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「ジョウダン……ヌカセ」


 人狼は、勝ち目がないと知りながら、妖術で焔を浮かべる。

 依然とは比べものにならないほど、小さな火球を。


「コノクライ……イイ、ハンデ……ダ」

「そうか」


 なら、とどめを刺そう。

 最後まで、油断なく。

 そう殺意を刀に込める。


「――カカカカカッ」


 その時だった。

 空から降ってきた何者かに、人狼が強襲されたのは。


「カカカッ、トラエタッ」


 それは人狼と同じ、人外の姿をした幻怪だった。

 虫のような甲殻を持ち、複眼を持ち、剣のような針を持つ。

 それが人狼を串刺しにした。


「オマエ、モ……イチブニ、ナレッ」


 そして、喰らいつく。

 頭から、大口を開けて、人狼を喰らった。


「……どういうことだ、これは」


 こんな幻怪は、見たことがない。

 それに幻怪が幻怪を捕食している、だと。

 いったい、なにがどうなっているんだ。


「カカカッ……コレデ、マタ……ツヨク」


 人狼を捕食し終えた人外の複眼が、こちらを向く。


「オマエ、モ――」


 不味い。 

 負傷した今の状態で二体目は。


「クッテヤルッ」


 両手の甲より伸びた針。

 それをあたかも剣であるかのように扱い、人外は襲い来る。


「チィッ!」


 奴の一撃をいなし、二撃目を捌く。

 幸い、白兵戦ならこちらに分がある。

 どれだけ剣撃の応酬を受けようとも、技術のない太刀筋で俺は殺せない。

 戦っていて、負けることなどあり得ない。

 だが、この人外にも恐らく。


「ウットウシイッ!」


 案の定、人外は妖術を発動する。


「テイコウスルナッ!」


 展開されるのは、焔と土の二種。

 一方の焔は、人狼が有していた魔術と同様のもの。


「――こいつッ」


 捕食した人狼の能力を獲得している。


「シネ、シネ、シネッ!」


 放たれる妖術に対し、刀での迎撃にあたる。

 だが、その間にも針による攻撃の手は休まらない。


「くそッ」


 すこしずつ追い込まれ、余裕をなくしていく。

 そして天を刺した針が振り下ろされ、俺はそれを受け止めざるを得なくなる。

 甲高い音が鳴り、一撃は受け止められた。

 だが、それは同時に俺の身動きが取れなくなったということ。


「オワリダッ!」


 焔と土の妖術がこの身に迫る。

 今から回避しても間に合わない。

 せめて――せめて、左腕が健在なら。


「――双也ッ」


 瞬間、地面に氷が走る。

 競り上がる氷壁は妖術を退けた。

 そして、瞬間的に人外の体表を凍結させる。


「長くは持たないぞッ!」


 凍ったのは表面だけ。

 時期に人外は動き出す。

 だが、それだけで十分すぎる。


「――恩に着る」


 この身に宿る古龍の息吹を解放し、刀身に流し込む。

 最大出力を持って放出される古龍の息吹。

 それは、これまでの鬱憤を晴らすかの如く、地面をのたうつ。


「塵も残さない」


 剣閃は魔力を帯びて弧を描き、叩き付けるように解き放つ。

 魔力の奔流は人外を呑み、塵まで喰らう。

 のちに残るのは、浅く長く抉れた地面のみ。

 昆虫の人外は、欠片も残らず消滅した。


「終わった……」


 そう認識した途端、どっと疲れが押し寄せてくる。

 足に力が入らなくなり、倒れかけるが気合いでなんのか立ち続ける。

 俺よりも重傷な奴がいたからだ。


「冬馬……お前、安静にしてろって……言ったのに」

「悪いな。組合の返事をみて、じっとしてられなくてさ」

「返事……って?」


 重い身体を引きずるようにして、冬馬の側にまでいく。


「これ。どうやら俺たちが見つけた繭は、組合の言う正体不明の物体って奴じゃなかったらしい。繭はもう一つあったんだ」

「……道理で、似たようなのが二体もいた訳だ」


 あの繭が二つもあっただなんて、思うはずがない。

 それもほぼ同時に羽化していたなんてな。

 運が悪いにも、ほどがある。


「あー……疲れた」


 冬馬の隣に腰掛け、工場の外壁にもたれ掛かる。

 もう疲労困憊で、立ち上がれそうにない。


「そうだ……双也」

「なんだ?」

「初仕事、成功おめでとう」


 そう言って冬馬は拳を差し出した。


「ありがとさん」


 それに自分の拳を合わせて礼を言う。

 そう言えば、これが魔術師としての初仕事だったっけ。

 なんというか、ハードな初仕事だったな。


「――双也! 無事!?」


 それからしばらくして、医療班が到着した。

 その中には、百合の姿もあった。

 医療班と同時に要請していた応援としてだろう。


「ほ、骨が折れてる! ど、どうしよう! とりあえず、えーっと、えーっと!」

「落ち着け、そっちが慌ててどうするんだよ」

「そ、そっか。落ち着かないと……」


 深く、百合は深呼吸をする。


「落ち着いたか?」

「うん。もう大丈夫」

「じゃあ、肩を貸してくれ」


 一人では立ち上がれそうにない。


「待って、その前に」


 百合は、懐からナイフを取り出した。

 そして、構築式を描いて魔力を編み、魔術を発動する。


「――第四輪、獅子牡丹ししぼたん


 ナイフの刀身が光を帯び、魔術を纏う。

 そして、それは折れた左腕に突き立てられた。


「いっ――たくはないけど、びっくりするな。いつも、それは」


 百合が編み出した魔術の一つである第四の花、獅子牡丹。

 その能力は治癒。

 得物に纏わせて突き立てることで、内部に治癒効果が浸透する。


「もう何回も経験してるでしょ。いい加減、慣れない?」

「刺されるのに慣れて堪るか」


 痛みはなくても、見た目の衝撃が大きすぎる。

 あと何度経験しても、慣れることはない。


「ほら、立つよ」


 百合に肩を貸してもらい、立ち上がる。

 ちょうど、そのタイミングで、この場に到着した者がいた。


「――っと、なんだァ? いねーじゃん、新種の幻怪」


 どうやら、百合のほかにも応援はいたらしい。


「あれ、しんじゃあないか」


 反応したのは、冬馬だ。

 知り合いか?


「よう。ピンチっつーもんだから助けに来たのに、自力で倒してやんの」

「俺はほとんど何もしてないけどな。頑張ったのは、隣にいる双也だ」

「へー」


 心と呼ばれた彼の視線がこちらにくる。


「あんたが幻刀斎って奴か。噂に違わぬ実力って奴か」

「最後に冬馬が助けてくれなきゃ俺もやられてた。そんな大層なもんじゃあない」

「ほー、いいじゃん。どんな奴かと思ったけど、思ったより普通な奴だったな」

「どういう意味だ?」

「褒めてるって意味だよ」


 笑いながら、心は言う。


「じゃ、もう終わってるみたいだし、先に帰るわ。はやく怪我なおせよ、二人とも」


 そう言って、心はこの場から去って行った。


古我心こがしんって言うんだ。いい奴だろ?」

「あぁ、たしかにな」


 そんなこんながあって、事態は一応の集束を迎えた。

 俺たちは近くの病院へと運ばれ、手厚い医療魔術を受けた。

 当然、魔術組合の息の掛かった病院である。

 百合の魔術のこともあって、俺の左腕はその日のうちにほぼ完治した。

 冬馬の胸の傷は、まだ二日三日ほど掛かるとのこと。

 俺も冬馬も、大事を取って入院することとなり、贅沢に個室まで用意してもらった。


「しかし、なんだったんだ? あの幻怪は」


 誰もいない個室にて、そう独り言が漏れる。

 魚卵から孵化した獣が互いを食い合い、勝ち残った者が繭となって羽化し、人外となる。

 まるで聞いたことがない変化の仕方だ。

 それにあの昆虫の人外の言動が気になる。

 喰らって、強くなっていた。

 ほかの幻怪を捕食することで、対象の能力を得る。

 これは、ただごとではないのでは。


「――双也さん。起きていらっしゃいますか?」


 思考の渦に陥っていると、ノックの音と共に聞き慣れた声がした。


「あぁ、起きてるよ」


 我に返った俺は、そう返事をして招き入れる。

 すると病院の引き戸が開いて、綺麗な金髪が顔を覗かせた。


「わざわざ来てくれたのか? リズ」


 リズはこの個室に入ると、すっと俺の側に近寄った。

 そして。


「双也さんっ」


 縋るように、俺に抱きついた。


「よかった。本当に……」


 しばらく呆気に取られていたけれど、我に返る。

 胸元にあるリズは、まだそこにいた。


「……悪い、心配かけたな」

「いいえ。双也さんは悪くありません。ただ、私が勝手に……」

「それでも嬉しいよ」


 この世界で数少ない知人の危機。

 それがこの世界に来たばかりのリズに、どれだけ負担を強いたことか。

 しかし、こればかりは慣れてもらうほかにない。

 これからも、このようなことは多々あるのだから。

 けれど、今だけは、それは言わないでおこう。


「もしもーし。私もいるんですけどー」

「はっ。こ、これは失礼しました。はしたないところを」


 一緒に来ていた百合の存在をすっかり忘れていたのか。

 リズは一瞬にして顔を赤くし、俺からそっと離れていった。


「ふふっ、いいよ。心配だったのは私も一緒だし。まったく、初仕事でこれなんだから」

「たまたま運が悪かっただけだ」


 そうして魔術師という職業柄、長めに取られていた面会時間ギリギリまで話をした。

 それを過ぎて二人が帰った頃には、もうすっかりいい時間となっていた。

 こうなると考え事より、眠気のほうが勝る。


「ま、難しいことはまた今度、考えればいいか」


 部屋の明かりを消し、新品のベッドに寝転がる。

 そして、今日という一日を生きて終えられたことを幸運に思いながら、眠りについた。

次から新しい章に入ります。

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