選んだ先は。
すごく待たせてしまったようですね
「すずちゃん、こっちこっち」
ぐいぐいと袖を引っ張るゆみりを、「はいはい」となだめながらあとをついて行く。
「ほらぁ、はやくはやくっ」
「もうっ、ゆみりったら、散歩の時の犬みたい」
「ひどいっ、私わんこじゃないよおっ」
「ほらほら、そーゆーことが犬っぽいっての」
あとそんなに引っ張られるとぼくの袖が千切れるからやめて欲しいな..............
「ほら、ここ」
「おー、ほんとだ」
そこには、ゆみりサイズのから、ぼくが着られそうなサイズまで並んでいて、
(そっか、さっきのは在庫一掃のセール品コーナーだったのか)
やけに安かったもんなぁ、と一人で納得する。
「ね、すずちゃん。早く選んで? 」
「はいはい、わかってるって」
さてと.......と、とりあえずポールから一着抜き出してゆみりの身体に当ててみる。んー、なんかイマイチかな。
「うーん、なんかこれ、好きじゃない」
「あ、ゆみりもそう思う?」
遠慮がちにゆみりが切り出すと、すかさずぼくも同意する。やっぱりね。
「なら.......これでどう?」
次の服を抜き出して当ててみる。うん、お似合い。
「うーん..............ちょっと子供っぽいよぉ」
「いいんじゃないかな? ゆみりに似合うよ」
「もうっ、私子供じゃないもんっ」
「はいはい、じゃあ別のね」
似合うと思うんだけどなぁ.......しょうがないなぁ、別の選んであげるか。お、これなんてどうだろ?
「ゆみり、これは?」
「えっと.......別の色なーい?」
「んぅ..............ならこっち」
「えっと、丈がもうちょっと長いの」
「ぐぬっ、..............ならこいつ!!」
「ええっ、へんなマークがついてるっ」
「だぁぁっもうっ、それならこいつっ」
と、ハンガーラックに掛けられたハンガーを片っ端からむしり取っては手当り次第ゆみりの身体に当ててはダメ出しされる。..............ふふ、ふふふふ、こうなったらヤケだ。
「な、なら次はこいつを.......」
「す、すずちゃんっ、目が怖いよぉっ!?」
「ふふふ..............さぁゆみり、次はこれを.......」
ふふっ、なんだか楽しくなってきたぞっ♪
「え、お気に召さない? なら次はこっちを」
「わわっ、す、すずちゃん、す、ストップ、ストップぅ!?」
「..............はっ、ぼくは一体なにを.......?」
危なかった..............暴走してた。
「す、すずちゃん.....................その、申し訳ないんだけど.......ここには気に入ったの、ないみたい」
「..............え、そうなの?」
「うん..............いや、気に入ったのはあったんだけど..............サイズ合わないのばっかりで.......」
「そ、そう、なんだ.....................」
ちぇっ、なんだよもう.............必死こいてゆみりに似合いそうなの選んでたぼくがアホらしくなってくるじゃないか..............
「だから、ね? 私の服は、すずちゃんが作って? 」
「ん? そりゃもちろん作るよ、制作課題だし」
「ううん、そうじゃなくて」
ん? なら、なんだ?
「............その、これからもずっと、私の服を作って欲しいなって。.......ほら、私こんなぽっちゃりさんだから似合う服も少ないし、あっても着れないのが多いから。でも、すずちゃんに作ってもらえば、どんな好みのものでも作ってもらえるし、サイズの心配をいちいちしなくても大丈夫だから」
「ず、ずっと、って..............」
そ、それは..............ゆみりと、この後もずっと.......? 急に茹だる頭の中と耳を通り抜ける内線の呼び出しコール。
「ぼ、ぼくは、便利な仕立て屋じゃ、ないんだけどなっ」
それだけを言うのが精一杯で。僕の足が、ずんずんとゆみりを突き放す。
「あ、待ってよすずちゃんっ」
後ろからトットッと駆けてくるゆみりの足音すらも身体に響いて鬱陶しい。
「待ってよ、いきなりどこ行くの? 」
「ゆみりは気に入ったのなかったんでしょ? じゃあここにもう用はないし。なら布地屋さんに行こうと思うんだけどあいにくメジャー忘れてきちゃったから、そこのホームセンターで買ってくる。それまでフードコートででも待ってて」
「う、うん、わかった..............」
有無を言わさぬうちに言い切ると、そのまま歩いていこうとする。
「あ、待って、すずちゃんの服っ」
おっと、そうだった。財布を開いてお札を抜くとゆみりに押し付ける。
「これで払っといて、お釣りはその辺で好きなもん買って」
ぶっきらぼうに押し付けると、そこから逃げるようにホームセンターの区画まで走った。
..............はぁ、やれやれ。
ホームセンターでメジャーを探してうろちょろするけれどもなかなか見つからず、
(これでいいかな、もう)
材木用の紙メジャーばかり何本も持ってきちゃった。
(これでゆみりのこと測ったら.......千切れるかな? )
全身に紙メジャーを巻いたゆみりのことを想像して思わず吹き出したら、前にいた人に変な顔された。..............あ、メジャーあった。
とりあえずこいつを買って.......と、財布を開けて違和感を覚える。.......あれ、大きい札がな.......っ!? し、しまった..............ゆみりにさっき渡しちゃった..............
とりあえず急いで会計を済ませると、慌ててゆみりのところに戻る。.......やっべぇ、このままだとぼくの1ヶ月分のお小遣いが全部ゆみりのお腹に消えるっ!!
何人もの人とスレスレのところですれ違いながらフードコートに戻ると、
「あ、すずちゃんおかえり」
ゆみりがベンチでたい焼きを食べていた。..............お、遅かったか.......
「はい、すずちゃんのお釣り」
と、手渡された額はレシートの釣りの額面と寸分違わず、
「..............あ、お釣り全額ある.......」
「むぅ、私ネコババなんてしないよっ それにすずちゃん、こんなにお金置いてくなんて思わないもん」
「ご、ごめん、急いでたから.......」
「もう、すずちゃんのあわてんぼ。あ、たい焼きあげる」
と、横にあった箱からたい焼きを手渡してくる、へぇ、たい焼き屋がこの中にあるのか。
「お、さんきゅ」
しっぽからかじると、ぬるいあんこが口の中に.......あれ?
「これカスタードじゃん」
中から染み出してきのはあんこじゃなくて、ぬるめのカスタードだった。.......へぇ、たい焼きってあんまり食べたことないけど、こんなのもあるのか。
「あ、すずちゃんはしっぽからたい焼き食べるんだ」
さっきのを食べ終えて新しいたい焼きに手を伸ばしたゆみりが不思議そうな顔をする。
「うん、しっぽからだと、いきなり熱いあんこをほおばらなくてすむからね」
「ふーん。.......あ、すずちゃんはカスタードなんだね、一口ちょうだいっ」
言うが早いか、ゆみりはぼくのかじりかけに首を伸ばしてお腹のあたりまでをかじりとった。
「っ!?」
「うーんっ、カスタードもおいしいっ」
突然のことに目を回すぼくを横目に、ゆみりは一人で夢心地。
(..............今、かじったよね.......? ぼくが、かじったとこ.......)
半分ぐらい無くなったたい焼きとゆみりのことを交互に見比べて、ほんのりと湿ったかじり跡に目が釘付けになる。
(ゆみりの、かじったとこ..............)
心臓が乱れ打つ。ごくりと唾を飲んで、恐る恐るぼくも口をつける。中のカスタードに混ざって、ほんのりとあんこの上品な味がする。よく噛んで、意識してごくりと喉を通す。
(..............食べちゃった..............食べちゃったんだよね、ぼく..............ゆみりの、かじったとこ..............)
鼓動が全身に響いて、頭がぐわんぐわんする。頭の先からつま先まで熱くなってくのを感じて、目の前がぼおっとする。
..............ダメ、なんも考えらんない.......
「すずちゃん? 」
思わず掴んだゆみりの手。僕と違ってよくお肉のついた腕。
「ゆ、みり..............」
とろんとした目で見つめると、慌ててゆみりが距離を詰めてくる。
「ど、どうしたのすずちゃんっ!? 顔が赤いし、それになんだか熱いよっ」
「.......わかんない」
ああ、ゆみりの顔が近いなぁ.......
「なんか変だよすずちゃんっ、調子悪そうだし..............今日はもう帰ろう、ねっ?」
「.......やだ、まだここに居たい.......」
「ダメだよっ!! 具合悪いんならすぐお家帰らないとっ」
ゆみりに抱えられるようにして立たされると、そのまま出口まで引きずられていく。
.....................ぼく、どうしちゃったんだろう..............わからない。
.............たい焼きって食べるとこで性格でますよねー(遠い目)