折り鶴
突如として現れた魔術師に、幻怪たちは過敏に反応する。
すでに孵化した幻怪は、直ちに牙を剥く。
未だ産まれる以前の幻怪は、自らを覆う膜に爪を立てた。
「一番足の速い奴を狙う」
「了解」
短く会話を交わし、冬馬はコンクリートの地面に手をつく。
瞬間、地表に氷が走る。
這うように伸びたそれは、先頭を掛ける幻怪の足を凍結させた。
四肢の自由を奪われた幻怪に、なす術はない。
しかし、これだけでは終わらない。
地表を走った氷は、捕らえた幻怪を包むように競り上がる。
「芯まで凍らせるには時間がかかる。その間は」
「あぁ、任せとけ」
凍結による捕獲を行っている間、冬馬は無防備だ。
それを補うのが護衛としての仕事である。
「来やがれ、新種ども」
抜刀と同時に冬馬の眼前に立って刀を構える。
そして、いの一番に間合いに踏み入った双頭の幻怪を、一刀で斬り伏せた。
「次ぎッ」
二番手、三番手から続く幻怪の群れを、いずれも一刀で絶命へと追い込む。
次々とやられていく同胞を見て、あとに続く幻怪たちは攻め方を改める。
足並みを揃え、扇状に展開し、多方向から一斉に跳びかかってきた。
「好都合だっ」
刀身に魔力を流し、小規模な古龍の息吹とした。
溢れ出るそれを薙ぎ払い、足並みを揃えた双頭の幻怪たちを一網打尽にする。
魔力の奔流に身を攫われた幻怪たちは、跡形もなく散っていった。
「やるな、双也」
「だろ?」
多くの幻怪を一度に滅したことで、すこし余裕ができる。
その間に捕獲も完了した。
「その調子で次ぎも頼むぞ」
ただ刀を納めるほどではない。
「あぁ。テンポよく行こう」
この寂れた工場内には、まだまだ魚卵が残っているのだから。
次々に孵化する双頭の幻怪たちを前に、俺たちは確実に目的を果たしていく。
ことは順調に運び、捕獲した幻怪の数は伸びていった。
「――よし、今ので最後だ」
いま、この工場内にいたすべての幻怪を斬り捨てた。
「捕獲できたのは七体か。上々だな」
この場に残ったのは、俺たち二人と七つの氷塊のみ。
これだけ捕獲して持ち帰れば仕事は大成功と言える。
研究も進むことだし、これで事態がすこしでも好転するといいが。
しかし、この新種は本当に不可思議だ。
従来の幻怪よりも、消滅が遅い。
「それにしても、幻刀斎の異名は伊達じゃないな」
「なんだよ、急に」
「いや、見ていて惚れ惚れするような剣技だと思ってな」
「……連帯保証人にはならないぞ」
「そんなつもりで言ったんじゃねーよ」
冗談はさておき。
「本当にどうしたんだ? いきなり」
「俺は本音を言っただけさ。本当に凄いと思った。だから、もったいないともな」
「もったいない?」
なにが、もったいないんだ?
「魔術だよ、魔術。捕獲している間、ずっと後ろから見てたけど。魔術らしい魔術が使えてないだろ? 双也」
「まぁ……な」
やっていることと言えば、魔力を放出しているだけ。
威力はあるし、広範囲に届く。
いまはそれで事足りている。
しかし、古龍の息吹は隙が生じやすい。
魔術師として道の先に立つ冬馬からみれば、随分とお粗末なものに見えただろう。
この先には、それが通用しない幻怪が出てくるかも知れない。
このままでは宝の持ち腐れだと、俺自身も感じている。
「いや、でも構築式は描けるんだぜ? けど、どうにも上手くいかなくてさ。最初は練習不足が原因だと思っていたんだが……」
「魔力の相性って奴か」
「たぶんな」
魔力を宿してから、まだ二十四時間と立っていない。
構築式が描けるだけの魔術初心者だからと甘く見ていたけれど。
異世界の魔力との相性が悪いために、魔術がうまくいかない可能性が出てきた。
「まぁ、こればっかりはどうしようもない。自分でそれ用の構築式を造らない限りはな」
「なら、はやく造ったほうがいい。いまの双也は、すっごくもったいないことしてるから」
やはり、この古龍の魔力に適した構築式を造るしかない。
これは急務だ。
この仕事が終わったら、すぐにでも作業に入らないと。
「じゃ、さっさと報告入れて帰ろうぜ」
「それならさっき式神を飛ばしたから、もうすぐ回収班がくるはずだけど……ん?」
ふと目をやった先、この工場の出入り口に浮遊物を目視する。
空中にあってふわふわと浮くそれは、小さな翼をはためかせてこちらへと近づいた。
「折り鶴の式神……冬馬のか?」
「いや、俺のじゃない。あれはたぶん、組合からだな」
それの正体は折り鶴型の式神だった。
本物の鳥であるように、それは冬馬の手の平に着地する。
そして、自らを巻き戻すように一枚の折り紙となった。
「組合からの連絡みたいだな」
折り紙には文字が綴られているようで、冬馬はそれを黙読する。
手早く読み進め、視線が文字から持ち上がった。
「なんだって?」
「この近くに正体不明の物体があるらしい。で、一番近くにいる俺たちに声がかかったってわけだ。至急、確認してほしいだってさ」
「追加の仕事か……残業手当は出るのか?」
「さぁ、俺たちの働き次第だな」
世知辛いことだ。
「とにかく、そっちに行ってみるか。案内は頼んだぞ、冬馬」
「組合によれば北のほうらしい。行こう」
情報を頼りに、俺たちは寂れた工場をあとにする。
残した氷塊は、回収班が魔術組合まで届けてくれるはずだ。
憂いなく、残業に向かうとしよう。
「――この辺りのはずだが」
正体不明の物体があるという場所へと到着した。
この工業地域の端のあたり。近くには住宅街もある。
「特に不審な物は見当たらないな……」
見渡してみても、似たような光景が続いてばかり。
目を引く物は見つからない。
「手分けして探してみよう。この辺りにあるはずだ」
冬馬と一時的にわかれ、周囲の探索に映る。
廃棄された自動車。錆び付いた鉄骨。故障した機械類。
目に入るものすべてに注意深くなりながら、足を進めていく。
「――これ」
そして、廃工場の内部にて、不審な物を見つけた。
「とりあえず、冬馬に連絡して……」
懐から折り紙を取り出し、魔力を流す。
式神は比較的簡単な構築式で動く。
相性が悪くとも、式神は正常に折り鶴となった。
「さて、こいつは……殻か」
正確には、殻ではなく膜だ。
卵殻のない卵。
すなわち魚卵が孵った残骸だ。
それが幾つも廃工場内に広がっている。
「双也っ」
「来たか。見てくれ、ここで大量に新種が孵化してる」
「本当か? ……たしかに」
魚卵の残骸を見た冬馬も納得する。
「でも、孵化した新種はいったいどこに?」
「たぶん、この二階だろうな」
そのとき、月明かりが割れた窓から射し込んだ。
暗い工場内を照らし出したそれは、新種の末路までも白日の下に晒しだす。
「肉片……新種の死骸か」
「消えかかっているけど、違いないだろうな」
今にも消えてなくなりそうな肉片は、道しるべのように点々と二階まで続いている。
「共食いでもしたのか? 奴ら」
「だとしたら、二階にいるのは孵化した中で一番強かった奴ってことになるな」
まるで蟲毒だ。
「情報にあった物体と関係あると思うか? 双也」
「ないとは言い切れないだろうな。だから、確かめに行こう」
俺たちはうなずき合って、二階へと向かう。
一段一段と階段を上り、肉片をたどってとある一室に目をつける。
ゆっくりと忍びより、室内をのぞき見た。
「――なんだよ、あれ」
そこにあったもの。
それは大量の糸の集合体。
繭だった。




