乗ってから。
「よっ、と」
ゆみりが椅子に腰掛けるのと同時に、バスが動き出す。よろけながらもバランスを取ろうと足を踏ん張ると、ゆみりに支えられる。
「大丈夫、すずちゃん? もうちょっと奥につめよっか?」
「ん、多分大丈夫」
バスが停まった時を見計らってゆみりの隣に滑り込むと、背もたれに深く腰を下ろす。
「ん、もうちょっとこっち来ても大丈夫だよ」
ゆみりの袖をくいくいと引っ張ると、ちょっとずつゆみりが寄ってくる。
「えっと、どこで降りるの?」
「ん、まだまだ先だよ」
とは言えゆみりも退屈そうだしなぁ………………おやつ持ってくればよかった。
「ん? ゆみり、ちょっとこっち向いて? 」
「なぁにすずちゃん?」
ん? とこっちを向いたゆみりのことを、真正面からじっと眺める。
「じー………………」
「わわわっ!? ど、どうしたのすずちゃん!?」
ゆみりの顔が赤くなっていく。
「ゆみり、目の下黒いよ? 昨日寝れなかったの?」
「ふぇ!? ………………あ、ああ、うんっ、そうなのっ!! ワクワク、しちゃって、」
やけに慌てた様子でゆみりが答える。
「そうなんだ………ふふっ、ゆみりらしいや」
「わ、私らしいって………………」
ゆみりが更に真っ赤になる。………………なんで?
「まだ着くまでに時間あるからさ、それまでゆっくり寝てれば?」
「う、うんっ、……そうする」
いそいそとトレーナーのフードをかぶると、それからちらりとぼくのことを見る。
「ん? どうしたの?」
「あ、えっと………………枕にしていい?」
「ん、構わないよ。ほら」
少し近寄ると、ゆみりが恐る恐る頭を載せる。髪からただようイチゴのシャンプーの香りが鼻をくすぐって、少しだけドキドキする。
(ゆみり、暖かい………………)
そっと頭に頬を擦り寄せると、もっと熱を感じようと肩に手を這わせて…………っとと、ぼくは何をしようとしてるんだ………………
そっと手を引っ込めて、ポケットの中の音楽プレイヤーに手を伸ばす。っと、イヤホンも忘れずに。
(……………… やっぱり、断ればよかった………………重い………………)
いくつ目かの信号を曲がったあたりで、ぼくはそう後悔した。………………ゆみりの暖かさを間近で感じられるのは嬉しいけど、流石に肩が痛くなってくる。
(ぼくが向こう行けば良かったなぁ………………)
なんてことを考えても、今更そっちに動く訳にも行かないし、………………なにより、すやすや寝息を立ててるゆみりのことを起こすのはなんだかかわいそう。
「おっと、次か。」
聞き流していたバス停のアナウンスを耳に挟むと、夢心地なゆみりを揺さぶって起こす。
「ゆみり、ゆみりっ」
「うぅん………………ほっとけーきぃ………………」
「ゆみり、もう着くから………………」
ああもうっ………寝ぼけてないで起きてよぉ…………
「ゆーみーりぃ………」
「うぅん………………あれ、すず、ちゃん?」
「すずちゃんじゃないよっ!? ほらもう降りるよ、起きてっ」
「あれ、もうついたの?」
目をこすりながらゆみりが伸びをする。
「ほら急いで、降りるよっ」
「あ、待ってよぉ」
扉が開くと同時に、ゆみりの手を強引に引いてバスを駆け下りた。