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姫君の願い


「まずは強制召喚の非礼をお詫びします」


 彼女は深く頭を下げ、次ぎに名を名乗る。


「私の名前はエリザベス・フリーデ・ロンドミール。ロンドミール王国の第一王女です」


 第一王女。

 つまり、彼女は異世界の姫君か。

 王族ともなれば教養もあって素質も十二分だ。

 世界の垣根を越えて召喚を行えるだけの要素は満たしている。

 エリザベスが召喚者なのは間違いなさそうだ。

 けれど、そうなるとこの場所のことが気に掛かる。


「あー……俺は渡世双也わたせそうやって者だけど」


 そう名乗りながら、周囲を見渡してみる。

 濃い緑の匂いが充満するここには、幾つもの木々が生えている。

 鬱蒼とした草木に覆われ、月明かりも限定的にしか射し込んでいない。

 ここは枝葉が空に蓋をする、大きな森の中だ。

 とても王国の姫君が、たった一人でいるような場所じゃあない。

 エリザベスの格好を見てもそうだ。

 格調高いドレスを着ているが、その裾は汚れてほつれている。

 この森の道なき道を掻き分けて歩いた証拠だ。

 まず間違いなく、彼女はなんらかの事情を抱えている。


「……とりあえず、話を聞かせてもらえるか?」


 先ほど言っていた、勇者様という言葉も気になる。

 まず何よりも先に、情報収集をしなければならない。

 俺はこの異世界について、あまりにも知らなすぎる。


「――これでよしっと」


 懐から魔術道具を取り出して、地面に設置して起動する。

 魔力のない俺が常用するこれは、周囲の魔力を動力源とするものだ。

 異世界の魔力で動くか不安だったが、問題なく作動してくれた。


「じゃあ、改めて」


 魔術道具から放たれる焔を囲むようにして倒木に腰掛ける。


「話してもらおうか。俺が召喚された理由を」

「はい」


 エリザベスは静かに語りはじめる。

 神妙な面持ちで。


「私が勇者様を召喚した理由はただ一つ。私をここではないどこかへと、連れ去ってほしいのです」

「連れ去ってほしい?」


 やはりと言うべきか、訳ありのようだ。

 従者も連れずに逃げなければいけないような状況に、王族が陥っている。

 それがどれだけ危険で、最悪の状況か。

 異世界の事情にうとい俺でも、たやすく想像がつく。


「そう言うからには、なにか事情があるんだろ? それを話してくれるか」

「それは……」


 エリザベスは一瞬だけためらう。

 口を噤む。

 しかし、それは覚悟の現れであるかのように言葉となる。


「ロンドミールには代々、受け継いできた力があります」

「それは?」

「古龍の因子。龍がもつ、絶大なる魔力の源泉です」


 古龍の因子。

 魔力の源泉。

 言葉の響きから察するに、それは相当に貴重なものだ。

 龍は神にも等しい存在。

 これはこちらの知識だが、王族が受け継ぐ力ともなれば、同等のものだと思われる。


「それを最初に話すってことは」

「はい。この古龍の因子を巡って、反乱が起こりました」


 状況は最悪だった。

 エリザベスはこうして逃げている。

 なら、王国はすでに乗っ取られていると見るのが妥当。

 敵は一国家であり、こちら側の戦力はたった二人。

 どう考えても、絶望的な戦力差だ。


「親兄弟はすでに謀殺され、残る王族は私のみ。父は私と別れるとき、こう言いました。出来るだけ遠くへ逃げなさい、と。だから、私は行かなくてはならないのです。ここではない、どこかへと」

「……事情はわかった」


 遠くへ逃げるため。

 その手助けのために、俺はこの異世界に召喚された。


「……一つ、聞いてもいいか?」

「なんでしょうか」

「その受け継いだ古龍の因子。それを使って反乱を鎮圧できなかったのか?」


 古龍の因子を使えば、たやすく事態を終息できそうなものだが。

「……私たちには、資格がなかったのです」

「資格?」

「古龍は、死しても人を選びます。その者に資格なしと見做せば、古龍の因子は反応を示しません。受け継ぐこと、先へと繋げることだけを考えてきた私たちは、いつの間にか資格を失っていたのです」


 目的だけが先行し続け、それに中身が伴わなくなった。

 時の流れほど、物事のあり方を変えるものはない。

 永劫不変のものなどなく、すべては緩やかに変化する。

 それは王族とて、例外ではなかった。


「ですが」


 そう、エリザベスは俺を見た。

 強くて固い決心の色が、その瞳には映っている。


「勇者様なら……私たちにはなくとも、貴方様なら資格があるかも知れません」


 俺なら、か。

 その辺のことも織り込みずみで、召喚に踏み切ったってことか。


「期待しているところ悪いんだが、俺に資格とやらはないと思うぜ」

「え?」

「俺は魔力なしなんだ。生まれつき魔力がなくて、魔術が使えない」


 だから、一度は魔術師になる夢を諦めた。

 諦めたけれど、諦めきれなかった。

 ずるずる、ずるずる。

 夢を引きずって、魔術ではなく剣術を極めることにした

 剣に縋り付いた。

 その結実がいま俺を魔術師もどきにまで押し上げている。

 そんな俺に、出来損ないに、王族にない資格があるとは思えない。


「――その通り」


 不意に響く、何者かの声。

 瞬時に警戒態勢に入り、腰の刀に手を掛ける。


「どこの馬の骨とも知れぬ貴様などに資格はない」


 声がした方向。

 茂みの向こう側から、それは現れた。

 燕尾服を身に纏い、片目にモノクルを付けた、執事然とした男だ。

 その背後には、軽装を着込んだ兵士が何人も控えている。


「シースっ」


 彼に、エリザベスは反応した。


「知り合いか?」

「反乱を起こした……首謀者の一人です」


 なるほど。

 こいつが諸悪の根源か。


「随分と余裕だな。自分から居場所を知らせてくる、なんて」

「いやいや、私も失敗だったと思っているよ。だが、あまりにも馬鹿げた話が聞こえたものでね」


 執事の視線が、俺からエリザベスへと移る。


「エリザベス様。冗談でも口にしてはならないことが御座います。そのお身体に宿された古龍の因子は特別なもの。そこの薄汚い小僧に与えてよいものではありません」


 好き勝手に言ってくれるな。


「いいえ」


 エリザベスは否定する。


「私はこの方が資格ある者であると確信しています」

「ほう……」


 執事の視線が、またこちらを向いた。


「では、しようがない。小僧を殺しましょう」


 その一声で、背後の兵士たちが抜剣する。


「本当は無益な殺生などするつもりはなかったのですが。エリザベス様がそこまで言うのなら致し方ない。殺しましょう。ですが、これは私が殺すのではない――」


 執事は笑う。

 下卑た様子で。


「エリザベス様。貴女の確信が、決意が、選択が、彼を殺すのです!」


 エリザベスの心を抉るような台詞を執事は吐いた。

 それが合図となって、兵士たちは一斉に地面を蹴る。

 手にした剣を振りかざして、攻め込んできた。


「誰が誰を殺すって?」


 波のように襲い来る兵士たちを見据え、足下を蹴り飛ばす。

 足の甲にて弾き飛ばされたのは、焔を吐いていた魔術道具。

 それは一直線に敵へと向かい、真っ二つに両断される。

 それが狙いだとも知らずに。


「なッ――」

「ひ、火がッ」

「燃えるッ!?」


 魔術道具は破壊されると同時に爆ぜた。

 周囲に焔をまき散らし、周囲の草木に引火する。

 焔は瞬く間に燃え広がり、夜空を赤く焦がしていく。


「なにをしているッ! はやく消火しろ! いったいこの森にどれだけの価値があると思っている!」

「し、シース様! 姫君が逃げていきます! 追おうにも消火で手一杯で」

「チッ、やってくれるな。薄汚い小僧が」


 どうやら目論見はうまくいったらしい。

 自然を破壊するのは心が痛むが、しようがない。

 消火は彼らが責任をもって完遂してくれることだろう。

 問題があるとすれば。


「お前たちは消火に専念しろ。エリザベス様は私が捕らえる」


 執事然とした男が、まだ俺たちを諦めていないことだ。

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