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魔術組合へ


 一夜明けて、三月十日。

 昨晩は花裂家の世話になり、朝食にありついていた。


「どう? この国の料理は?」


 私服姿の百合が、パジャマ姿のエリザベスに問う。


「はい。とっても美味しいですっ」


 スプーンとフォークを器用に使い、エリザベスは和食を食べている。

 どうやら口にあったようで、食生活に問題は生じなさそうだ。

 とは言え、故郷の味は恋しくなるもの。

 出来れば、色んな国の料理を食べさせてあげたい。

 地球上には百九十六もの国がある。

 どれか一つくらい、異世界の食文化と似たものがあるだろう。


「これを食べたら、魔術組合にいくんだよね?」

「あぁ。エリザベスのことと、ついでに俺の研修期間終了報告もな」

「あ、そっか。それもあったっけ」

「おい」

「冗談だって」


 百合はいつもの調子だった。

 昨日の何とも形容しがたい空気感は綺麗さっぱりなくなっている。

 俺も切り替えていくとしよう。


「魔術組合……どのような所なのですか?」

「そうだな。なんて言うか、第一階層は忙しないところって感じだな」

「だね。いつ行っても人があっちこっち走り回ってる印象」

「第一階層……ですか?」

「まぁ、行ってみればわかるさ」


 多少の談笑を交えつつ、朝食を取り終える。

 あとは各自、出発の準備を整えていく。

 とは言え、俺はなにもすることがないのだけれど。


「ゆ、勇者様」


 一人することもなく、玄関先で呆けていると声が掛かる。

 そちらに目を向けてみると、現代風の衣服を身に纏うエリザベスの姿があった。

 エリザベスは恥じらうように問う。


「どうでしょうか? に、似合っていますか?」


 白を基調とした清楚な印象の洋服。

 この現実世界で、この日本で、格調高いドレスは嫌でも目立つ。

 京都で舞妓になりたがるような外国人観光客でもしない格好だ。

 これが違和感なく通用するのは、極めて限定的な局所のみ。

 ゆえに、百合の衣服を貸してもらったのだろう。


「よく似合ってる。すっかりこっちの世界の住人だな」


 白の衣服に金の髪がよく映えている。

 本人は丈の短いスカートに慣れないのか、しきりに気にしているようだけれど。


「えへへ。すこし恥ずかしいですけど、嬉しいです。これで私も格好だけですが、この世界の住人になれたのですね」

「そうだな。あとは、文字の読み書き。常識。紙幣価値。交通ルール。法律関係。価値基準。礼儀作法に……その他もろもろだな」

「うぅ……先は長そうです」


 千里の道も一歩から。

 一歩一歩、確実に前へ進んでいけばいい。

 そうすれば、いずれはこの世界にも馴染めるだろう。

 それまでは俺たちが助ければいい。


「あっ、もう玄関に行ってたんだ」


 遅れて百合も玄関にくる。


「どう? エリザベスちゃん。かわいいでしょ?」

「あぁ、そりゃあもう。びっくりするほどな」

「も、もうっ、からかわないでくださいっ!」


 面と向かって褒められたのが恥ずかしいのか。

 顔を真っ赤にしてエリザベスは視線を逸らした。

 俺たちはそれを可笑しく思いながら、花裂家をあとにする。

 三月も十日を過ぎたというのに、今朝はひどく冷えていた。

 吐いた息が白く色づくほど気温が低い。


「はぁー……」


 エリザベスも、寒さが堪えるのか。

 しきりに指先へと息を吐いている。


「はぁー……はぁー……はぁー」


 というか、流石に吐きすぎじゃあないか?


「エリザベスちゃん。もしかして冬は初めて?」

「はい。私の国は常に一定の気温に保たれていましたから。寒い気候の国では、息が白く色づくというのは、本当のことだったのですね。はぁー……」


 もしや、息が白くなるのが面白かっただけ?

 まぁ、海外では雪が降っただけで大喜びする外国人もいたりする。

 国内でも、そういう人は一定数いるけれど。

 とにかく、エリザベスのこの反応も自然なものなんだろう。


「楽しそうで何よりだな」


 異世界の姫君ということで、忘れてしまいがちだけれど。

 本来なら、まだ蝶よ花よと大切に育てられる時期の年齢だ。

 王室なら、なおさら。

 こうした無邪気な姿を見ると、エリザベスが天涯孤独という現実が嫌になる。

 だから、せめて、出来る限りエリザベスの隣にいよう。親しい関係でいよう。

 孤独に苛まれないよう、寂しくないよう。


「んー……」


 そんなことを考えていると、ふと思い立って思案する。


「どうかした? 双也」

「いや。エリザベス、だとちょっと長いかと思ってさ」

「長いって? あぁ、名前の響きってことね」

「響き、ですか?」


 エリザベスは、きょとんとした表情を造った。


「まぁ、これは感覚の問題だけど。この国の人は短い名前が多いんだ。二文字とか三文字とか」

「私は百合で二文字」

「俺は双也で三文字ってな具合だ。もちろん、例外も沢山あるけど傾向としてな。だから、愛称でも考えてみようと思って」


 とうの本人が嫌と言うなら、無理強いはしないけれど。


「愛称……勇者様がつけてくださるのですか?」

「そのつもりだけど」

「私、とっても嬉しいです! 是非、お願いしますっ」


 意外と乗り気だった。


「んー……そうだな」


 エリザベスの愛称は、たしかいくつかあったはずだけれど。

 エリーザ。エルザ。エリーゼ。リーザ。ベティー。ベス。イザベル、イザベラもたしか愛称だっけ。こうして候補を列挙してみると、選択肢が多すぎて困るな。

 でも、エリザベスのイメージ的に考えてみると。


「――よし、決めた」


 エリザベスと向かいあって、その名を告げる。


「リズ。リズに決めた」

「リズ……それが私の新しい……名前なのですね」


 復唱し、自身の深いところにその名を落とし込んでいく。


「気に入ってくれたか?」

「はいっ、とっても! ありがとうございます、勇者様!」


 名前が変われば、自分も変われるかも知れない。

 変わり果てた環境に対応するため、適応するため、エリザベスは――リズは自身が変わるための切っ掛けを探していたのかも知れない。

 それが今回の愛称付けだった。

 このことで少しでも、リズの心境が安らぐといいけれど。


「じゃあ、私もこれからリズちゃんって呼ぶね」

「はいっ、よろしくお願いします。百合さん」


 百合とリズは気が合うようで、昨日の段階でかなり打ち解けていた。

 こちらの世界で同性の友人が早々にできたことは、非常に喜ばしいことだ。

 男では理解できないことや、話しづらいこともあるだろうしな。


「――そうだ。俺のことも名前で呼んでくれないか? 勇者様、じゃなくてさ」

「勇者様を、ですか?」


 勇者様と言われて、悪い気はしないけれど。

 今後、ずっとその呼び方だと色々と弊害が出てくる。


「まぁ、ずっと勇者様だと周りの目が大変なことになるしね」

「大変なこと、ですか?」

「外国人に変な日本語を教えて自分を勇者様と呼ばせる変態野郎、とか」

「言い方!」

「例え話だって」


 まったく。

 だが、百合の言葉には一理ある。というか、理しかない。

 もし本当にそういう風に思われたら、目も当てられない。


「そう……ですよね。では、こほんっ」


 リズは、そう小さく咳をして口にする。


「そ、双也さんっ」


 顔を赤らめ、胸のまえで手を組み、恥じらいながら名前を呼ぶ。

 なかなかどうして、ぐっとくる呼び方だった。


「その調子だ、リズ」

「えへへ。なんだか、照れてしまいますね」


 新しい名前。新しい呼び方。

 その二つを引っさげて、俺たちは足を進めていく。

 魔術組合はすぐそこだ。

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