試着室の攻防。
「す、すずちゃーん.......」
「.....................」
「す、すずちゃん? 」
「..............むすっ」
.......ふーんだ。
「す、すずちゃん.......いい加減機嫌直してよお.......」
「やだ」
即答する。.......ゆみりの、バカ.......なんでいきなり開けるのさ.......
「..............いきなりカーテン開けたのは謝るからさぁ.......機嫌直して、ね?」
「いきなり直せるかよっ」
ああもう.......ゆみりはどうしてこう、マイペースなんだ.......差し入れされた服を前に、下着一枚のまんまでぼくは頭を抱える。
..............初めての感覚だった。誰かに下着を見られて、こんなにも戸惑うの。『あの時』の前まではタンクトップ一枚で木登りとか余裕だったし、中学入ってからも別に恥ずかしいとかそういう気持ちはなかった。なのに。なのに、今、ゆみりに覗かれて、咄嗟に胸を腕で覆い隠した。ほんとに咄嗟だった。
(ぼくが、『ぼく』じゃなくなってきてる? )
ふと思いついたのは、自分の否定で。ひとつ思い出せば、次々と思い当たる節が出てくる。
(..............そうだ、誰かの前で本音を話すのも、こうやって笑うのも、.......ゆみりと出会ってからだ.......)
そうか、..............そうか、全部ゆみりのせいか。
「す、すずちゃーん.......?」
思い起こせば、ぼくはゆみりに出会ってから、「食べること」が「楽しいもの」へと変わったし、誰かのために何かをするという感覚を思い出した。.......ゆみりの、おかげなんだな。
「す、すず、ちゃん? もうお洋服着た?」
..............やれやれ、ゆみりには敵わないや..............ぼくの冷え切った心を、ほかほかの心で包んで溶かしてくれるんだもん。.....................あれ、なんだろ、目の前が.......
「すずちゃん、開けるよ.......?」
遠慮がちに開けられたカーテンの音で我に返る。
「わっ!? すずちゃん、まだはだかんぼのまんまっ!?」
「..............え? あっ.....................あっ!?」
慌てて閉められたカーテン。そう言えば下着一枚だったと思い出して、とりあえず手についた服を頭から被って袖を通す。ズボンズボン.......あった。足を通してファスナー閉めて横でホックを留めて.....................ん? なんか変だな.......足が涼しいな..............
「ん、ゆみり..............服着たよ」
「ほ、ほんとに..............?」
カーテンに首だけ突っ込んだゆみり。
「わぁっ、すずちゃん似合ってるっ」
「うん? 似合ってるって、これは朝から着てき.....................うんっ!?」
振り返って壁の姿見を眺める。.....................って、なんじゃこりゃ!?
「な、ななななななにこれっ!? 」
「なにこれって..............私が持ってきた服だよ? 」
「いやそれは分かってるけどっ!? な、なんで?」
ふと横を見ると、畳まれたまんまのぼくの服。そっか、さっき慌てて着たから.......って、今はそれどこじゃない。すぐに元の服に着替えないとっ!? 慌ててカーテンを閉めようとすると、
「あっ、まってよすずちゃんっ」
カーテンと壁の隙間に手を差し入れて邪魔するゆみり。
「なにすんだよっ、着替えるんだから閉めろよっ」
「えーっ、せっかく似合ってるのにっ」
「似合わないっ!! 似合ってもないっ!!」
こ、こんなの..............ハズいって..............
膝が半分隠れるぐらいの丈の黒のスカートに、こっそりと縁取られた白のリボン。上は落ち着いた色だけど、アクセントにチャームがついている。
「は、早く閉めろよっ」
「ダメっ 、すずちゃんだって可愛いくなろうよっ」
「ぼくは可愛くなんかっ」
言いかけてハッとする。..............可愛いって、いけないこと、なのか.......?
今までは「可愛い」なんて受け入れらんなかった。可愛いってのは、「女」の表現だから。でも..............ゆみりに「可愛い」って言われた時、実はちょっとだけ嬉しかった。「かっこいい」もいいけど、「可愛い」だって悪くないかも。
「あのさ、ゆみり」
カーテンを握る手を握り返す。
「とりあえず手を離してくれないかな? 着替えるからさ.......」
「..............気に入らなかったの? ごめん、私が無理に着せようとしたせいで.......」
「ううん」
首を横に振る。
「これ着たまんまじゃ外に行けないでしょ? だから、『一旦』着替えるね」
「じゃ、じゃあ.......」
「ありがと、ぼくのためにコーディネートしてくれて」
ゆみりが手を離したのを確認して、カーテンを端まで閉める。
(..............えへへ、『可愛い』だって)