表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/17

契約


 俺たちは百合の実家、花裂はなさき家の敷居を跨いだ。

 玄関にて靴を脱いで奥へと進もうとしたところ。

 エリザベスが困った顔をしていることに気がついた。


「どうした?」

「いえ、その」


 その視線は自身の足下に向けられている。

 俺もそちらに視線を向けると、汚れたドレスの裾が目に入った。


「このままでは汚れてしまいますので」

「そっか。じゃあ、私が魔術で――」

「いや、俺がやるよ」

「え?」


 名乗り出た百合よりも先に、エリザベスの側にいく。

 膝を折って汚れたドレスに手を翳し、魔術の構築式を脳内に描く。

 これでも魔術師を志した身だ。

 魔術が使えないとわかっていても、学ばずにはいられなかった。

 まさか、実際に使う日がくるとは夢にも思わなかったけれど。


「ほら、綺麗になった」


 魔術は正常に発動し、ドレスから汚れを払う。

 ほつれまでは直せないが、これで気兼ねなく家にあがれる。


「ちょ――ちょっと待って」


 立ち上がって振り返ると、百合が目を丸くしていた。


「いま、発動した? 魔術が、どうして? だって、魔力が」

「それもまとめて説明するよ」


 今度はこちらが百合の背中を押して、家の奥へと進む。

 そうして今回の一件についての説明が成されたのだった。


「――ってのが、ことの顛末だ」

「なるほど……」


 背もたれに身を預け、腕を組み、顎に手をおく。

 物思いに耽るその動作は、百合がよく行うものだった。

 難解な話や、解けない難問をまえにすると、いつもそんな仕草をする。

 今回も例に漏れず、いつものように百合は思考を巡らせていた。


「古龍の因子に、異世界の姫君か。じゃあ、双也がいま魔術を使えるのって」

「あぁ、その古龍の魔力を使ってる」

「そっか……でも、どうするの? これから」


 百合の視線が、俺の隣へと移る。

 エリザベスは、話し終えた途端に眠ってしまっていた。

 無理もない。

 追っ手を常に意識しながら森の中を駆けずり回っていたのだ。

 疲労感から睡魔に襲われるのは必然だ。


「まず、魔術組合に事情を話して、戸籍を発行してもらう。もちろん、伏せるところは伏せてな」


 とくに古龍の因子のことは話さないほうがいい。

 確実に面倒なことになる。

 このことは、この三人だけの秘密に止めておくべきだ。


「過去に前例はあるんだ。協議に時間が掛かるだろうが、認められるはずだ」

「前例って言っても、かなり昔だけどね。教科書に出てくるくらいの」

「仮に認められなくても、エリザベスはもう元の世界に戻れない。転移魔術じゃ世界の垣根を越えられないからな」


 召喚と転移。

 似た者同士ではあるが、非なるものである。

 召喚魔術は世界の垣根を越えられる。

 だが、転移魔術ではそれが叶わない。

 魔術組合が過去に何度も挑戦したが、ついぞ成功することはなかった。

 こちらの世界に召喚されたエリザベスを、異世界に転移させることは不可能だ。


「魔術組合は認めざるを得ないさ」

「ま、たしかにね。転移に失敗すると次元の彼方に消えちゃ……」


 不意に、百合の言葉が途切れる。


「どうした?」

「……ごめん、双也。うっかりしてた」


 うっかり?


「双也が異世界に召喚された直ぐあと、再召喚のために構築式を描いてたんだけど。やっぱり一から仕上げるには時間が掛かりすぎると思って……」

「思って?」

「最近、憶えた構築式をベースに改造を施して召喚陣を描き上げたの」


 嫌な、予感がする。


「そのベースになった構築式って言うのは?」

「……使い魔召喚」

「マジか」


 使い魔召喚は、文字通り召喚した生物と契約を結ぶためのもの。

 契約すればその生物は召喚された場所に居続けることができる。

 しかし、契約が結ばれなかった場合、召喚された生物は元の場所へと戻されてしまう。


「つまり……俺は百合と契約しないと異世界に戻されるってことか」

「うん……そういうこと」


 俺は一度、異世界に召喚されている。

 いま現実世界にいられるのは、ここに再召喚されたからだ。

 戻されるなら、異世界になってしまう。


「……その場合、エリザベスはどうなるんだ?」

「わからない。たぶん、服とか武器とか。言葉は悪いけど、付属品みたいな扱いだとは思う。でも、即興の上に改造までしてある召喚陣だから……正直、どうなるかはわからない」

「そうか……」


 そうなると異世界に戻ることすら叶わない可能性も出てくるな。

 世界の垣根を越える途中で不具合が起こり、次元の彼方に消え去る。

 そんな未来もあり得るかも知れない。


「双也」


 名前を呼んだ百合は、立ち上がって側にくる。


「私と契約して」

「……本気か? まだほかに手は」

「ない。あったとしても、これが一番確実なんだから」


 そう言った百合の目は、真剣だった。


「私、双也に消えてほしくない」

「……いいんだな?」


 それに百合は頷いた。

 なら、俺からなにかを言うべきではない。

 立ち上がって、百合を見下ろした。


「あっ」


 それから腰に手を回して引き寄せ、指で百合の顎をすこし持ち上げる。

 使い魔召喚における契約とは、互いの魔力を通わせること。

 その方法とは、つまり。

 キス。


「ちょ、ちょっと待って、双也」


 視線が逸れる。


「嫌になったか?」

「そうじゃない。そうじゃなくて……その、私……はじめてだから」

「なっ。いま言うか、それを」


 この土壇場で。

 そんな重大なことを。


「だ、だって……乱暴にされたら、怖いし」


 百合の身体が震えていることに、今更になって気がつく。

 そう、だよな。

 はじめてなら、俺がリードしないと。


「わかった。なるべく、優しくするから」


 そう言うと、百合の震えがすこし収まった。

 それが気のせいではないことを祈りつつ、俺たちはゆっくりと唇を重ねた。


「んっ」


 短いようで長い一瞬が過ぎ、互いの魔力が通う。

 契約はここに結ばれ、零になっていた距離はゆっくりと離れていく。


「双也……」


 潤んだ瞳。紅潮した頬。

 改めてみた百合は、いつもの百合とはまるで別人のように映る。

 まるで、引き寄せられるような。


「――ふぁあ」


 瞬間、後方であくびが聞こえた。

 即座に俺たちは元の席につく。


「いつの間にか……眠ってしまって……お二人とも? どうなされたのですか?」


 エリザベスが不思議そうにこちらを見ている。


「お顔が赤いようですけれど」


 そう訊ねてきたエリザベスに、俺たちは合わせてこう返した。


「なんでもない」


 互いの視線は、最後まで合わせられなかったけれど。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ