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観光ツアー


 網走冬馬あばしりとうま、魔術学校の初等部にいた頃の旧友だ。

 魔力のない俺は中等部に上がれず、そのまま疎遠となっていたけれど。

 たったいま再会した。


「久しぶりだな。何年ぶりだ? 双也と会うのは」

「さぁ、憶えてないくらいだ。元気してたか? 冬馬」

「もちろん。そっちも元気そうだな」


 久方ぶりにみた旧友は、昔と変わっていなかった。

 まるで長い空白の期間がなかったかのように、自然と接することができる。

 こんな日が来るなんて、子供のころには思えなかったな。


「聞いてるぞ、双也の噂。剣技で幻怪を捕らえられるんだって? 凄いじゃないか。幻刀斎げんとうさいなんて異名までついてさ」

「まぁ……な。すっげー苦労したけど、ようやく魔術師になれたよ」

「おめでとう、双也」

「ありがとさん」


 流石に、今度は笑顔で答えられた。


「それはそうと……」


 そう軽く話をしていると、冬馬の目がふと俺の背後へと向けられる。

 視線の先にいるのは、百合とリズだった。


「おいおいおい。あの子は誰だ?」


 急に肩に手を回した冬馬は、二人に背を向けて声を潜める。

 誰だ? と聞くからには、リズのことだろう。 

 百合とは面識があるはずだしな。


「リズのことなら、ちょっと事情があって一緒にいるんだよ」

「へぇー、あんな可愛い子と、それに花裂まで一緒か。両手に花で羨ましいなぁー! この野郎」

「うわっ、ばかっ、止めろって。首が絞まる」


 するりと冬馬の腕から抜け出て、すこし距離をとる。

 危うくヘッドロックを決められるところだった。

 そういうところも昔となにひとつ変わっていないな。

 いや、腕力は随分と強くなったみたいだけれど。


「まったく。久々にあったと思ったらこれだ」

「はっはー、悪い悪い。昔の友達に再会できたと思うとな。ちょっとはしゃぎすぎたか」

「いいよ、別に。数年まえに嫌ってほど経験したからな。もう慣れた」

「流石は双也だ。人間が出来てるな。よっ、日本一!」

「調子のいい奴だな、ほんと」


 だが、まぁ、旧友とこうして会えたことは喜ばしいことだ。

 今日はよく昔のことを思い出して、懐かしい気分になる。

 こんな風に落ち着いて喜べるのは久々だ。


「そういや、急がなくていいのか? その新種、届けにいくんだろ?」


 たしか幻怪研究エリアは第二階層だったか。


「あっ、いっけね。そうだった。急がないと。じゃあな、双也」

「あぁ、今度は逃がすなよ」

「わかってる」


 幻怪を封じた結界を大事に抱えて、冬馬は走り去っていく。

 それを見送っていると、不意にその歩みが止まる。

 何事かと思えば、次ぎの瞬間には踵を返して戻ってきた。


「そうだ。魔術師になったってことは、ここに住むんだろ?」

「住む? あぁ、そう言えば……」


 正式な魔術師となれば、この支部にある第五階層に住むことができる。

 そのことがすっかりと頭から抜け落ちていた。


「たぶん、そうなると思う」


 いま住んでいるアパートは、とにかく古くてボロボロだ。

 雨漏りはするし、すきま風は入るし、壁は薄いし、夏は暑くて冬は寒い。

 この支部に住めるのなら、是非ともそうしたいところだ。


「じゃあ、決まったら部屋番号、教えてくれな。あと、今夜空いてるか?」

「今夜? あぁ、特に予定はないけど」

「なら、一緒に仕事いこうぜ。ちょうど一人じゃ不安な仕事があるんだ。双也となら、安心して組めると思うんだ」

「なるほど……」


 せっかく再会できたんだし、このまま一緒に仕事をするのも悪くない。

 この数年で冬馬がどれだけ強くなったのか知れる良い機会だしな。


「わかった。詳しい内容はまた夜に聞かせてくれ」

「了解。じゃあ夜の九時に四階層の談話室に集合ってことで。じゃ、またな」


 そう、早口に言って、再び冬馬は去って行く。

 その名の通り、馬のように逞しく駆けていった。


「――どんな話してたの? 網走くんと」


 冬馬の姿が見えなくなると、入れ替わるように百合が側にくる。


「今夜、一緒に仕事をしようって話」

「ふーん。男の子の友情って長続きするんだね」

「女の子は違うのか?」

「時と場合に寄ります」


 物事の大抵はそれに集束するんだけれどな。


「あと、ここに住むのかって話だ」

「あっ、そうか。そうだよね。双也ももう正式な魔術師だし、ここに住めるんだ。たしか協議が終わるまでリズちゃんもここに住んでいいって話だったし」

「なら、決まりだな」


 渡りに船だ。

 同じ場所に住めるなら、リズの助けにもなりやすい。

 ボロアパートにはおさらばして、新居に移住するとしよう。


「まだ新先さんいるかな。ちょっと話してくる」

「うん。じゃあ、リズちゃんと待ってるね」


 ひとっ走りして窓口へと戻ると、幸いにも新先さんはそこにいた。

 住居についての話をすると、すぐに手配をしてくれるとのこと。

 新先さんには世話になりっぱなしで頭が上がらない。


「――あっ、双也さんっ」

「悪い、待たせたな」


 話を終えて二人のもとへと戻ってくる。

 一番に声を掛けてくれたリズは、どこか嬉しそうだった。

 俺に会えたから、って訳じゃあなさそうだけれど。


「なんの話をしてたんだ? 随分と、嬉しそうだけど」

「か、顔に出てしまっていましたか? は、恥ずかしいです」

「双也が戻ってきたら、この支部をすこし案内しようって話」

「なるほど、それでか」


 よほど、楽しみだったみたいだな。

 道理で俺の姿をみて声が弾むわけだ。

 ようやく支部を見て回れるってことだしな。


「じゃ、案内は頼んだぞ、百合」

「うん、任せて。ほら、リズちゃん」

「はい。行きましょう!」


 百合が先行し、そのあとにリズが続く。

 その姿を眺めながら、俺も二人を追いかけた。


「――ここが第二階層、幻怪研究エリア」


 第一階層。

 情報統括エリアから階段を下ってすぐの階層に俺たちは足を踏み入れる。

 非常に長く緩やかな階段を下りながら幻怪研究エリアを眺めた。


「ここで幻怪の解明とか、対処法の確立とか、魔術師に必要な知識を得ているの」

「なるほどー……」


 外気をなるべく遮断するために、このエリアには幾つもの壁が存在する。

 よってここから見えるのは壁と、その前にある結界に封じられた何体もの幻怪くらいだ。

 あれらは壁の内側へと運び込まれ、研究者の手によって解析がなされる。

 内部構造は関係者以外には知らされていない、とのこと。

 なんとなく、怪しさを感じるエリアだ。


「次ぎ、いくよ」


 階段をそのまま下り続け、次ぎの階層へと向かう。


「――ここが第三階層、修練場エリア」


 第三階層に広がるのは、あらゆる自然の集合体だ。


「わぁ……」


 波打つ海。起伏のある山。緑生い茂る森。建築物が乱立する街。

 それらを縮小したものが、このエリアには詰め込まれている。

 自然模型の幾つかを、合体させたような場所だ。


「絶景だなー」

「そ、双也さん。空っ、空がありますっ!」

「ほんとだ、すごいな。ここ地下なのに」


 それを言えば、海や山がある時点で可笑しいのだけれど。


「多種多様な戦場に適応するため、らしいよ。だから一つのエリアに、押し込めるだけ押し込んであるの」

「合理的なんだか、そうじゃないんだか」


 十徳ナイフみたいなものだろうか?

 でも多機能性を突き詰めると、返って使いづらくなるのが世の常だけれどな。

 最近の電子レンジとか対象項目が多すぎて、いつもあたため強で済ませている。

 俺が物臭なだけだろうか?


「ほら、次ぎにいくよ」


 魔術組合第七十二支部観光ツアーは、まだ続く。


「ここが第四階層、図書勉学エリア」


 そこは所狭しと書籍が並べられた場所だった。

 無数にある本棚に書籍の背表紙が、ぎっしりと詰まっている。

 隅のほうには落ち着いた雰囲気の談話室が。

 その対面には黒板が備え付けられた教室のようなスペースもある。


「ここで本を読んだり、専門の魔術師から教義を受けたりできるの」

「それはこの世界の歴史も学べるのでしょうか?」

「うん。関連書籍は数え切れないくらいあるし、なんなら私が教えてあげよっか?」

「いいんですか? 是非、お願いしますっ!」


 この国と言わず、世界と言うあたり。

 リズの覚悟が垣間見える。

 この世界で生きていくと、そう腹をくくった発言だ。

 その言葉を後悔させないようにしたいものだな。


「次で最後」


 そうして俺たちは最後の階段を下る。


「ここが第五階層、居住エリアだよ」


 そこはイメージしていたものとは、かなり違っていた。


「監獄みたいなのを想像してたけど、案外そうでもないんだな」


 地面は石畳で敷き詰められ、中心には噴水とベンチが設けられている。

 他にもテニスやバスケットのコートがあったり、他にも身体を動かせるスペースが多く備えられていた。


「あの、先ほどから気になっていたのですが」


 階段を下り終えて石畳の地面に足を下ろしたころ。

 小首を傾げたリズが問う。


「どこに住居があるのでしょうか?」

「どこって、目の前にあるでしょ?」

「目の前……この、扉ですか? 見たところ、扉しかありませんけれど」


 リズが戸惑うのも無理はない。

 この居住エリアには部屋らしい部屋はない。

 あるのは規則正しく並んだ扉のみ。


「百聞は一見にしかずってね。ちょうど良いから、私の部屋に案内してあげる」


 そう言って、百合は歩き出す。

 リズは不可解に思いながらも、その後に付いていった。


「――ここが私の部屋」


 そして、一枚の扉のまえにたどり着く。


「ここにこのライセンスを使うと……」


 カードキーを使うように、百合はライセンスを扉に翳す。


「ほら、扉の向こうに部屋が現れましたとさ」

「わぁ……」


 扉は自動的に開かれ、その先の空間へと繋がった。

 敷居を跨げば、そこはすでに百合の部屋である。


「凄いでしょ? 魔術で空間に干渉して一部屋分のスペースを確保してるの」

「はい。とても、とっても、驚きました」


 このエリアに扉だけが並べられている理由。

 それは扉しか必要がないからである。


「これ、裏から見たらどうなるんだ?」


 ふとした好奇心で扉の後ろに回ってみる。


「へー、こうなってるのか」


 そう関心していると。


「あっ、見つけたっス。渡世さーん」


 不意に声を掛けられる。

 そちらに目を向けてみると、若先さんがいた。


「部屋の手配が整いましたので、その報告に」

「どうも、わざわざありがとう御座います」

「いえいえ、これも仕事っスから。えーっと、場所ですけど……あぁ、ちょうどその隣っスね」

「隣?」


 新先さんが指さした扉は、ちょうど百合の部屋の隣だった。


「それで、その隣がリズさんの仮住まいになります」


 そのまた隣を新先さんは指さす。

 俺たち三人は思わず顔を見合わせた。


「こんなことある?」

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