テノヒラ。
「ねぇ各務さん、その………………なんであなた、『ぼく』なんて一人称なの? おかしくない? 」
………うるさい。
「こら各務、なんだその言葉遣いは。 お前は『女』なんだからきちんと『私』と言いなさいと何度言えば」
………………うるせぇよ。
「やだぁ、各務さんたらまだ夢見てるのかしら? クスクス」
………………うるせぇって、
「言ってんだろうがぁぁぁ」
叫びながら頭を上げると、ゴツンという鈍い音。あと、おでこに響くぐわーんとした痛み。
「い、いったーい!? なにすんのすずちゃんっ!? 」
「………………ほへ? 」
おでこを押さえながら声のした方を振り向けば、そこには同じようにおでこを押さえたゆみりの姿。あ、ちょっぴり涙目。
「………………ゆ、め………………?」
両手をにぎにぎと開いたり閉じたりを繰り返す。………………服も、大嫌いだったセーラーじゃなくて、今朝に着て出てきたまんま。
そっか、夢、だったんだ………………
「す、すずちゃん? おーい……」
目の前でゆみりが手を振る。慌てて視線を上げると、
「どうしたの、すずちゃん。 寝てる間も、すっごくうなされてたけど………………」
心配そうに見つめるゆみりのほっぺたを、両手でつまんでびろーんとのばす。
「しゅ、しゅじゅひゃっ、」
「大丈夫。 大したことじゃないから」
そう言って手を離すと、身支度を整えてベンチから立ち上がる。足の痺れももう治った。
「さ、行こうか。 早くしないと全部みておわ」
「すずちゃん 」
冷たい声。ぐっと掴まれた手首から伝わる体温もどこか冷めていて、
「………………私に隠し事してるでしょ? さっきの夢はなぁに? 」
ふわっとした声なのに、ぼくに「ノー」と言わせないような重みがあって。
「………………はぁ。分かったよ、話すよ」
再びベンチに腰を下ろして、夢の内容をつぶさに話しだす。
「さっきの夢の中身は、今までに言われた悪口の総集編詰め合わせセット。 それにいちいち反抗してたら目が覚めた」
「そ、そうだったんだ………………」
ゆみりの険が取れていく。
「………どんなこと言われたの、って聞かないんだ? 」
「そ、そんなこと……………」
「………………『ぼく』なんておかしい、ってのが大半だよ。 なんでこう、たかが一人称に対して厳しいのかねぇ………………」
ふぅっと息を吐くと、押し込んでいた感情がちょこっとだけ顔を出す。
「………………自分が『おかしい』ってことは最初っからよく分かってたし、別に何を今更って感じなんだけど………………やっぱり、みんなと同じじゃなきゃダメなのかな………………」
ぽろりと零れた不安は、横にいるゆみりが差し出した手で振り払われる。ほんのりと暖かくて、ぼくより一回り小さな手。
「ねぇゆみり………………一つ、お願いがあるんだけど」
「ん、なぁに? 」
「その………………ぼくの頭、撫でてくれない? 」
「ど、どうしたの急に………………い、いいけど………………」
少ししてから、恐る恐るぼくの頭を撫でる柔らかい手。ぼくの中の黒いものが段々と吸い取られていくようで心地いい。
「ん、ありがとゆみり」
すっかりすっきりした頭でゆみりのことを見つめる。
「すずちゃん、すっきりした? 」
「おかげさまで。 よし、じゃあ早速洋服を見に」
「えー、その前にお昼ご飯食べようよぉ」
「ダメダメ、早く選ばないと生地が買えないじゃないか」
「だってぇ」
一転して今度はゆみりが不機嫌になる。
「まだお昼には早いでしょ、ほら行こ? 」
「むぅ………………」
ふくれっ面なゆみりのことを引きずろうと力を込めると、途端にぼくのお腹が鳴く。
「ほら、すずちゃんだってお腹空いてるじゃない。 ねぇ先にご飯にしようよっ」
「………………ちぇっ、分かったよもう………………」
ぼくの方が折れた途端、ゆみりはぱぁっと顔が明るくなる。
「さ、早く行こっ」
ぐいぐいと袖を引っ張るゆみりをなだめつつ、やっとぼくらはショッピングモールへと足を向けることにした。