた、のほほんとした声に歩みを止めて振り返る。
「………………何か?」
「ハンカチ落としたよっ」
はいっ、と差し出されたそれは、確かにぼくのもので。
「………………ん、ありがと」
片手で受け取ろうとして、バランスが取れなそうなのでとりあえずトレーをまた机に置く。それからハンカチを受け取ってまた行こうとすると、
「そのお魚と和え物、食べないの?」
きょとんとした様子で訊かれる。
「………………嫌いだから」
「ええっ、勿体ないよぉ。それなら私にちょうだい」
キラキラした目で見つめられて戸惑う。………………まぁいっか、確かに捨てるのは勿体ない。
「………………はい」
「わぁっ、いいの?」
「いや、そっちがちょうだいって言い出したんだろ………………」
呆れながら器を差し出すと、ニコニコしながらその中身を平らげる。その様子がなんだか可笑しくなって、
「………………美味しそうに食べるんだね」
つい、そんなことを訊いてしまう。
「うんっ、ここのご飯はみんな美味しいからっ。………………あなたはご飯美味しくないの?」
逆にきき返される。………………美味しい? そんなことは最近考えたことなかったな………………
「………………美味しくないってわけじゃないけど、あんまり食べたくないから」
そう返した途端、相手はすごく悲しそうな顔になる。………………え、なんで!?
「………………あなたもダイエットなの? こんな美味しいごはんなのに、食べないで捨てちゃうなんて………………」
「い、いや、ダイエットとは違うんだけど………………………………いや、『育ちたくない』ってとこは、ダイエットとおんなじか………………」
一人で納得する。………………そうか、ダイエットメニューを取り入れるのもありかもしれないな。
「………………私には、その気持ち分かんない。」
相手の子は、ぷいっとそっぽを向く。
「こんなに美味しいご飯なのに、無理して食べないなんて、私には分かんない。好きなものを好きなだけ食べて、やりたいことを好きなだけするのって、悪いことなのかなぁ?」
急にぼくたちの周りの空気が重苦しくなる。………………好きなことを、好きなだけ、ねぇ………………この子は色々と我慢せずにやっているみたいだけど、それだけじゃ叶わないことだってあるってことを知らないのかな?
「………………やりたいことをやりたいようにするのって、とても大変なんだよ。周りが許してくれない、ってのもあるし。」
本音からそう言うと、相手の子の視線が和らぐ。
「………………あなたも、なにかやりたいこと我慢してるの?」
「………………うん。絶対に叶わないって知ってるからこそ、諦められなくて我慢してること。」
「そう、なんだ。………………なんかごめんね、ご飯のことで攻めちゃって」
「いや、いいさ。………………いい食べっぷりも見させてもらったし。」
「た、食べっぷりって………………」
あわわ、と慌てるその様子に、少しだけ可笑しくなる。………………ぷっ、さっきまでのシリアスな空気は何だったんだよっ。
「………………また一緒にご飯食べよっか。ぼくはあんまり食べないし、その分をキミにあげる。」
「ふぇ? いいの?」
「ああ。………………やりたいことを我慢しないってこと、教えてもらったし。」
「わぁっ、ありがとぉっ♪」
うおっ、いきなり抱きついてくんなよっ!? ………………って、あったかい………………しかもふにふにして柔らかいし………………
「と、とりあえず食器片しにいきたいんだけどっ………………」
「あ、そっか。もうお昼休み終わっちゃうね。」
思い出したようにその子もトレーを持ち上げる。それから、二人並んで返却口まで歩いていく。
「ねえっ、あなたの名前は?」
「ぼく? ぼくは、各務凉。一応服飾科の一年。」
「すずちゃんかー、わたしは鳴瀬ゆみりっ。商業科の一年だから、お隣だねっ」
「あ、1-5か。」
へぇ、同級生だったんだ。なんか面白いなぁ。
「………………あ、そだ」
………………うん、この子の服なら、作ってみたいかも。
「ねぇゆみり、………………ぼくのモデルになってくれない?」
ここからは多分スピードダウンするかも。