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初仕事へ


 午後八時五十五分。

 待ち合わせの時刻である九時まであとすこし。

 居住エリアの端に設けられた魔法陣に乗った俺は、図書勉学エリアに転移した。


「さて。談話室、談話室っと」


 魔法陣を降りて談話室へと向かい、その扉を押し開く。


「ん――こっちだ」


 入ってすぐ、冬馬の姿を発見できた。


「よう」


 返事をして、そちらへと足を進める。


「時間ぴったりだな。昔と違って」

「まぁ、俺ももう魔術師だからな」


 対面のソファーに腰掛けた。

 その際、机上の書類が目につく。


「それ、資料か?」

「あぁ、今回のな。ほら、見て見ろよ、これ」


 手渡された資料に目を通してみる。

 すると、そこには気になる言葉が綴られていた。


「卵? 卵って、幻怪の卵ってことか?」

「あぁ、妙な話だろ?」


 たしかに妙だ。

 幻怪の出現は生命の法則に則らない。

 降って湧いたように現れ、死ねば霞のように消えていく。

 こんな真っ当な生物のような産まれ方はしないはず。


「それ、俺が書いたレポートなんだけどな。はじめて見たときはびっくりしたぜ」

「道路のど真ん中に複数の魚卵のような物体を発見……接近の際に一斉に孵化 二つの頭を持つ獣型の幻怪が大量発生 うち一体を捕獲、その他は殲滅か」


 二つの頭。

 双頭の幻怪。

 情報統括エリアで俺が地面に叩きつけた、あの幻怪か。


「それで、どうやら各地で似たようなことが起こっているみたいなんだ」

「各地で新種が? 同時期に?」

「あぁ。新種の幻怪なんて滅多に出ないって言うのにだ」


 幻怪は、生物に例えるならシーラカンスだ。

 昔からその姿をほとんど変えていない。

 新種が出ることなど稀で、そのほぼすべてが突然変異による単一個体だ。

 だが、今回の新種はわけが違う。

 一度に大量発生し、その産まれ方すら通常の幻怪とは異なっている。


「だから、もっとサンプルがほしいってことで、仕事として新種の捕獲が俺に依頼されたんだ」

「なるほどな」


 冬馬は一度、新種を捕獲しているし、妥当な判断だ。


「お陰で、もともと双也と行こうと思ってた仕事はおじゃんになった」

「そうなのか? まぁ、優先度を考えればな」


 新種の対処には細心の注意が必要だ。

 なにせ、相手がなにをしてくるか、なにもわからないのだから。

 姿が変わらないということは、対処法が変わらないということ。

 これまで積み上げてきた対処法が通じない新種には、それなりの危険が伴う。

 冬馬が俺に声を掛けていたのは、ある意味では幸いだったのかもな。

 一人より、二人いたほうが緊急時の対処の仕方に幅が広がる。


「そんなわけだ。危険な仕事になるが受けてくれるか?」

「あぁ、もちろん。それに魔術師になって初めての仕事なんだ。びびって断ったじゃ、格好がつかないだろ?」

「ははっ、そうだな。たしかにそうだ」


 そう言いながら、冬馬は書類を片付ける。


「よし、じゃあ行こうか」

「あぁ。気合い入れていこう」


 冬馬が立ち上がり、俺もその後につづく。


「あ、そうだ」

「どうかしたのか? 双也」

「あぁ、言い忘れてたことがある」


 不思議そうな顔をした冬馬に告げる。


「俺、開花したんだ。魔力」


 そう言った瞬間。


「――な、なにー!?」


 冬馬の驚愕した声が、談話室に轟いたのだった。


「――もうすぐ目的地だぞ」


 談話室を出た俺たちは、その足で地上へと向かった。

 地上に出てすぐ、高く跳躍して建物の屋根に失敬する。

 屋根から屋根へと飛び移りながら、目的地までの最短距離をいくためだ。

 しかし、早々に出鼻を挫くような出来事が発生してしまう。


「げっ、魔術道具の魔力が切れそう」


 音がすると思って確認したら、魔力切れの予告音だった。


「魔術道具って、認識阻害のか?」

「あぁ」


 認識阻害は魔術師にとって重要な魔術だ。

 人知れず幻怪と戦うには、一般人の認識を阻害して欺くほかにない。

 まだ簡単な魔術しか使えない俺にとって、この魔術道具は頼みの綱なのだけれど。


「出るまえに、たらふく食わせたはずなんだがな。魔力」


 この魔術道具は大気中の魔力を利用する機構がないタイプのもの。

 だから、もともと稼働時間は短いほうだったけれど、このはやさは異常だ。

 どうやら、故障してしまったらしい。


「異世界の魔力って奴か。相性が悪いのかもな。どれ、かしてみ?」


 屋根の上を走りながら、魔術道具を投げ渡す。

 それを難なく受け取った冬馬は、それに自身の魔力を流し込んだ。


「ほら、これでどうだ?」


 投げ渡されたそれを受け取って確認する。

 魔術道具は魔力で満たされていて、減り方も正常だ。

 つまり故障ではなかった、ということか。


「かなり信憑性が増したな。異世界の魔力が相性悪い説」

「だとしたら、既存の汎用魔術も合わないかもな」

「うーむ」


 だが、汚れを綺麗にするような簡単な魔術なら、問題なく発動している。

 もしかして構築式が複雑になるほど異世界の魔力との相性が悪くなる、とか。

 まだ仮説に過ぎないけれど、あとで確かめてみる必要がありそうだ。


「まぁ、その時はその時だ。ダメなら自分で構築式を造ってやるさ」

「おっ、その手があったか。自分で造れば最適な構築式が描けるし、それがいいかもな」


 そんな話をしつつ、屋根から屋根へと飛び移り続ける。


「――っと、たしかこの辺だったはず」


 目的地付近に到着し、俺たちは足を止めた。

 場所は人気のない街のすみのほう。

 寂れた廃工場が建ちならぶ、活気のない工業地域だ。


「今のうちに役割を確認しておこう。俺が捕獲役で、双也が――」

「その護衛。捕獲中は俺が守るから、大船に乗ったつもりでいてくれ」

「頼もしい限りだな。よし、下に降りよう」


 最終確認も済み、俺たちは屋根から飛び降りた。

 そして俺にとっての初仕事が幕を開ける。


「斥候の話だとこの近くに例の魚卵があるらしい」

「魚卵なぁ……」

「どうした?」

「いや、メチャクチャだなって」


 周囲の警戒をしつつ、足を進めていく。


「魚卵から獣が孵化するなんてさ」

「それは俺も思っていた。でも、実際に俺の目の前で奴らは孵化したんだ」

「べつに疑ってる訳じゃないって。ただこの新種はどこか可笑しい気がするんだよ」


 卵から孵る獣。

 産まれ方が違う幻怪。

 従来の幻怪と違って、かなり異質だ。


「――っと、あったぞ」


 先行していた冬馬が魚卵を発見する。

 場所は一つの寂れた工場内だ。

 無人のようで明かりはなく、外壁は朽ちて錆びている。

 とりあえず、一般人はいなさそうだ。


「ぞくぞくと孵ってるな」


 工場内のすみに固まっている魚卵は、すでに孵化が始まっていた。

 魚卵特有の卵殻のない膜を爪が引き裂いて、双頭の幻怪は孵っている。


「出来れば魚卵も確保してほしいって話だったけど」

「無理だな。あのペースじゃ、冬馬が捕獲している間に孵っちまう」


 大人しく、孵った双頭の幻怪を捕まえるとしよう。


「よし。じゃあ、護衛は頼んだぞ」

「任せろ。指一本触れさせない」


 互いに拳を付き合わせ、臨戦態勢に入る。


「行くぞ」

「おう」


 そして、工場内へと踏み込んだ。

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