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異世界召喚


 三月九日。午前零時をすこし過ぎたころ。

 寒空に満月が鎮座する夜に、俺は自宅をあとにした。

 肌寒い夜風が頬を撫でて、思わず身震いしてしまう。

 こういう夜には、よく怪異が湧いて出てくる。

 すこし急ぎ足になって、目的地へと向かった。


「――あ、双也そうや

「よう、百合ゆり


 目的地につくと、百合が先に待っていた。

 肩のあたりまである髪を揺らして、電柱の上から飛び降りる。

 落下の最中にスカートの裾を押さえながら、アスファルトの地面に着地した。

 この寒い夜に素足を晒すなんて大したもんだ。


「っと、準備は? 出来てる?」


 スカートの乱れを気にしつつ、百合は体勢を正した。


「あぁ、問題ない。いつでも行ける」

「そっか。じゃあ、はじめよっか――」


 そう言うや否や、俺たちの周囲に黒い靄のようなものが現れる。

 綿菓子のようなそれは輪郭を得て形をつくり、獣の姿を模倣した。


幻怪げんかい狩り」


 それが、開戦の合図。

 即座に反転して、腰に差した刀を抜き払う。

 鞘の鯉口から放たれた剣閃は、背後を取ったつもりでいた幻怪を捕らえた。

 思い描いた通りの軌道をなぞり、刃はその肉体をするりと抜ける。

 瞬間、思い出したように幻怪は裂けて絶命にいたった。


「まずは一匹」


 次いで刀身を翻し、次鋒の対処へとあたる。

 一刀にて対象を斬り捨て、次なる一刀でまた殺す。

 幻怪の群れは、そうして数を確実に減らし。

 とうとう、最後の一体となる。


「――これで最後」


 雨の一雫であるように天から落ちたきっさきは、幻怪の頭部を両断した。

 断末魔の叫びを上げて絶命したしたそれは、数多ある屍の一つとなる。

 血は流れて河となり、屍は積み上げられて山となった。

 屍山血河がここに築かれ、今日の仕事はこれにて終了となる。


「百合。そっちは終わったか?」


 声を掛けながら、背後を振り返る。


「うん。終わってる」


 どうやら俺よりも先に殲滅を終えていたようだ。

 背後にある屍山血河は、すでに霞のように消えかかっている。


「流石は、期待の新人だな」

「からかわないでよ。もう」


 虚空を斬って血を払い、鞘へと納刀する。

 かちりと、音が鳴った。


「ほんと、どういう理屈なの? それ。魔力もなしに幻怪を斬っちゃうなんて」

「さてな、俺にも理屈はわからん。ただ死に物狂いで刀を振っていたら、いつの間にか斬れるようになっていたんだ。ま、一念天に通ずって奴だな」


 お陰で魔力のない俺でも、魔術師の真似事ができている。

 昔からの憧れだった魔術師に、曲がりなりにも近づいている。

 その事実が、いまはとても嬉しい。


「あーあ、今日で双也の同伴も終わりか。もうちょっと、続けたかったな。なんて」

「勘弁してくれ。研修期間は今日で終わりなんだ。まだ俺から報酬を半分も取っていくつもりか?」

「それならずっと楽できるね!」

「その分、俺が苦労するだろうが!」


 まったく、冗談じゃあない。


「ようやく一本立ちしたんだ。そいつを祝ってくれ」

「うん。おめでとう、双也」

「おう」


 そんな下らない話をしているうちに、屍山血河は消え失せた。

 この世の者ではない幻怪は、死して自らの原点に回帰する。

 原点とは、人の空想や恐怖、怪談話や都市伝説だ。

 怪談の数だけ幻怪が存在し、人の数だけそれは派生する。

 幻怪は人より産まれ、人の無意識へと返っていく。

 ここで死した幻怪もまた、数多ある思念の渦へと帰っていった。


「怪異の消滅を確認っと」


 これで研修期間も完全に終了した。

 あとは後日、これを魔術組合に報告しにいけばいい。

 それで晴れて、俺は正式な魔術師になれる。


「さて、それじゃあ帰るとするか」


 きびすを返して、夜道を引き返す。

 そのあとに百合も続いた。


「あ、それじゃあ」


 早足で俺のまえに先回りする。


「私の実家に寄っていってよ」


 そして、そんな提案をしてきた。


「百合の実家に? なんでまた」

「前祝い。コンビニで適当になにか買って行こ」

「いいな、それ。けど、この時間帯は太るぞー」

「余計なお世話ですー」


 下らない会話をしながら、帰路につく。

 会話に花が咲き始めた、そのときだった。。


「――ッ」


 即座に足を止めて、背後を振り返る。

 今まで感じたことのない気配を感じたからだ。

 正面――否、上だ。


「なんだ? ……ありゃ」


 見上げた先にあったもの。

 それは一つの構築式。

 魔術を織りなすために必要なそれが、月を覆い隠すように展開されていた。


「召喚陣……か? あれは」

「たぶん、そう。でも、あんな構築式は見たことがない。それに――」


 それに、この異質な魔力。

 魔力のない俺でも、肌で感じるそれの性質くらいは理解できる。

 あの召喚陣から放たれる魔力は、今まで経験してきたどれとも違う。

 あれは、本当にこの世のものなのか?


「なにが出てくるって言うんだ?」

「わからない。けど、なにが召喚されるにしても、ほっとけない」

「だな」


 なにが、なんの目的で、召喚されるかはわからない。

 それでも俺たちは臨戦態勢を取った。

 もし仮に召喚されたものが悪だったら。

 それを倒せるのは、近くにいる俺たちだけ。

 再び、腰の得物を抜き払う。

 そして、なにが出てきても対処できるよう、息を呑んだ。

 しかし。


「――なッ」


 俺たちは、どうしようもなく間違っていた。

 その逆――真逆だったのだ。

 あの召喚陣から、なにかが召喚されるのではない。


「双也ッ!?」


 召喚されるのは俺のほうだ。

 俺がここではないどこかへと、召喚されようとしていたのだ。


「まずいぞ、これはッ」


 肉体が、魂が、急速に粒子化している。

 それが召喚陣へと吸い込まれている。

 身体も宙に浮き始め、召喚陣に引っ張られはじめた。

 どうする。どうする。


「壊すか、いや――」


 もう身体の半分を持って行かれている。

 いまの状態で召喚陣を破壊したら、なにが起こるかわからない。

 身体を半分ほど失うか、もしくは次元の狭間に飛ばされる。

 魂が分離する可能性だって否定できない。


「くそッ」


 なにも出来ない。

 それが結論だ。

 俺はただ、召喚されるのを大人しく待つしかない。


「双也ッ、これを!」


 肉体の七割ほどが粒子化したころ、百合が俺に向けてなにかを投げた。

 俺はそれを辛うじて残っていた右手で掴む。

 それが最後の抵抗となり、俺のすべては召喚陣へと吸い込まれた。

 意識が、魂が、一瞬にして長い旅をする。

 そして、目を覚ます。


「――ここは」


 意識が戻った瞬間、激しい違和感に襲われた。

 肌で感じる魔力が、まるで異質だったからだ。

 これは――そう。

 あの召喚陣から感じた魔力と同質のもの。

 ここは俺の世界とはまるで違う魔力で満たされている。


「まさか」


 脳裏に過ぎるのは、考えうる限り最悪の予想。

 地球上のどこであっても、魔力の性質が変わることなどあり得ない。

 ゆえに、この異質な魔力で満たされたこの場所は――世界は。


「異世界……なのか?」


 異世界。

 異なる世界。

 そうとしか、現状では考えられない。

 世界という垣根を越えて、異世界に召喚された。

 いったい誰の手によって?


「ようこそ、おいでくださいました」


 ふと、声がした。

 頭に浮かぶ疑問に答えるかのごとく、花のように可憐な声音がした。

 そちらを見やる。

 すると、そこには。


「勇者様」


 月光を帯びて、あわく輝く金の髪。

 格調高い白のドレス。

 非現実的で幻想的な、一人の少女がいた。

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