表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/17

視線


 鎧の優れている点は、まさにその防御力である。

 身体の可動域が狭く、重量が重く、動きが鈍い。

 だが、それを補ってあまりある防御性能が利点だ。

 こと刀剣類には、無類の堅牢さを誇る。


「――くッ」


 放たれる妖術を、古龍の鋭爪で迎撃しつつ刀を振るう。

 だが、まだ魔術と剣技の併用に慣れておらず、剣閃は鎧を浅く削るのみ。

 技量の上で負けることはないが、こちらも決め手に欠ける状況。

 幻怪を相手に長期戦は避けたいところだが、ずるずると長引きそうだ。


「これなら」


 振り下ろした一刀が、腕の鎧に阻まれる。

 完全な受けに回ったその腕を、刃は裂いて肉まで届く。

 だが、それだけに止まる。太刀筋はそこで阻まれる。

 そして、その隙に乗じて、黒い剣閃が迫った。


「――チッ」


 即座に地面を蹴って後退し、距離を取る。

 無理に意地を張って、接近戦を続ける利はない。


「硬いな、どうにも」


 鎧を裂くことはできるが、その先までは刃が浅くしか通らない。

 そして、裂けた鎧はすぐに再生されてしまう。

 この霜田区は人の思念が濃い。

 周囲にあるそれを修繕費にしているのだろう。

 相手をしているこっちにしてみれば、厄介この上ない。


「また……試してみるか」


 以前に人狼と戦ったときのことを思いだしつつ、地面を蹴る。

 加速をつけて一息に距離を詰めにかかった。

 それを見たデュラハンは牽制として妖術を放つ。

 しかし、こちらは古龍の鋭爪を出さない。

 すべてこの刀で斬り捨てて、間合いにまで踏み込んだ。

 時を同じくして、俺の行動を呼んだ漆黒の剣が薙ぎ払われる。

 それを掻い潜るようにして回避し、下方から一撃を胴へと突きを見舞う。


「――クッ」


 苦し紛れに、デュラハンは左腕を盾にした。

 這い上がった剣閃は、鎧を超えて腕に突き刺さる。


「――ここだ」


 瞬間、刀身に魔力を流し込む。

 再現するのは、魔力による内部爆破。

 有効打となった一手。

 刀身から流れ出た古龍の息吹は、内側からデュラハンを食い破る。


「ガッ――グフッ……」


 左腕は爆ぜ飛び、肘から下がなくなった。

 だが、それも一時的なもの。

 すぐに鎧は再生されて左腕は復活し、デュラハンは大きく後退する。

 けれど、攻略の糸口は掴めた。


「突き……刺突しとつか」


 斬撃では鎧を裂いて終わりだが、突きなら刀身が中身まで届く。

 しかし、問題は使いどころだ。

 一度突き刺した得物を、引き抜くのは難しい。

 古龍の息吹で吹き飛ばすにしろ。

 狙いを正確に突かなければ、また再生されて無為になる。

 いまのでデュラハンも刺突を警戒することだろう。


「勝ち筋が、見えてきたな」


 ならば、それが消えないうちに畳み掛けよう。

 再度、デュラハンの間合いに踏み込み、剣撃を仕掛けた。

 幾重にも剣閃を振るい、妖術を古龍の鋭爪で撃激する。

 しかし、敵もさるもの引っ掻くもの。

 俺に突きを出させないよう、激しい剣撃を見舞ってくる。

 鎧を突き破るほどの刺突には、一度、腕を手前に引かなくてはならない。

 打ち合いの最中で行うには、あまりにも致命的な隙だ。

 不用意に突きは放てない。

 しかし、剣撃の応酬の中で、不意に気がつく。


「――いま」


 剣閃は、デュラハンの再生した左腕に防がれた。

 だが、その際に発生した感触が妙だった。

 まるで虚ろを斬ったような。


「――そうか」


 狙いを左腕に定め、今一度、剣撃を浴びせる。

 腕鎧は大きく斬り裂かれ、その中身を露わにした。

 なにもない、空洞を。

 左腕そのものは再生していない。

 デュラハンの再生能力は、鎧にのみ影響するもの。

 なら、突きはどこに当てても、必殺になりうる。


「だったら――」


 微かに剣撃の手を緩め、攻撃を誘う。

 わざと頭上に隙を造り、反応を鈍らせる。

 その誘いに、デュラハンは乗った。

 漆黒の剣を天に掲げ、黒い剣閃は落ちる。

 振らせた刃を躱すのは簡単だ。

 微かな重心移動だけでそれを躱し、地面を抉った剣の側面を踏みつける。

 押さえつけて、固定した。


「――ナニッ」


 驚愕を浮かべたころにはもう襲い。

 刀は、すでに引き絞られている。


「終わりだ」


 解き放つ。

 突き出した刺突は、右肩の鎧を裂いて深々と突き刺さる。

 そして、刀身から魔力が流れ出る。


「爆ぜろ」


 直後、古龍の息吹が暴れ狂い、右肩から胴体に至るまでが四散する。

 みぞおちから上は吹き飛び、残された肉体は力なく膝をつく。

 両腕を失い、すでにデュラハンに戦う術はない。


「終わったか」


 随分と、手こずらされた。

 けれど、なんとか勝てたな。


「さて、リズのほうは――」


 そう、視線を逸らした瞬間だった。


「アアァァァァアアアアァァァァァァァァアアアアアアアッ!」


 力なく膝をついたはずのデュラハンが咆吼を放つ。

 胴体は二つに引き裂かれ、大量の牙が顔を見せる。

 首のないデュラハンがどうやって捕食を行うのか。

 その答えを見せつけられる。

 口は、腹にあったのだ。


「まず――」


 剥き出しの牙から、辛うじて逃れて距離を取る。

 もはや口だけとなったデュラハンは、かじり取った公園の土を喰らう。


「喰えればなんでもいいのかよ」


 そう呟いたのも束の間、奴の興味が俺から逸れる。

 その牙が向かった方向には。


「あいつッ」


 ステージ1と戦うリズの姿があった。

 すぐに地面を蹴った。

 だが、デュラハンも同時にリズへと食らいつく。


「リズ! 避けろ!」

「え?」


 古龍の息吹も間に合わない。

 デュラハンの大口が、リズを襲う。


「――わ、私だって!」


 その瞬間、デュラハンは激突した。

 狙い定めた獲物を口にすることなく。

 透明な硝子の障壁に妨げられた。

 リズの硝子の魔法が、デュラハンを押し止めたのだ。


「くっ……うぅっ」


 しかし、それも一時だけ。

 障壁は次々に亀裂が走り、ひび割れる。

 けれど、それだけ時間が稼げれば十分だ。


「これで本当に――終わりだ」


 叩き斬る。

 両断する。

 背後から振り下ろす理想の一刀は、その肉体を鎧ごと二つに分かつ。

 今度こそ、デュラハンは絶命した。

 もはや立ち上がることも、声を上げることも、叶わない。

 そのすぐあと、硝子の障壁が音を立てて砕け散った。


「リズ!」


 すぐに駆け寄って、崩れ落ちようとしていたリズを支える。


「無事か!」

「双也……さん、まだステージ1が」

「大丈夫だ、そいつは俺が始末しておいた」


 すでに古龍の魔術でステージ1は掃討済みだ。

 その辺に抜かりはない。


「そう……ですか。よかった、です」

「無茶をさせたな……すまない。俺が未熟なせいだ」


 まさか、あんな風になるとは思わなかった。

 新種をまえにして、迂闊だった。


「私、きちんと魔術師らしく……できていましたよね?」

「あぁ、あの噛み付きをしのいだんだ。立派だった」

「えへへ……嬉しいです」


 そう呟くようにして、リズは気を失った。

 無理な魔法の発現と魔力消費、そして死の恐怖からくる疲労の所為だろう。

 きちんと息はしているし、脈も正常だ。

 とりあえず、なんともなさそうで安心した。


「報告は、明日だな」


 式神でも飛ばしておけば、新先さんは明日に対応してくれるはずだ。


「さて、と」


 気を失ったリズを横抱きに抱えて、公園をあとにする。


「――ッ」


 しかし、そのとき何者かの視線を感じたような気がした。

 けれど、振り返っても目に映るのは、霞のように消えていく亡骸のみ。

 生きたなにかは、どこにもいなかった。


「気のせい、か?」


 訝しんでも、目に見えている結果は変わらない。

 疑問を拭いきれないが、俺はこのまま帰路につく。

 こうしてリズの初仕事は波乱のうちに幕を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ