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魔術師


「ここが……魔術組合、ですか?」


 古ぼけた書店のまえにして、リズは戸惑う。

 イメージしていた造形との差違が、激しすぎたためだろう。

 俺も最初に知らされたときは、そういう反応をしたものだ。


「ここは玄関口だ。本命はこの下にある」


 そう言って、足下を指さす。


「景観に融け込むためのもの、ということでしょうか?」

「そういうこと」


 営業しているかどうかすら、定かではないほど朽ち果てた書店。

 店頭に並んだ商品は雨ざらしであり、ひび割れるほど乾いている。

 まともな照明などなく、店内はいつも薄暗くて近寄りがたい。

 俺が子供のころから、ここはこうだった。

 まことしやかに幽霊の本屋さんだと、面白可笑しく言っていた記憶がある。


「失礼します」


 本屋の敷居を跨いで、薄暗い店内に足を踏み入れた。

 埃とカビの匂いに若干、顔をしかめつつ奥のほうまで足を進める。

 すると、暗がりに輪郭が浮かび上がり、一人の女性が姿を現した。


「先ほど連絡した渡世です」

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 抑揚のない平坦な声で言葉を紡いだ彼女は、俺たちを隠し通路へと案内した。

 決して一般人の目に触れることのない、地下へと続く通路。

 一段一段と下っていき、魔術組合の支部にたどり着く。


「なんと……地下にこのような空間が」


 降り立ったのは、第一階層である情報統括エリア。

 地下に儲けられた広々とした空間の中心には、巨大な結晶が配置されている。

 魔術的価値のある結晶を媒介として、ここの魔術師たちは日々業務に励んでいる。

 情報の統制、伝達、整頓、検索、削除。

 日本各地にある結晶同士で連絡を取り合うことも可能らしい。


「いつ来ても、アクアリウムみてるみたいだな」

「ここでだけは働きたくないって感じだね」


 魔術組合の支部は、とても重要な拠点だ。

 それゆえに、ここに所属した魔術師の日々は多忙を極める。

 まるで働き蟻のごとき生活を強いられてしまう。


「こちらへ」


 案内にしたがって、俺たちは窓口へと通された。

 そこで待つように言われ、しばらくして担当の人間が現れる。


「いやー、どうもっス。お待たせしてすみませんー」


 俺の担当である新先あらさきさんは、いつも通りの軽い口調だった。

 しかも、かなり若い。

 若いと行っても、俺たちよりは大人だけれど。

 最初はどんな頑固爺、屁理屈婆が担当になるのかとびくびくしたものだ。

 出てきたのが新先さんで、呆気に取られたをよく憶えている。


「えーっと、用件はたしか……あぁ、渡世さんの研修期間終了の報告と、人物評の更新。あとは……戸籍の発行……えーっと」


 新先さんは視線をこちらへと向かわせる。


「そちらの金髪の方が、エリザベス・フリーデ・ロンドミールさん、でよろしいですか?」

「はい。私がエリザベスです」

「……渡世さんが異世界に召喚され、それを花裂さんが再召喚。その際にロンドミールさんが一緒にこちらの世界に来てしまった、と。なるほど、なるほど」


 資料を読み上げながら、一つ一つ噛み砕いていく。


「異世界に召喚されたことで渡世さんの体質に変化が起こり、魔力が開花したとあるっスけど。事実ですか?」

「はい。魔力の性質も、だから異世界のものに寄ってしまったみたいで」

「ふむふむ。では、人物評はそのように更新っと」


 新先さんは手元の小結晶に触れて魔力を流す。

 それに反応した小結晶は光を放ち、一筋となって背後の大結晶へと繋がった。

 この一連の作業で、大結晶にある情報を書き換えている。

 ついでに研修期間終了の情報も、大結晶に伝わったかな。


「では、戸籍関係の書類をお渡ししますっス」


 そうして新先さんから、大量の書類を手渡される。

 戸籍発行が簡単にできるとは思っていなかったけれど。

 この物量は骨が折れそうだ。


「文字は翻訳魔術の天敵っスからねー。どちらが代筆しますか?」


 俺の表情を見てか、新先さんが気を利かせてそう言ってくれた。

 召喚陣には、基本的に翻訳魔術が組み込まれている。

 召喚した生物と意思疎通が取れなければ意味がないからだ。

 使い魔召喚をベースとした召喚陣にも、当然ながらそれは組み込まれている。

 しかし世の中、それほど万能ではない。

 翻訳魔法の管轄はあくまで言葉が通じる程度。

 その影響は文字にまでは至らない。


「しようがない。俺が頑張って終わらせるか」

「私も半分、手伝うよ。そのほうが速く終わるし」

「手間をかけてすみません……」

「いいよ、いいよ。必要なことなんだから。それにリズちゃんには、いっぱい質問することになるから。覚悟しててよね」

「は、はいっ。頑張ります」


 それから手分けして書類作成に取りかかった。

 リズに幾つもの質問を投げかけ、その答えで空欄を埋めていく。

 代わる代わる質問され、リズはあたふたとしていたけれど。

 終盤になってくると慣れたようで、すらすらと質問に答えられていた。

 その頑張りの甲斐あって、書類作成は滞りなく進み、意外とはやくに終了する。


「お疲れ様でしたっス。これで問題ないとはずですけど、恐らく協議に時間がかかると思いますので。気長にお待ちくださいっス」


 しかし、物凄い物量だった。

 しばらくは文字を書きたくないな。


「あとは……これっスね」


 そう言って新先さんが取り出したのは、一つのカードだった。


「これが渡世さんのライセンスカードっス。これを受け取った瞬間、渡世さんは魔術師として正式に認められることになります」


 ついに、この時がきた。


「では、どうぞ」

「は、はい」


 両手で差し出されたそれを、両手を受け取る。

 手元に引き寄せたそれが、俺の長年の夢を叶えたという証。


「おめでとう。双也」

「おめでとう御座います、双也さん」

「おめでとうっス。渡世さん」

「……ありがとう、みんな」


 これでようやく、俺は魔術師になれた。

 この時、この瞬間、これまでのすべてが報われたような気がした。

 とても長くて苦しくて、挫けてしまいそうなことだって何度もあった。

 けれど、それでも諦めなくてよかった。

 そんな思いが、胸の奥から溢れ出してくる。


「では、これで」

「はい。ありがとう御座いました」


 そう言って席を立つ。

 溢れてくるものを、堪えながら。


「よかったね、双也」

「あぁ、本当によかったよ」


 立ち上がって、すこし歩いて、気分が落ち着いた。

 格好の悪いところを二人に見せずに済んだようだ。

 まだ油断すると視界が霞みそうになるけれど。


「じゃあ、このあとどうしよっか? リズちゃんはどうしたい?」

「そう……ですね。うーん」


 そんな俺を察してか、百合はリズと話はじめる。

 出来た幼馴染みをもって、嬉しい限りだ。


「ん――」


 そんな中、ふと立ち止まる。


「あれ、どうしたの? 双也」

「いや。なんか、騒がしいなって。あそこ」


 階段は目前といったところで、妙な光景を目にした。

 人だかりが出来ていて、誰かがなにかを喚いている。

 いま。何かが人混みから飛び出した。


「――捕まえてくれ! 新種が逃げ出した!」


 人混みから飛び出したもの。

 それは壁に貼り付くと地面へと飛び、そのまま人混みを駆け抜ける。

 進行方向はこちら。恐らくは、俺たちの背後にある出口。

 新種と言っていたか。

 たしかに見たこともない。頭が二つもある獣の幻怪なんて。


「しようがない」


 立ちはだかるようにして、幻怪の進路を妨害する。


「双也」

「いい。俺がやる」


 幻怪は駆け抜けて肉薄し、牙を剥いて迫る。

 剥き出しとなった鋭利なそれが、この喉元へと向かう。

 だが、それよりも先に魔力を帯びた手が、幻怪の二つの頭蓋を掴み取る。

 そして。


「ほら、よっと」


 地面へと叩き付けた。


「Ga……gg……」


 幻怪にも生物における脳の役割をもつ器官がある。

 いまの衝撃でそれが揺れ、身体はばたばたと動くばかり。

 二つあるから、効果も二倍だ。

 抵抗らしい抵抗は、できずにいた。


「おおー」


 周囲の魔術師から声があがる。

 正直そんなことは良いから、縛るものを持ってきてほしいんだけれど。


「――悪い、助かった。迷惑かけてすまないな」


 幻怪の頭を押さえつけていると、先ほど叫んでいた人物が駆け寄ってくる。


「礼はいいから、はやくこいつを大人しくさせてくれ」

「あぁ、ちょっと待ってくれ」


 彼の手によって幻怪は、再び拘束されて捕らえられた。

 魔術で編まれた縄で縛り上げられ、正方形の結界に閉じ込められる。


「ありがとう。お陰でどやされずに――あれ? もしかして」

「うん? あれ……」


 そうして、俺ははじめて彼の顔をはっきりと見た。

 どこか見覚えのある。

 記憶にある旧友の面影を感じる。

 彼は。


「冬馬、か?」

「やっぱり、双也か」


 俺は思い掛けず、旧友と再会した。

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